「圧倒的な当事者意識」って承認欲求が強い人をいいようにコキ使うためのキャッチじゃないだろうか。

雇われの身で100%に近い当事者意識を持ち、ものごとに取り組むことは不可能ではないだろうか。
それができている人は与えられたものに対してあまり深く考えていないか、雇い主や上司に気に入られたい(承認欲求が強い)かのどちらかではないだろうか。
当事者意識を持たないと主観的になるが、持ちすぎても主観的になってしまう。他責と自責の引っ張り合い構造になる。一番大事なのは客観的にものごとをとらえ、ただ愚直に、冷静に自分と相手(または組織)のためにものごとを遂行することではないだろうか。つまり、他責と自責の引っ張り合い構造からの脱却である。

個として当事者意識を持つか、組織として当事者意識を持つかでも良し悪しが変わってくる。組織体制や意思決定の仕方によっても意識の良し悪しが決まってくる。
雇われの身で当事者意識を強く持っているうちは雇われの身から卒業できないだろう。冷静に判断できるようになることで、ようやく自分の置かれていた身がはっきりするのである。

#片山浄 #圧倒的な当事者意識 #責任感 #思考 #他責 #自責

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