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 第9話「ドワーフたちの鮮烈な歓迎」

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 ホルデレクたちの集落を前にして、俺は驚いた。
 
 道中はずっと下水道みたいな薄暗い通路だったし、トルデクは長いひげを生やした汚らしいおっさんだし、少し開けた広間みたいなところに、仮設テントが並んだホームレスの集まりみたいなものを想像していたからだ。
 
 しかし、角を曲がった瞬間目に飛び込んできたのは、すごく広い空間だった。普通にちゃんとした建物が数えきれないほど並んでいて、とても果てなんて見通せない。
 目線を上げれば遠く四方を壁らしきもので囲われているし、空高くには天井という果てがあって、あまり明るくないので地下であるということは意識させられるが。これはもう、地下街どころか完全な地下都市だ……。
 
 下水みたいだと思っていた水路も、こうして見ると、人口の川に見えてくる。これ、下水じゃなくて用水路だったのか。たしかに全く臭くなかった。
 
「ハッ、驚いたか? ここが俺たち、ホルデレクの集落だ。俺たちにかかりゃ、地下だってこんなもんよ。……にしても静かだな」
 
「たしかに。誰もいませんね。見張りの方もいらっしゃいませんし、どうしたんでしょう?」
 
 不思議がりながら進んでいく二人に続いて、俺も集落に足を踏み入れる。
 
「トルデクさん……、この臭い……」
 
「お前ら、ここで待ってろ」
 
 そういうと、トルデクは一人でずんずんと進んでいった。
 
「……」
 確かに、なんか変な臭いがするな。なんだっけ、この臭い……。
 俺は、あまり明るくない辺りを見回す。こんなに立派な街並みなのに、まったく人の気配がない。
 
「ゔお゙ぉ゙っ!」
 
「トルデクさん!」
 
「あっ! ちょっ、待てよ!」
 
 トルデクのものと思われるうめき声を聞いて、美月が急に走りだした。俺も慌てて後を追う。
 
「やっ……!」
 
「これは……」
 
 眼前に広がる景色に、俺は言葉を失った。
 
 見渡す限り、赤、赤、赤。
 鮮血で彩られた街並みはまさに惨状の一言に尽きた。
 
「来るなァ!」
 
 見れば道のど真ん中に、トルデクが一人で突っ立っている。
 
「トルデクさん! これは!」
 
「ドゥエルガルだ! 奴ら、透明化の魔法を使ってやがる! 逃げろ! とにかくどお゙っ、ぐほぁっ……!」
 
 トルデクが口からも背中からもぼたぼたと血を垂らす。
 辺りに立ち込める血の臭気が、気のせいに違いないが強まった気がした。
 
「トルデクさん!」
 
「うぉぉぉぉぉ! ――いいがら逃げお゙ぉ゙ぉ゙!」
 
 トルデクは叫びながらバトルアックスを振り回す。
 するといきなり、何もなかった空間に人型の何かが現れ倒れた。皮の鎧らしきものを着こんだ、白いヒゲの男が、地面に横たわってピクリともしない。
 
 透明化の魔法って言ってたよな? 死んで効果が切れたのか?
 ってことは、俺たちの側にもいるのか!?
 
「おい、美月! 逃げるぞ!」
 
「でも、トルデクさんが! 机上の戦いテーブル・バトル・アールピージー!」
 
「馬鹿! 透明の相手なんてどうするんだよ! こんな規模の街がこの状態だ! 俺たち全員死ぬぞ!?」
 
「でも、トルデクさんが……!」
 
 テーブルに現れたダイスを握りしめる、美月の手が震えている。
 
「綺麗事言ってる場あ」
 
「フィネレエ゙ェ゙ン゙ン゙ッ! 受げ取゙れェ゙ー!」
 
「わっ!」
 
 トルデクが投げた何かを、美月は咄嗟にキャッチしきれず、テーブルの上に落とす。ジャラララと音を立てたそれは――。
 
「ノイズシンガーメン……」
 
 二つのノイズシンガーメンだった。
 確かトルデクは、余りは一つしかないと言っていた。ここに二つあるということは、トルデクが自分の着けていたノイズシンガーメンも外して、美月に寄越してきたということになる。
 
「ハッハァ! いい゙がぁ゙、ドゥエウガウどぼぉぉはぁっ! ごほぉっ! カーッ、ぺっ! すぐに警備botが来うぞォ゙! ハッハァ! ――行げェー! フィネレエ゙ェ゙ン゙ン゙ッ! 早ぐ行げェェ゙ェ゙ェ゙ー!」
 
 トルデクは叫びながら、縦横無尽にバトルアックスを振り回し始めた。
 
「トルデクさん……」
 
 美月がノイズシンガーメンをぎゅっと握る。
 また一人、敵と思われる者がトルデクの足元に姿を現した。
 
「おい! 美月! お前が逃げないなら俺一人でも逃げるぞ!」
 
 もちろん、そんな気はない。美月がいなければ俺は危険だ。
 だが、このまま戦えば確実に死ぬだろう。美月と逃げる以外、俺に選択肢はない。
 
「美月! アイツの覚悟を無駄にす」
 
「逃げます!」
 
 力強い美月の言葉に、俺はビクッと気圧される。
 その強い思念を宿した瞳から、つーっと一筋の涙が流れ落ちた。
 
 美月は素早くノイズシンガーメンを懐にしまうと、カラカラカラッと音を立ててダイスを振るった。二つの六が天井を仰ぐ。
 
「西畑さん! すいません!」
 
 俺の膝の裏に強い力が加わったかと思うと、次の瞬間にはお姫様抱っこをされていて、気づけば横顔に風を感じていた。
 血の臭いと猛スピードで過ぎ去る景色に吐き気を刺激され、俺はすぐに目をつぶる。
 
 ――頼む。逃げ切れてくれ!


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