第7話「偶像歌姫三重奏」
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「どうして……」
そう言って固まっている美月の背後に回り、俺は叫ぶ。
「こっちが訊きたい! だが、今はそんなことを言っている場合じゃないだろ!」
「ごっ、ごめんなさい! 机上の戦い!」
美月がスキル名を叫び、鍋蓋で応戦する。
しかし、右からも左からも警報が聞こえてくる。囲まれた?
「くそっ!」
マズいな。こんな状態でホルデレクまで行けるのか?
「どうしましょう! ここは管轄が違うはずなのに……」
「どういうことだ?」
「警備botには管轄があるらしいんです! 情報は管轄毎でしか共有されてないから、大丈夫だって……。そもそも記録は長くもたないはずで……」
「……お前、たしかNGワードの設定が随時増えているって言ってたよな?」
「はっ、はい」
「こいつら機械だろ? もしかして、NGワード以外もアップデートされているんじゃないか?」
「! そんな……。それじゃあ、もしかしたらもう、地下には戻れない可能性も……」
刹那、俺の脇をレーザービームが通り抜ける。
「何してる! 今はこいつらを蹴散らせ!」
「はっ、はい! ごめんなさい!」
美月は再びダイスを振るい、警備botどもに応戦する。
「ちっ……」
積んだのか? 「ステータスオープン」の一言のせいで? そんな馬鹿なことあるか!?
くそっ! そんな重要なこと、会って一番に伝えるべきだろ! この無能が! なんで俺はいつも無能としか出会えないんだ!
「ああっ! うぅ……、うっ……。我慢の泉、アイム・ファイン……」
しゃがんで身を縮めて存在感を消すことに努める俺の前で、美月は悲痛な声を漏らしている。
何をやっているんだ、まったく。その鎧は飾りなのか? なんでダメージを受けてやがる!
くそっ。どうしたら。どうしたら……。
その時、後方から声がした。
「フィネレン! 大丈夫か!」
見れば美月と同じくらいの背丈の男が、こちらに向かってすさまじい勢いで走って来ていた。
主に胴や急所を重点的に守る中装鎧を身に着け、腰くらいまであるヒゲを生やし、右手には戦斧のような武器を持っている。
「トルデクさん!」
「やっぱりお前だったんだな!」
美月にトルデクと呼ばれた男は跳び上がると、三機の警備botを豪快な一振りで破壊し、間もなく美月へ背を預けるように並び立った。
「後ろは任せろ」
「トルデクさん! ありがとうございます!」
「ハッ、ウマい酒で手をうとう。さあ、話は後だ!」
「はい!」
そこからはあっという間だった。
トルデクという男はおそろしく強く、美月と二人で十機以上の警備botを、まるでパンケーキでも切り分けるかのような手際で壊滅させてしまった。
「ありがとうございます、トルデクさん」
「ハッ、ウマい酒が飲めるんだ。それで足りないと思うなら、晩飲みに付き合え」
「はい。お酒は苦手ですけど、お付き合いするだけなら……。あっ! そうだ。トルデクさん! 大変なんです! 警備botがアップデートされたかもしれなくて、このままじゃ私たち一生ホルデレクに戻れないかもしれないんです!」
「そんなこったろぉと思ったよ。ほら」
トルデクはそう言って、懐から出した首輪のようなものを美月に押しつけた。
「これは?」
そう問う美月に背を向けて、トルデクは俺の方に向かってきた。
「いいからすぐに首にかけな。話はそれからだ。――ほら、小僧。お前もだ」
俺は初対面でいきなりお前呼ばわりされてイラっと来たが、ひとまずは大人しく首輪を受け取る。ぼとっと落とすような渡し方も腹が立つなぁ、コイツ。
見上げるとトルデクは、もう美月の方を向いていて、自分も首輪を首にかけていた。
「これはノイズシンガーメン。警備botを騙くらかす装飾品だ。まだ試したことはないが、まあ大丈夫だろう。こいつを付けてりゃぁ、俺らは別人として認識される」
確かに、女神が口を大きく開けた彫刻みたいなのがついてやがる。もしかして、ノイズシンガーってことか? ダサ。
「防水加工も防塵加工もしてある。いいか?」
急に俺の頭にトルデクの声が降って来たので顔を上げると、ヤツは俺を睨むような目つきで見下ろしていた。
「絶てぇ外すんじゃねぇぞ。またNGワードを言ったり、警備botを攻撃するのも駄目だ。別人として認識されてるだけだからな。今度はそいつとして覚えられちまう。今んとこ量産も厳しい。余りは一つしかねぇ」
「はい! 素敵なネックレスですね! これ、歌ってる女神さまですか? 綺麗……」
「だろぉ? 全部俺の手掘りだ。呪紋加工になってるから基本は同じだが、微妙に一つ一つ表情が違うんだぜ? ほら、どうだ?」
トルデクはそう言って、美月の方へ歩いていく。俺と美月で態度が違い過ぎるだろ。スケベジジイが。
「わぁ、素敵です! 私のよりちょっと可愛い系かも! 私のは綺麗なお姉さんって感じですね! ――西畑さん! 西畑さんのも見せてくださいよー!」
そう言って、美月が無邪気な笑顔で駆けてくる。
その顔は可愛らしいが……。
俺は首輪の先端についた彫刻の、不細工な女の顔を見て思う。
「……」
あほくさ。