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《後編》 「ドレス・コード?ー着る人たちのゲーム」京都国立近代美術館: 「装い」とは、何のために何を着る?


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《前編》に続いて、京都国立近代美術館 「ドレス・コード?ー着る人たちのゲーム」の展示を紹介していきたい。


6. 教養は身につけなければならない?(Is it necessary to be artistically and culturally literate?)

筆者の専門とするルネサンス期イタリア(15-16世紀)は、ようやく画家や彫刻家などの職人が、芸術家としての地位を確立していくようになったという時代である。

中世イタリアにおいては、彫刻や絵画、工芸などは、卑しい「手の仕事」というように認識されており、名もなき芸術家たちが大勢いた。


ルネサンス期の芸術家といえば、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロといった巨匠(マエストロ)たちの名前が浮かぶかもしれないが、彼らとて、その作品を依頼し報酬を支払う注文・パトロンの存在なしには活動することができなかった(その締切日を守らなかったにしても)。


近世以降も、美術品というのは、教会などの建築や宗教画は別にして、限られたサークルで、特権階級の人々のみが主体的に楽しむことができるものであった。

そんな美術品も、現代では、大衆向けの商品のために、そのモチーフが使われるようになっていった。


こちらは、有名なレオナルド・ダ・ヴィンチ作の『モナリザ』(La Gioconda)を大胆に使用したジェフ・クーンズによるルイ・ヴィトンのリュック。

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ルイ・ヴィトン、ジェフ・クーンズ『バックパック』(Louis Vuitton, Jeff Koons; 2017)。

その他、ジェフ・クーンズは、フランソワ・ブーシェ、ポール・ゴーギャン、
クロード・モネといった有名作家の絵画を用いで、ヴィトンのバッグをデザインした。

まさに持ち歩ける美術品である。

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コム・デ・ギャルソン、川久保玲『ドレス』(Dress; 2018SS)。


本展のメインビジュアルにも使われているこちらのギャルソンのドレス。

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インクジェット・プリントによって大きく描かれた高橋真琴のイラスト。

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大ぶりな着物のようなシルエットに、赤と白の水玉、レトロな花柄が組み合わされ、まるで七五三の着物のような少女チックな仕上がりである。

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こちらのドレスには、室町後期・戦国時代の絵師・雪村(周継)の水墨画が使用されている。

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またこちらには、マニエリスムを代表するイタリア出身の画家ジュゼッペ・アルチンボルド(Giuseppe Arcimboldo; 1526-93)の作品『ウェルトゥムヌスに扮するルドルフ2世』が使用されている。


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これらのドレスを発表したコム・デ・ギャルソンのテーマは「マルチ・ディメンショナル・グラフィティ」。

西洋と東洋、過去と現在などといった枠組みにとらわれないイメージの数々がドレスに落とし込まれている。

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本章の冒頭で、大衆向けの商品に落とし込まれた美術品という表現を使ったが、そもそもこちらで展示され作品・商品自体が、高級ブランドのものである。

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しかも商品に使われた絵画を楽しむためには、まず、「あっアルチンボルドだ」と気づくことから始まらねばならない。

つまり、このような美術品をモチーフとした商品・作品は、教養・知識が試されるのであり、「知っている」人だけが楽しむことができる高度なゲームであるといえよう。


もっと私たちにとって身近な例を挙げるならば、ミュージアムショップのグッズも、美術品が落とし込まれた最も分かりやすい例といえよう。

ミュージアムショップというのは、その展覧会を見た人にしかアクセスできないという点で、全世界に展開するルイ・ヴィトンとは確かに異なる。


ところが、クリアファイル、ポストカード、しおり、マグネット、カバンなどなどをついつい手に取ってしまう私たちは、その展覧会に行った記憶を残す、あるいは単純にその作品が気に入ったといった理由のために、グッズを購入する。


それは、たとえ大衆向けの商品であっても、美術品のモチーフを身に付けたいという素直な感情であり、ミュージアムショップのグッズは、あの手この手で私たちの購買意欲を掻き立てるように作られているといえよう。


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(こちらは、本展のミュージアムショップの写真を撮ることができなかったために、著者が以前ミラノののレアーレ宮殿で開かれていた『アントネッロ・ダ・メッシーナ展』(壺屋めりさんによるレポート)で撮影したもの)


参考:壺屋めり『ルネサンスの世渡り術』芸術新聞社、2018年。


7. 服は意志を持って選ばなければならない?(Do you have to intentionally choose your clothes?)

