不登校という自立のありかた

文章を書くのって苦手で、書こう!と思うのですがなかなか進みません(汗)

思えば、小学校の作文も、中学校のころに校外学習の感想文を書いたりすることもとても苦手でした。何を書いたらいいのかまったく思い浮かばず、かたまってしまう。いざ書いてみると、何時何分に~~をして、といったように報告文章みたくなってしまっていました。これはだめ!と言われて落ち込んだ覚えがあります。

先生や大人に求められる文章があるんだということと、他の人の多くはスラスラと書いているのがプレッシャーに感じていました。

さて、タイトルにもした「不登校という自立のありかた」ですが、

先日金沢の全国大会で、若者として話したとき「不登校は学校からの自立」と言いました。

自立については、色々な考え方があると思います。~したい、と思っていることを実現することが一つあるのではないでしょうか。

友人や先生との関係、学校そのものがいや、学校に行きたくないと思っていて、でもなんとか頑張って学校に行っている人が大勢居ると思います。不安、不満を感じながら長時間学校に居るのは本当にストレスで、しかも学校の中には自分ではどうにもならない、理不尽なことがたくさんあります。

「不登校は問題行動ではない」「不登校は誰にでも起こりうる」と文科省がかなり前から言っているのに、不登校は甘えだ、努力が足りないという目線が未だあるようです。学校に行かないことは、楽をしているわけではないと思います。むしろ、自分の経験からしてしんどいことです。学校に行くこととはまた別のしんどさです。

例えば、毎日学校に行っていたら今日は行く/行かないといった選択をすることなしに行きますが、不登校の初期で行くか行かないか、毎日選択しないといけないことはとってもつらいです。行かないといけないと心の中で思っていても行けない。葛藤です。

そのような中から、学校に行かない!と心の中で決めることは勇気のいる決断と言えると思います。もちろん、行く/行かないの心の揺れはどこかであると思いますが、学校に行かないという選択をしたことで、次の選択に進めるとも考えられます。

自立は、一人の力でできることではなくて周囲の助けや居場所があることが必要になります。また、学校や家庭だけでなくフリースクールなどの多様な学びの場も選択の一つとして用意されていることがこれから求められていくと思います。

なにより、学校に行かないという選択に対して負のイメージではなく、ポジティブな選択として考えることが、その後の生き方にもつながるのではないかと思います。

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宇陀直紀

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