見出し画像

INSPIRATIONS TOKYO~17世紀絵画が誘う現代の表現」展/ 原美術館:ドリス・ヴァン・ノッテンによる特別展

2020年12月で閉館する予定の原美術館。

閉館まで約1年半となった原美術館にて、3月29-31日の3日間限定で「INSPIRATIONS TOKYO~17世紀絵画が誘う現代の表現」展が開催された。

本展は、Dries Van Noten(ドリス・ヴァン・ノッテン; 1958-)の南青山旗艦店の10周年を記念して企画されたもの。

第一展示室には、Dries Van Notenが所蔵する、ギリシア神話をモチーフにしたオランダ黄金期の画家エラルート・デ・レイレッセ(Gerard de Lairesse; 1641-1711)作の2枚の巨大な絵画が展示。

オランダ黄金期とは、勤勉なプロテスタント、優れた海運技術、安定的に供給される資源といった社会的・宗教的・経済的要因に裏打ちされた、芸術上の成熟期のこと。


まず1枚目は、『アキレスとアガメムノンの口論』(A dispute between Achilles and Agamemnon” (3000mm×2140mm))。


トロイア戦争の一幕を描いたこちらを読み解いていくとなかなか面白いので、まずはトロイア戦争を概略。

事の発端は、神々が住まうオリンポスで行われていた婚礼に招待されなかったことを恨んだ争いの神・エリスが、その場に、「最も美しい女神へ(καλλίστῃ)」と書かれた、黄金の林檎を投げ入れたことにある。

この林檎を巡って、全能の神ゼウスの妻であり結婚の女神であるヘラ、戦いの女神アテナ、愛の女神アフロディーテが口論に。

誰がこの林檎がふさわしいか、その判断は、小アジアのトロイアの王子パリスに委ねられた。

ここで注意したいのは、ギリシア神話の神々はうっかり下界に降りてくるし、うっかり人間とも関係を持ったりもする。

怒ったり、泣いたり、恋したり、人間らしいのがギリシア神話の神々とされているけど、いきなり3人の女神の中から一番美しい女神を選ぶという大役を仰せつかったパリスは大変だったに違いない。
結婚の女神ヘラは、「国の王にしてあげる」(権力)と言い、戦いの女神アテナは、「戦争で無敵にしてあげる」(武力)と言い、愛の女神アフロディーテは、「世界で一番美しい女を妻にあげる」(愛)と言った。

結果、パリスは、世界で一番美しい妻に目が眩んで、アフロディーテに林檎を渡す。

その後、トロイア王パリスは、美しいと評判のスパルタ王メレラオスの妻ヘレネを奪い、トロイアに連れ帰った。

このスパルタ王妃ヘレネ誘拐事件がきっかけで、「ギリシア(スパルタ王メネラオス、ミケナイ王アガメムノン、イタケ王オデュッセウス、名将アキレウス)」対「トロイア」という構図で、およそ10年続くことになるトロイア戦争が勃発した。

神々も、この戦争に加担し、パリスから林檎をもらえなかったヘラとアテナ、また海の神ポセイドンがギリシア陣営に、
芸術の神アポロンと月と狩りの女神アルテミス、林檎をもらったアフロディーテがトロイア陣営にそれぞれついた。

前置きが長くなったけど、この絵画は、ギリシア陣営のアガメムノンとアキレウスの喧嘩を描いたもの。

強い軍を持っていたが横暴だったアガメムノンに腹を立てたアキレウスは、剣を置き、トロイア戦争から一時的に離脱。

この絵画の左側の髭の壮年の男性がアガメムノン、中央から降りてきているのが戦いの神アテナ、右側の青年がアキレウス。

左側に描かれる人々は皆、皆髭を生やし壮年の(頑固そうな)男性たち。

彼らが寄ってたかって、若者アキレウスを非難している様子が伺える。

この1枚の絵の中に光と影が再現されていて見事な仕上がりである。


Dries Van Notenが所有する2枚目の絵画は、『パリスとアポロンがアキレスの腱に矢を向け命を狙う』Paris and Apollo kill Achilles, hitting him with an arrow in his heel)。