2017年、ハリウッドにおけるセクハラ問題が表面化し、俳優たちは「#MeeToo」(私も!)と次々と過去の被害を告発した。

また翌2018年のゴールデン・グローブ賞の授賞式においては、俳優たちは、皆黒い衣装で出席し、セクハラ問題に断固として戦い続ける強い意志を表明した。


このように、「黒」という色は、古くからヨーロッパにおいて、聖職者や貴族、ブルジョワジーなどによって特定の思想や慣習のもと、用いられてきた。


第一次世界大戦後、女性の自立が叫ばれる中、1920年代にガブリエル・シャネルは、「リトル・ブラック・ドレス」や「シャネル・スーツ」を発表した。

シャネルによる新しい女性服は、動きやすく、昼夜・季節を問わず着ることのできる簡素なものである。

第二次世界大戦後は、このドレスやスーツはアメリカでも大ヒットした。

一旦シャネルを離れていたガブリエル・シャネルが、1954年に復帰すると、鮮やかな色のツイードのジャケット、膝が隠れる丈のスカート、ブラウスといった新たな「シャネル・スーツ」を発表するようになる。


以降、機能的かつ体を美しく見せる、働く女性のためのシャネル・スーツのスタイルが確立し、それは、形を変えて、1984年以降、シャネルのデザイナーとして活躍したカール・ラガーフェルドにも受け継がれた。

いつしか、シャネル・スーツというのは、1980年代末日本のバブル期の女性の「制服」となったことからも分かるように、自立した女性の装いという当初のコンセプトとは関係なく、身に付けられるようになった。

それでもなお、トランプ大統領夫人メラニア・トランプが、式典の際にシャネルのドレスやアウターを選ぶなど、ファーストレディーや各界の著名人からシャネルのスーツやドレスは、求め続けられている。

(もっとも、アメリカのファーストレディーとして有名なシャネルのファッションアイコンは、ジャクリーン・ケネディであろう)


本展で展示されるヴェトモンの一見シャネル・スーツ風の作品には様々なメッセージが隠されている。

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ヴェトモン/ デムナ・ヴァザリア『デイ・アンサンブル「Miss No. 5」』(Day Ensemble "Miss No. 5"; 2017AW)。

ツイードのジャケットに長いネックレス、膝丈のスカートにブラウスといったシャネル・スーツのスタイルを着ておけば安心という私たちの心理をざわつかせるかのように、

だらしなく結ばれたタイ、無残にもぶら下がったパールネックレス、もたもたと裾が出ているブラウス、極め付けは、スカートの裾には、「longueur genou(膝丈)」という刺繍が施されている。


意図を持って選んだ服のはずが、実はそのスタイルを選ばされているのではないかという皮肉。


2019年2月にラガーフェルドが亡くなった後、彼の片腕として働いてきたヴィルジニー・ヴィアールを後任に選んだシャネル。

シャネルに限らず、働く大人の憧れであるスーツを生み出すメゾンは、今後どのような服を生み出していくのであろうか。


他、本ブースでは、写真家石田都がメキシコの画家フリーダ・カーロの遺品を撮影したものや、東京大学駒場キャンパスでマリリン・モンローに扮した森村泰昌のセルフポートレートなど、着る人の意志やメッセージについて考えさせられる作品が展示されている。

参考:

「ゴールデングローブ賞、性的暴力や抑圧に抗議する式典に」(BBC News Japan; 2018年1月8日付記事)

徳井淑子『黒の服飾史』河出書房新社、2019年


8. 他人の眼を気にしなければならない?(Do you have to be aware of how others look at you?)

本ブースでは、オランダ出身の美術家ハンス・エイケルブームが、1992年から2019年にかけて撮影した写真《フォト・ノート 1992-2019》(Photo Notes 1992-2019)が展示される。

写真といっても、その撮影方法は変わっており、首からぶら下げたコンパクトカメラを使って、被写体に気付かれずにシャッターを押すというものである。

そのようにして街中で取られた写真を並べてみると、そこに映された人の着こなしや振る舞いに類似性が見えてくる。

もちろんエイケルブーム自身が、それぞれの撮影場所において似たような年代・性別の被写体を選んでいると思われるが、例えば、

2005年4月のアムステルダムでは、デニムのジャケットとズボンを履いた男性たちが、

2006年9月のパリでは、シャネルのミニバックとストリートカジュアルでキメた若者たちが、

2019年4月のパリでは、黄色いジャケット(Gilets jaunes)を着た性別も年代もバラバラの人々が、

一つの「類型」を作っている。

さすがにデモ運動を行う黄色いジャケットを着た人たちと街の似ているファッションの人を並置するのは、その服を選んだ動機や目的が異なるのだから、無理があるのではないか?と思うかもしれない。

