第6話「左向け左が叶わない」
「ここまでくれば、もう追って来ないと思います」
――お掃除ロボットとの激闘を切り抜け、美月のお姫様抱っこにより窮地を脱した俺たちは、再び地上にいた。
視界に入る距離に無数のビルディングが建っているのは落ち着かないが、安全な場所ほど警備が厳しく、ワームもこの距離なら襲って来ないというので諦めるしかなかった。
「で、どういうことなんだ? ステ」
「ああっ! だめです! 言っちゃだめです!」
「……、ここでも駄目なのか?」
「だめです。絶対に言っちゃだめです。どこでも、その言葉を言うとすぐに検知されて、さっきの警備botが襲って来ます」
「……」
どういうことだ? この際、その高性能な検知システムのことはいい。
なぜ「ステータスオープン」がNGワードなのか、全く意味がわからない。
「とにかく、絶対に言わないでください。書くのもだめです。それから、関連する、その、なんて言うか……。そういう系のワードも少しずつNGワードに設定されてるみたいなので、気をつけた方がいいと思います」
「そういう系のワード? そういう系のワードってなんだよ」
「それは……。なんて言えばいいんでしょう。えっと……、その、さっきのNGワードは二つの英単語の組み合わせじゃないですか。その、前半の方。それが、NGみたいで……」
「……」
ステータスってことか? ……状態? それがNGなのか? ますます意味がわからないぞ?
「あの、状態、ってことではなくて。その、数値で、その、なんて言うか、判断を……するみたいな? 人を……。そういうのが、だめみたいな……」
「……ああ。だいたいわかった。で? なんでそんなことになってるんだ?」
「私も、まだ転生したばかりなので詳しくは知らないんですけど。数カ月前に、この辺りの王様がいきなり人が変わったように豹変したらしくて。それで、あの警備botを配備したり、……あの、なんていうか、一部の人たちを弾圧したり、制度を無理やり変えたりしてるみたいで……」
「……そうか。それは、何かありそうだな」
「はい。だから、その王様を止めることが、私を転生させてくださった目的なのかなって、思ってます」
「……」
ならば、俺はどうすればいい?
世界を終わらせるのが目的なら、その王の味方をするべきなのか?
いや、そもそも俺は上位存在に従う必要があるのか?
あのムカつく奴の言う通りにする必要なんてないよな? そんなことをしたところで、俺にはなんの得もない。
問題があるとすれば、美月がどこまで俺のことを知っているかだ。
俺を二度も助けたということは、敵対するつもりはなさそうだが……。
「なぜ、俺がワームに襲われていることがわかったんだ? 異世界転生者が自分以外にもいることを知っていたような口ぶりだったが、俺のことはどこまで知っている。俺は突然異世界転生させられて、自分の状況も何もわからないんだ。知っていることを教えてくれ」
「えっ……。あっ、えっと……。その、たまたまです。たまたま地上に出て、その……、私もよくわからなかったから。地上を探索してみようとしたら、西畑さんを見つけて……。それで……、その……、そう! 腕! 腕を見て、転生者さんなのかなって思ったんです! そうです! 何かのスキルとかなのかなって」
「……そうか。それなら協力しないか? お互い何もわからないんだ。異世界転生者同士、協力し合った方がいいと思うんだが」
「はい! もちろんです! お願いします!」
「……」
歯切れの悪さが怪しかったが、嘘が上手いタイプではなさそうだし、敵意もなさそうだ。
俺は現状戦えないし、ワームや警備botのような危険があるなら、こいつに戦わせるのが得策だろう。しばらくは行動を共にして様子を見るとするか。
「美月。お前、ずいぶんこの世界に詳しいようだが、それはどこで知ったんだ?」
「……」
美月が面食らったような顔で俺を見つめている。なんだ? 何か変なことを言ったか?
俺の疑問をよそに、美月はすぐに調子を戻して口を開いた。
「あっ、ああ。ホルデレクの方たちに教わったんです」
「ホルデレク?」
「はい。この辺りにはたくさんのドワーフの方たちが住んでるらしいんですけど、私が転生したのはホルデレクの方たちの集落で」
「ドワーフ? ドワーフがいるのか?」
「はい。私もこう見えてドワーフなんですよ。たぶん。だから、こんなに背が低くて、でも腕力は強いんです」
「……」
美月がドワーフ? 急にファンタジーな要素が出てきて驚いたというのに、その上美月までドワーフだと?
コンクリートジャングルにはビルディングが生えていて、そこには人を襲うワームが巣食っていて、「ステータスオープン」はNGワードで、それを言うとルンバみたいな警備botが襲ってきて、ドワーフがいて美月もドワーフで、ホルデレク? なんだそれは!
もうお腹いっぱいだよぉ! テンプレはどうしたテンプレはぁ! そんなオリジナル設定一気に出てきて理解できるかァ!
しかもまだあるんだろ? まだあるんだろ? だってわかんないもん。俺この世界のこと、まだ全然わかんないもん。もう頭いっぱいパンパンクですわ。ブラバだよ。ブラバ案件だよぉ。させてくれよブラバァ!
いいよなぁ、読者はつまんなかったら即ブラバできて。もうしたか? もうしたのか? 残ってるのは俺だけか? 主人公の俺はずっとこの糞世界で人生が続いてくんだよなぁ。はぁ? ブラバぁ……。ブラバァ! ブラバさせろよォ!
「ごめんなさい。一気に色んなことが起きて、混乱してますよね?」
美月はそう言って、心配そうに俺を見る。
「……いや。大丈夫だ。問題ない。もうだいたいわかった」
そう、俺は頭がいいんだ。だから、このくらいの情報量、簡単に処理できる。難しい設定が理解できないのを作者のせいにしてブラバする、馬鹿な読者どもと一緒にしないで欲しい。
ブラバなんて俺には必要ない。必要ないんだ。できないんじゃない。そもそもできてもする必要がないんだ。
「流石です。でも、もう少しここで時間を潰したら、地下に戻ってホルデレクの方たちの集落に行きましょう。そこなら落ち着けるので。少し時間を置けば、警備botも襲って来なく……」
「ん? どうした?」
美月が俺の背後に視線を向けて、固まった。
どうしたのかと振り返る俺の耳を、それはまたつんざいた。
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「なっ!」
それは、警備botだった。