拡大自殺の盲点 川崎19人殺傷事件で論じられない問題

ご遺族の心情に寄り添い 問題の本質を考える議論を

川崎市多摩区の路上で、51歳の男が、私立小学校の児童ならびに大人19名を刃物で襲う事件が発生した。
うち、2名が死亡するいたましい事件となったが、被疑者はその場で自殺を図り、犯行目的が閉ざされる最悪の結果を迎えている。

その後の報道で、被疑者が刃物を事前に準備していたことや、犯行現場となった小田急線登戸駅へ降り立ったあと、的確に犯行に移っていることから、事前にじゅうぶんな計画が練られていたことは疑うまでもない。

社会において守られるべき存在である「子供」が殺害されたこと、また、同じく凶刃に倒れた成人男性も、ミャンマーと良好な関係を構築する外交官として多くのミャンマー人人から尊敬を集める人として、事件現場には今も花束を手向ける人が絶えない。

この理不尽な事件に接して、「死ぬなら一人で死ぬべき」という意見が多数集まっている。ある日突然、理不尽な形で我が子や夫・父を失ったご遺族の心情を察すれば、もっともな意見である。

今回の事件は、累形が指摘されている2001年に発生した大阪教育大学附属池田小学校とは違い、被疑者がすでに死亡している。
被疑者が未成年なら、保護者に責任を問うこともできるが、すでに成人していることから、それも難しい。
やり場のない怒りが、先のような発言を生むのは至極当然だと言えるだろう。

このこともあってか、一部の社会活動家から発信された「孤立させる人のそばに立ってこの問題を考えてほしい」という趣旨の意見が物議を醸している。

被害者のご遺族ならびに学校など、被害を受けた方に、そのような人間愛を持てと解釈される発言は、到底受け入れられないだろう。
また、他意があるにせよ、今は、ご遺族や被害に遭われた方々に寄り添うことを優先すべきである。

誰も指摘しない「拡大自殺」という現象の盲点

しかしながら、この物議を醸している社会活動家の意見は、この事件に直接関与がない方は、この事件が発生した確信について静かに考察しなければならないのではないだろうか。

精神科医および犯罪心理学をはじめとした専門家は、今回の犯行が「拡大自殺」による可能性を指摘している。

拡大自殺とは、精神的に追い込まれ、自殺に踏み切る方が、絶望感と復讐の念から、周りを巻き込んで自殺を計ることと定義されている。
このことを考えれば、死刑を望んで今回の事件と類形犯罪を引き起こした、以下の事件も拡大自殺と呼べる可能性がある。

大阪教育大学池田小学校事件(2001年) 児童8人が死亡し、児童生徒15人が負傷

土浦連続殺傷事件(2008年)      2人が死亡し7人が重傷

秋葉原通り魔事件(2008年)      7人が死亡し10人が負傷

こうして列挙するだけでもいたましいたが、こういった事件は、ごく一部の凶悪な人間が引き起こすものなのだろうか。
私は、このような著しい他害をもたらさなくても、絶望感に追いやられ、社会的に活動する方法を絶たれると、類形犯を作り出してしまうのではないかと考えている。

たとえば、ほとんどメディアでは報じられないが、鉄道への投身自殺が挙げられる。

四六時中、死ぬことを考えている人物なら、ネットがある現代では、鉄道自殺を行えば、不特定多数の方に迷惑がかかるだけでなく、遺族に想像を絶する賠償が請求されるという情報には、たどりつくであろう。
それでもなお、見ず知らずの人に、多大な迷惑をかけて死ぬ「鉄道自殺」という方法を選んでしまう心理の奥底には、先に述べた「拡大自殺」の心理が潜んでいないだろうか。

先に例証した秋葉原通り魔事件の容疑者は、母親との関係を構築できず、「自分は生きていても仕方がない」という絶望の念を強く感じ、勤め先で疎外感を強く感じるトラブルが発生したあとに、事件を引き起こしている。

この事件では、十数人の人を殺傷する他害を引き起こしたが、人によっては、鉄道自殺などの他害が見えにくい形の犯行に及ぶことがあるのではないだろうか。

別の視点からすれば、毎年3万人以上自殺者を生んでいる我が国は、今回と同じ犯行を引き起こす可能性がある人物を、3万人生んでいる可能性があるのではないか。

もし、その仮説が正しいとしたら、社会保障面を見直し、社会生活の様々な面において、孤立を図らないようにすることが、今回のような事件の防止の一助になる可能性が高いと考える。

雇用・生活保護をはじめとしたセーフティネットのほころびが類形犯を産む

社会的な孤立状態に陥る人物は、自己責任であるという意見が我が国は強い。
もちろん、どのような生まれ育ちであっても、苦境を乗り越えで立派に社会生活を送る人はいる。

しかしながら、そのような人を例証して、うまくいかない人にさらなる努力を求めるだけでは、孤立は深まり、今回の事件と同じ類形犯を生むだけではないかと考える。
(実は、私は今回の容疑者と同じ51歳で、学生時代から働いてきたので、叔父叔母に引き取られたとはいえ、首都圏の一軒家でこの年まで暮らしてきた容疑者の甘えた部分は到底理解できないと思ってはいるのだが)

実際のところ、長年、労働問題や介護問題を取材してきて思うのは、経済状態の悪化だけで、瞬く間に多くの人が自殺企図に及んだり、刑法犯になる可能性があるということである。

ブラック企業問題が言われて久しいが、不当に離職させられた方が、給与の支払はおろか、雇用保険をかけられていなくて、たちまち困窮するケースを多数見てきた。また、介護離職によって就労が不可能になり、困窮するケースなどもある。

同様に年配の方や、シングルマザーの方が、正当な申請でありながら、生活保護を受給できず、経済的困窮から自殺企図や家庭内暴力、ネグレクトにつながったケースも多数取材している。

もちろん、他害の可能性がある自殺企図の原因はこれ以外にもある。だが、生活苦からの刑法犯が増えていることを鑑みれば、個人が社会生活を営めなくなる事態が発生した場合の社会保障制度の「ほころびの見直し」や、孤立を深める事態を防ぐ制度の創設が必要なのは間違いないのではないか。

過剰な報道は逆効果 承認欲求を満たして犯行を招いてしまうのでは?

今回の事件は、被疑者が死亡しているため、どのような敬意で犯行に及んだのか、メディアによる分析と周知が必要ではあると考える。

しかしながら、もし、今回の事件が、一部の専門家からいわれる「拡大自殺」であるとしたなら、同様の心理状態にある予備軍に対して、承認欲求を満たせることを伝えてしまうだけに終わる可能性がある。

諸外国のメディアは、このような理由から被疑者の氏名を、何度も報道しないようである。
私も、それにならって、本記事では被疑者の氏名を記載しない。

また、突然の凶行で命を絶たれ、無念のうちに一生を閉じられた被害者の方ならびにご遺族を悼み、併せて本記事ではお名前を記載しないこととした。ご了解いただきたい。

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Naoki Matsuzawa 松沢直樹

ライターです。近著に「うちの職場は隠れブラックかも」(三五館)https://twitter.com/naoki_ma
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