それでも様々な街で取られた写真を見ていくうちに、例えば、吉祥寺の朝の風景、丸の内のお昼の風景、渋谷の夕方の風景、恵比寿の夜の風景などを切り取っても、そこで歩いている人の典型的な装いが頭に浮かぶことに気づく。

エイケルブームの切り取ってきた人々の装いは、その年のその場所でしか実現しなかった、まさに生物のような扱いである。

写っている人はモデルでも著名人でもないが、装いや環境の推移を私たちに訴えてくるのである。


9. 大人の言うことは聞いてはいけない?(Is it wrong to listen to what adults say?)

10代を受験勉強に費やした筆者は、終ぞや「ツッパル」ことはなかった。

しかしながら筆者が、高校時代を過ごした2000年代においては、矢沢あい氏の漫画『NANA』が大ヒットしており、その漫画から、セックスピストルズもヴィヴィアン・ウエストウッドも知った。

ここでは、主に、プレスリーやバイク文化の影響によってアウトローの象徴となったライダーズ・ジャケットと、もともとはスコットランド地方の「伝統」や「正統」というイメージを持つタータンチェックを取り上げて、「ツッパリ」たちのファッションが紹介される。

現代の日本において、ライダーズジャケットとタータンチェック、鼻ピアスなどといった装いをしていたら、「パンクのちょっと危ない人」という認識を成されるであろう。

写真家・元田敬三が収めた人々は、バイクにまたがり、毅然と「反抗」し続ける人たちである。

他、本ブースでは、クリスチャン・ダダ、ヘルムート・ラング、ユイマ ナカザトなどのジャケットや、ヴィヴィアンやガンリュウ、アンダーカバーなどのタータンチェックの作品が展示される。

その中でも、バーバリーの2018年秋冬コレクションで発表されたレインボーカラーのポンチョは強烈な印象を残す。

伝統的なバーバリーチェックにレインボーカラーを取り入れることで、「LGBT」問題にハイブランドとして取り組むことを表明したバーバリー。

まさに「伝統」と「反抗」の組み合わせであり、マイノリティーに対する優しい態度を見ると、「カッコイイツッパリ」方だと思う。


10. 誰もがファッショナブルである?(Can everybody be fashionable?)

こちらも、本展の図録や英語版のフライヤーに使用されている衣装。

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グッチ/ アレッサンドロ・ミケーレ『ジャケット、トップ、スカート、スパッツ、ストール、靴』(Jacket, Top, Skirt, Spats, Stole, and Shoes; 2018AW)。


2015年にグッチのクリエイティブ・ディレクターに就任したアレッサンドロ・ミケーレ。


ジャケットには、1960年代に少女漫画雑誌『りぼん』で連載されていた井出智香恵『ビバ! バレーボール』のイラスト(正面からの写真では見えないが)。


ローマ・カトリック教会の聖職者が身につけるストラのようなものには、きらびやかな刺繍が施さている。

キラキラビーズの豪華なスカートに、カジュアルなスニーカーが合わせられている。

発表当時から話題となっていたルックであるが、地域、宗教、ジャンルの垣根を越えた様々なモチーフを使って作品を生み出すのがミケーレ流である。

そんなグッチは、買い求めやすい化粧品を揃えたグッチ・ビューティーを展開するなど、最も目の離せないブランドの一つである。

その一方で、極めて高価であるがゆえに、「普通の人」が身につけるにはハードルが高く、センスと資金を持ち合わせた著名人にのみ着こなすことができるブランドなのかもしれない。


2019年のグラミー賞授賞式にて、数々の賞を受賞したチャイルディッシュ・ガンビーノ(Childish Gambino)の『ディス・イズ・アメリカ』(This is America)の一節に、


「I'm so fitted (I'm so fitted, woo) (俺はマジでイケてる)
I'm on Gucci (I'm on Gucci) (いいだろグッチだぜ)
I'm so pretty (yeah, yeah) (俺はマジでイケてる)」

という表現がある。

この作品は、様々な記号を用いながらアメリカの銃社会と差別を、痛烈に皮肉ったものであるが、ここでは、金次第で好きなことをする人間が身につけるものとして、「グッチ」が挙げられている。

一見ラフに見えて、実はかなり高いハイブランドが発表しているストリートカジュアルスタイルとギラギラしたアクセサリーというのは、世界のラッパーたちの「制服」となっている印象を受けるが、「グッチ」はその最も分かりやすいアイテムの一つであろう。


