いとしいきみへ
わたしの日々には、いとしいいとしいいぬがいる。
名前はココア。
14歳のやさしいかしこい、男の子だ。
おうちの中ではげんきいっぱい、お父さんとお母さんと、お姉ちゃん(私)が大好きで、そのくせお外ではスンッといい感じの顔をしたりもする。
家の中が深刻な空気になればおどろくほどそっと存在感を消し、なんとなく話し合いがひと段落したころ、とととっと出て来ておやつをねだり、場の空気をなごませる。
そんなやさしい、うちの “末っ子” だ。
私の日々は、ココアであふれている。
元気印のココアは、14歳になるまで、病気になったことがなかった。
一度だけおおごとになりかけたことといえば、母のピアスキャッチを飲んだ疑惑が出たときぐらい。
ペット保険にそれなりの金額を払い続けている我が家としては、「元が全然とれないね」と、よろこばしい気持ちを込めて口にしたものだった。
そんなココアが、体調を崩した。
いつも光の速さで向かってくるごはんから、顔をプイとそむけてしまう。
いつもりりしく立っていた足が、ふるふるふるえて、へちょんと転んでしまう。
かかりつけの動物病院で診てもらい、さらに高度な疾病の2次診療専門機関である「日本動物高度医療センター」でも見てもらった。
全身麻酔をしてMRIまでとった。
でも「致命的」な疾病は見つからず、現在はおうちで投薬治療をしながら過ごしている。
ココアが体調を崩してから初めて実家に帰った。
聞いていたのだけど、実際にふるふる震えているココアを見ると、胸がきゅうっとなってしまう。心がとつぜん脆くなったような気がする。
きわめつけは、“お見送り” だった。
私が家で過ごしている時間は、ココアは私の足元から、体のどこかを必ず私にくっつけている。
でも私が帰るタイミングは、必ず、近寄ってこないのだ。
すこしさみしそうな瞳で、じっと、遠巻きに “お見送り” をする。
そんなココアが、その日はよろよろとふらつきながら、玄関先までお見送りにやってきたのだ。
くつを履いた私の足に、もう帰るからと玄関先に置いたかばんに、スンスンと顔を近づけている。
胸が詰まってしまう。
あ、私いま、感情を感じきったら泣いてしまう。
どうして今日に限って、来てくれたの?
お姉ちゃんはまた来るよ、すぐ来るよ、いつでも来るから、いつものようにしていていいんだよ。
もう会えないわけじゃないんだから、いつものようにしていていいんだよ。
そう思ってはいけないと、思えば思うほど、頭の中がいとしさとかなしさでいっぱいになってしまう。
ことばにならないのだけどかなしい。
ココアはがんばってくれているのに、胸がくるしい。
ずっと、一緒にいてほしいの。
かなしみをのみこむと、喉の奥のほうが痛くなる。
そうやって、家に帰った。
なにかを感じては意識が保てなくなってしまうようで、帰るなりすぐにベッドに身を大の字に投げて意識を離した。
どのくらいか寝ていたら、パートナーが起こしに来て話を聞いてくれた。
「もしも、たいへんなことになるとしても、いぬは強いんだよ、にしこ。
ここからだよ。だいじょうぶ。
そして、いつも一番がんばってるのは、ココアだぞ。」
パートナーは今春、実家の愛犬を見送っている。
ことばを飾らないひとがくれる気持ちがしみる。
いぬは強いんだよ。
そうだね。
体が痛いのに、私があんまりにもかなしんでいるから、玄関まで来てくれたのかも知れない。ココア、やさしいもんね。
ココア頑張ってるのに、私がしょんぼりしちゃココア心配しちゃうね。
どうにもかなしさが心をおおってしまうから、
ココアが元気になったらしたいことを考えてみようと思った。
ココアが今のままでもこの先見せてあげられる季節やぬくもりを考えてみようと思った。
それなら結構、私、できると思うんだよ。
私のまいにちはずっとココアと一緒だからね。
私にはいとしいきみがよろこんだ記憶がいっぱいある。
これからも季節を一緒にめぐろう。
もうすぐ秋が本番だよ。
秋が来たら、コスモスや、秋のお花に会いに行こうね。
秋も深まったら、お姉ちゃん、ひとつ歳を重ねるよ。
お誕生日は一緒にお祝いしてね。
そしてその頃にはきっと道にはココアのだいすきな落ち葉がいっぱい落ちているよ。ココアは落ち葉がとびきり似合う。
落ち葉がかさなる道を、ゆっくりはっぱを踏んで、ていねいに匂いをかいで、誰より地球を味わうようにゆっくりお散歩をしようね。
影が長くなる冬には、かわいいおようふくを着てはやめの時間にお散歩をしよう。
何を着ても似合っちゃうんだけど、私的にはネイビーとカーキがとびきり似合うと思うんだよ。
ココアのふわふわのやわらかな毛色が最高に合う色。
関東は雪があんまりつもらないけど、積もったときにはまた一緒に見に行こう。寒いから歩かなくてもいいよ、抱っこして雪の中をお散歩しようね。
クリスマスには、毎年とんでもないかわいさを発揮しちゃってたいへんだけど、今年も着ちゃう?サンタココア。
春が近づいて来たら、まぶしい春の陽に目をほそめて見上げるココアに会えるね。
春が近づくと側道のハナニラが花をつける。だけどココアのからだにはあんまりよくないから食べちゃだめだよ。
春はお花がいっぱいだから、お散歩も気が散っちゃうね。
ゆっくりでいいから、いっぱい楽しんでお散歩しようね。
桜が舞い散る季節は、スマホのカメラに慣れないお母さんもココアを撮るのに必死。お母さんがブレずに写真とれるようになったの、ココアのおかげなんじゃないかなぁ?