1枚目の絵画で描かれている通り、ギリシア側の将軍アガメムノンの横暴さに腹を立て戦線を離脱したアキレウスは、静かに生活を送る。

ところが、戦友がトロイア王子(パリスの兄ヘクトル)に殺されたことに憤怒したアキレウスは、再びギリシア陣営に戻ることを決意する。

友を失い怒り狂ったアキレスの勢いはとどまることを知らない。

アキレスの活躍もあってギリシア軍は優位に立ち、トロイアはどんどん劣勢になっていく。

このままではトロイアは滅びる、と思ったところに、芸術の神アポロンがトロイア王子パリスにある入れ知恵をする。

それは、アキレスの弱点についてであった。

最強のアキレウスの弱点は、踵(註1)。

今のアキレス腱は、アキレスの名前が語源となっている。

神アポロンの助けを得て、アキレスの踵を矢で貫いたパリス。

2枚目の絵画はこの瞬間を描いている。

アキレウスは絶命し、トロイアは窮地を脱することになる。

左側で弓矢を持つのがパリス、右側で踵をいられているのがアキレウス。

周りの人のポーズや表情からもダイナミックな動きが表現されている。


第2展示室には、これら17世紀の大型絵画をモチーフに、日本人アーティスト6名が制作した作品が並ぶ。

日本人アーティストには、蜷川実花や堂本右美から、今回の展示のために、Dries Van Noten自ら審査に加わって選ばれた新人アーティスト安野谷昌穂、石井七歩、佐藤允が名を連ねる。

ライラッセの大型絵画と同じサイズの蜷川実花のモノクロ写真『無題』(Untitled: 2009)や、

堂本右美の作品(2009)。

また石井七歩の赤が印象的なインスタレーション(2019) が並ぶ。


中でも、今企画のために石井七歩や安野谷昌穂と共に選ばれた新人アーティスト、佐藤充氏は、ライラッセの絵画と同じ題名で作品を展示している。

1枚目は、『アキレスとアガメムノンの口論』(A dispute between Achilles and Agamemnon” (2019)(412×278×78mm))。

この作品は面白いことに、箱状になっており、側面にもモチーフが細やかに描かれている。

2枚目は、『パリスとアポロがアキレスの踵に矢を向け命を狙う』 (Paris and Apollo kill Achilles, hitting him with an arrow in his heel” (2019)(1455×1120mm))。

迫力のある油絵には、しっかりと矢で射られたアキレスの踵が描かれている。

これまでにも幾度となくなされている、時を越えたアーティストの対話という展示。

17世紀の力強い光と影の神話の世界が、21世紀の日本において、生まれ変わるのか。


ベルギーのアントウェルペン出身のデザイナーDries Van Notenが、描いた構想を、日本人アーティストたちはどのように解釈したのか。

17世紀オランダと、21世紀のベルギーと日本、3つの世界を行きつ戻りつしながら反芻したい展示である。


『INTERPRETATIONS, TOKYO‐17世紀絵画が誘う現代の表現』

原美術館

住所: 東京都品川区北品川 4-7-25
会期: 3月29日-31日
開館時間: 11:00-17:00
入館料: 1100円(一般)/ 700円(学生)


(註1)

アキレスの弱点、踵:

アキレスの母は海の女神テティス、しかしながら父は人間。

神の子ならば、不老不死なのですが、人間の血が入ったアキレスはいつかは死んでしまう。

そのことを案じた母テティスは、冥界の川に赤ん坊のアキレスを浸し不老不死にしようとする(浸ると不老不死になると言われていた)。

ところが、母テティス息子の足首を持って、川に浸したため、川の水に触れなかった踝部分が、アキレスの弱点になったのであった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?