お洒落に敏感な人が欲しいと思わせるような一捻り効いた作品を生み出し続けるグッチ。


その一方で、物質主義の象徴として挙げられるグッチ。


その二面性を分かった上でもなお、私たちはグッチを求め続けていると考える。



また写真家の都築響一は、様々なシーンで様々な年代の日本の人たちを写真に収めた。

都築響一『《日本の洋服》』(2019)。

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『北九州市成人式』(2014年撮影)では、花魁風、フルーツ盛り、全身金色の袴、ツッパリといった若者たちが写真に収められている。


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こちらは、広島県民は知っているという『ホームレス』(2010年撮影)こと広島太郎。

何が何だかわからないアイテムを体中に身に付けて、猫2引きを乗せた自転車を乗せる広島太郎。

広島県民にとって「いつもいる」ストリートファッションで身を固めたおじいさんなのである。


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『タトゥー/ スカリフィケーション』(2019年撮影)。

依然としてタトゥーに厳しい日本社会であるが、こちらの女性は、四川省出身のモデル兼スカリフィケーション(皮膚につけた傷により体に模様を施すこと)アーティストである小愛(シャオ・アイ)。

最終的に、このタトゥーは、全身を蛇の鱗のように塗りつぶすことによって完成されるらしい。


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写真提供・フリーペーパー『鶴と亀』(2013-19)。

突然だが、筆者はテレビ番組『笑ってこらえて』や『月曜から夜ふかし』に出てくるおじいさん・おばあさんが好きである。

このご老人たちは、ごくごく普通の生活を送っている時に写真を撮りに来た人に対して「何しに来た」と言っているようでもある。

『笑ってこらえて』が面白いのは、最初の「なんや」という態度と「あの所さんor マツコさんの番組」と分かった後のリアクションの落差。

落差と書いたが、相変わらず「なんや」という態度をとり続けるご老人もおり、視聴者は、そのように番組スタッフが「雑に」扱われることを期待している。

写真に収められた人々は、誰もキメていないのだけどキマッている。

年を取り、車の免許もなく、公共交通機関も十分にはないがゆえに、わざわざ選んで服を買いに行くこともない。

その辺にあるものや長年着ているものを組み合わせている方々のファッションを、わざわざ私たちは「発見」して「面白がっている」に過ぎないのである。

写真に撮られようとそんなことは関係なく、人生の先輩たちの生活は毎日続いていく。



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『異色肌』(ラマスキー撮影、2017年)。

マニア写真家ラマスキーが偶然出会った日本の「異色肌ギャル」。

1990年代にガングロギャルたちはいたが、こちらはミントグリーン色のギャル。

近年渋谷のハロウィンが問題となっているが、若者たちにとってゾンビメイクやコスプレは気軽に、しかも「やっている自分お洒落」と思いながらできるものとなった。

将来のためとかそんなものではなく、まさに「今」のためにやっているファッションである。


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『ジュリアナ』(写真提供:伊藤明弘)。

こちらは、1991年、東京・芝浦にオープンしたディスコ・ジュリアナ東京で撮影されたもの。

1994年に営業終了することになるジュリアナであるが、女性たちは、お立ち台に立つために、ミニ・ボディコンとセンスを着て踊り明かした。

先の「異色肌」のギャルほど、「ぶっ飛んでいる」感じはまだないが、それでもなお、一般の女性がするにしたら「ぶっ飛んでいる」装いである。

普段はすることができないが、ジュリアナだけではすることができるファッションであったのであろう。


他、本ブースでは、ルイ・ヴィトンやコム・デ・ギャルソン ジュンヤ ワタナベ、ヴァレンティノ、マルタン・マルジェラのルックが並ぶ。


以上紹介したスタイルは、人に見られるため、自分のため、記念のため、SNSにのせるために作られた・選ばれたものであると同時に、そもそも本人は何も考えずにたまたま写真に撮られたものでもある。

言ってしまえば誰もがファッショナブルと言うことができるかもしれないが、着る人の性別や年齢、服の値段や素材には限りなく自由の世界である。

逆に言えば、自由になんでもできる世界において、どのようにして私たちは自分の服を着るか、着ないか、闘いの土俵に立たされているのである。


11. ファッションとは終わりのないゲームである?(Is fashion an endless game?)