梅雨だって、晴れ間にはお散歩が大好きだもんね。
紫陽花とココアはこれまたかわいい。
ぽんぽんのまあるいお顔と、紫陽花のまるみがなんだかよく似合うんだよ。また紫陽花の前で写真をとろうね。
初夏はココアの大好きな季節だよ。
緑がふかくなって来て、新緑の匂いもきっと濃くなる。
運河沿いのクローバー畑で、また四つ葉を探そう。
夏にはじめて海にいった時は、すっごくよろこんでたね。
抱っこして電車に乗ったら、また行けると思う?
ねえ、お姉ちゃん、毎日がココアだから、雲もココアに見えちゃうんだよ。
ココアの方が何億倍もかわいいけどね。
夏は毎日が灼熱になってきて、お散歩ができない日々が続くね。
みんなはお散歩、どうしているんだろう。
日中はおうちの中でころころしようね。
もし足腰が弱って、あんまりお散歩におけなくなったとしても。
ココアには、ココアのおうちがあるよ。
とことこ、おうちを歩き回って、たまに何かが気になったら、いつもの「ちょろん」とした流し目でチェックしたり、毎日のパトロールの任務があるね。
気になるものをみつけたら、スンスンッてチェックするお仕事にはげむココア。ココアがお部屋を歩き回るときの、ちゃっちゃっちゃっていう爪の音、とってもかわいいんだよ。
家の誰かがトイレに行くと、トイレのドアの前で警備員をしてくれるココア。立ち姿がりりしいね。たまにころんとしているときもあるけれど!
おなかがすいたら、お部屋のドアからひょっこりのぞいて無言でおねだりしていいんだからね。お姉ちゃん、ココアの「ひょっこり」、だいすき!
おやつをおねだりするときは、かわいい顔をするとお姉ちゃんがよろこぶのを知っているココア‥。おめめがまんまるですなぁ〜!
ひととおりのお仕事をすませたら、ココアベッドでゆるんとくつろぐのが習慣だね。ココアはいつでもベッドでころころ休んでいていいからね。
それにしても、すっぽりとおさまるその姿、かわいいですね‥もう!
ココアベッドじゃないときは、おうちのソファーに頭をのっけてころんとおやすみするのもいつものスタイル。最近はソファーに飛び乗れなくてあんまりやっていないけど、お父さんに乗っけてもらえるタイミングには、お父さんの上でくつろぐのも安心するね。
この先、ココアはいっぱいがんばるのかも知れない。
お姉ちゃんは、代わってあげられない、何にもできないって思うと胸がぎゅっとなる。
だけどね、お姉ちゃん、ココアが大好きなんだ。
おうえん、って、何になるんだろう?
いとしい気持ちって、何になるんだろう?
そう思わずにはいられないけれど。
だけど、やっぱり応援しているよ。
ココアががんばっているの、いっぱい応援している。
お姉ちゃん、応援しに、できるだけ会いに行くよ。
ココアが毎日を、一歩一歩、がんばって進んでいく姿をたくさん見る。
ココアをたくさん撫でる。
いっぱい抱っこする。
ココアといっぱい時間を過ごすよ。
今日も明日も、未来も、
ずっと先にお姉ちゃんが終わっても、お姉ちゃんはココアが大好き。
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