客室乗務員、大学教授、サラリーマン、マダム、ジプシー、警察官などという職業を聞いた時、それらの服装はすぐに頭に思い浮かぶであろうか。

本ブースでは、「ミラノ風」、「パリジェンヌ」、「おばあちゃん」、「ソーシャルワーカー」、「放浪者」、「パンク」、「年金生活者」、「黒人の若者」、「オタク」など、様々な「それ風」のルックを2017年秋冬コレクションで発表したヴェトモンのショー映像が流されている。

このような「いかにも」を発表することで、無意識のうちに作る他者へのイメージを皮肉を交えながら表現したヴェトモン。

そういえば、現在ミラノに留学中の筆者は、ミラノに来たばかりの時、ウォーキング帰り、家の近くのスーパーにジャージで行こうとしたら、ルームメイトに「それはちょっと」と言われたことがある。

またある冬の日、自分ではあまり寒くないと思い、薄手のジャケットを着て出かけて年上の女性に会ったら、「そんな寒そうな格好をして!ちゃんとあったかそうな格好をしないと、何か犯罪が起きた時に、「貧しそうな学生」と見られて疑われるよ!」と言われた。(おばあちゃんだったら「風邪引くよ!」と言いそうなところを)

特にミラノという土地柄もあると思うが、日本以上に、アジア人留学生として「あまり金持ちそうに見えてもいけない(泥棒に遭うから)」、「あまり貧しそうに見えてもいけない(泥棒をしているように思われるから)」服を選ぶことを求められていると実感した。

ヴェトモンは、ステレオタイプのファッションを面白おかしく表現したのかもしれないが、ステレオタイプのファッションとは、自分を守るために、社会的生活を送るために、否応無しに必要なのである。

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他、26人の人々のポートレート、服、モノローグの展示から構成される演劇作家・藤田貴大によるインスタレーションのブースがあり、彼らの生活やキャラクターについて考えることができる装置となっている。


12. 与えよ、さらば与えられん?(Give, and it will be given to you?)

最後を締めくくるのは、劇団チェルフィッシュによる作品《The Fiction Over the Curtains》(alternate version)。

明かりが落とされた大きな空間に、2枚の半透明スクリーンが設置され、そこに28分の映像作品が映される。

これが、「服をもらえないですか」「訊いていいですか?それって、かわいそうにおもわれたくてやってるんですか。だとしたらそうおもうようにしますけど。」などといった強烈なセリフが、別のブースを見ている時から聞こえてきて気になって仕方ない。

2人の俳優が演じる、服を着ている人と着ていない人のとりとめもない会話によって展開されるストーリー。

舞台と客席を取り払った空間において放たれる「服をもらえないですか」という台詞は、「服を着るということとは?」という根本的な疑問を最後に私たちに問いかけてくるのである(そもそも何も着なかったら何も競争することも悩むこともないよ、と)。


おまけ

じっくり13のテーマをもとに展示を見た頃には、足もぐらぐらしているであろう。

京都国立近代美術館に併設するcafé de 505 (カフェ・ド・ゴマルゴ)では、展覧会特別メニューが提供されている。

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ミラノサンドとは、ファッションの街ミラノをもじっているのかなと思いを馳せた。

また、ミュージアムショップにあったこちらのクッキー。

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あまりの素敵なビジュアルに、プレゼント用に購入した。

他、坂本眞一氏のイラストが施されたTシャツやクリアファイル、19世紀半ばのパリで発刊されたファッション誌の付録を再現した「きせかえ紙人形」などのグッズが並べられており、ついつい足を止めた。



noteを書くにあたり、展示を振り返りながら、真剣にタイトルに掲げた「装い」とは、何のために何を着る?という疑問について考えた。

普段の筆者は、なるべく自分が女性として美しく見え、シンプルかつ細部にこだわりがある服を選ぶように心がているのだが、これだけ書いてみて思った答えは一つ。

「もう何も考えられない。何も考えず選ぶことができるに、女性として美しく見え、シンプルかつ細部にこだわりがある」ワードロープで箪笥を埋めたいと強く感じたのであった。


《ドレス・コード?ー着る人たちのゲーム》

会場:京都国立近代美術館

住所:606-8344 京都府京都市左京区岡崎円勝寺町

主催:京都国立近代美術館/ 公益財団法人京都服飾文化研究財団

会期:2019年8月9日から10月14日まで

(毎週月曜休館)

(2019年12月8日から2020年2月23日まで熊本市現代美術館にて開催)

入場料:1300円(一般)、900円(大学生)、500円(高校生)、中学生以下無料

公式サイト:「ドレス・コード?ー着る人たちのゲーム

公式インスタグラム: @dresscode_areyouplayingfashion

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