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【Opera】関西二期会『サルタン王の物語』

 大変珍しいリムスキー=コルサコフのオペラ『サルタン王の物語』を関西二期会が上演するということで、兵庫県立芸術文化センター中ホールまで足を伸ばした。演出は、今ノリに乗っている若手のホープ、菅尾友さん。

 『サルタン王の物語』はロシアの詩人アレクサンドル・プーシキンが1831年に書いた詩をもとに、リムスキー=コルサコフがプーシキン生誕100年を祝って作曲した作品。初演は1900年。第3幕で演奏される「熊蜂の飛行」は単独の楽曲としてよく演奏されている。が、オペラ全曲を観るチャンスがないので、一体どの場面でどんな風に演奏されるのか、ほとんど知られていない。かくいう私もオペラを観たのは初めてだったので、「熊蜂の飛行」が演奏されるシーンがとても楽しみだった。

 ストーリーは、ロシアの古い民話を思わせるおとぎ話。3人姉妹の末娘がサルタン王の妃に選ばれるが、嫉妬した2人の姉と母親によって陥れられ、生まれた赤ん坊とともに追放されてしまう。成長したグヴィドン王子はある時一羽の白鳥を助けると、口のきける白鳥は「必ず恩返しします」と言って飛んでいく。母妃と王子は不思議な島に到着し、島民に「王になってほしい」と懇願されグヴィドン王となる。時が流れ、奇跡が起きる不思議な島の噂を聞いたサルタン王がそこに行きたいと願うので、悪事がバレると焦った母親と姉たちは必死で妨害しようとする。と、そこに白鳥の魔法で熊蜂に姿を変えたグヴィドン王(この変身場面で演奏されるのが「熊蜂の飛行」)が飛んできて姉たちを次々に刺していく。サルタン王はついに島にやってきて王妃に再会、息子であるグヴィドン王とも出会う。王子の愛によって魔法のとけた白鳥は美しい王女となってグヴィドン王と結ばれる。

 とってもありがちなおとぎ話なのだが、菅尾友演出は、変にひねくったり現代的な解釈を加えたりせず、「おとぎ話をおとぎ話として見せる」もの。しかも、菅尾自身による日本語訳詞で上演されたので、ストーリーも歌詞もわかりやすくて素直に楽しめる舞台となった。

 舞台は真ん中あたりに白く細長い布がカーテンのように垂れ下がり、そこが人々の出入口になる。さらに、傾斜をつけた円形の小舞台が場面に応じて現れ、その上で歌手が歌い演じる。この小舞台があることで空間が多層的になり、絵本のような平面ではなく、立体的に動く「おとぎ話」となっている。この仕掛けは単純だがとても効果的だった。また、紗幕や照明の使い方にも工夫が見られ(第2幕で王妃たちが島流しに会うところ、夜になって星が降りてくるシーンにはハッとさせられた)、舞台全体の印象は十分に美しい。衣裳は、ロシアというより中央アジア風のスタイルで、色がとてもヴィヴィッド。キャストは白塗りの化粧をしており、それが、それぞれの人物がまるでおとぎ話の絵本から飛び出てきたような印象をもたらす効果をあげていた。

 面白いなと思ったのは、日本語で歌われたために、まるで「日本のオペラ」のように聴こえてきたこと。こんな日本のオペラあったっけ…と思わされたのは、リムスキー=コルサコフの音楽が日本でオペラを書いている作曲家たちに少なからず影響を与えていることの証、でもあるのかもしれない。

 難しいところはまったくなく、ヴィジュアル的にも楽しめ、そして日本語歌詞で内容もよくわかる。リムスキー=コルサコフはこの作品を子どものために書いたというが、菅尾演出はそれをさらに「日本の子ども/若者向け」につくりあげたと言えるだろう(もちろん、大人も十分楽しめる作品に仕上がっている)。その割には客席の平均年齢がずいぶん高いのが残念だった。「オペラ」についての先入観のない、まっさらな状態の人にこそ観てほしい作品だったと思う。

 ホールの音響がデッドなためか、歌手陣が総じてフォルテで叫びがちだったのは致し方ないところか。そんな中、グヴィドン王子を歌った竹内直紀の声が印象に残った。やや鼻にかかった響きが気にはなったが、その表現力はなかなかのもの。大人の悪意から逃れて「無垢なるもの」として育ち、善人ばかりの島(社会)でやはり「無垢なるもの」として生きるグヴィドン王子は、ロシアの「聖愚者」の系譜に連なる存在なのではないだろうか。竹内グドヴィンの「無邪気さ」からはそんな連想を掻き立てられた。

 指揮は近年オペラ指揮者として活躍の場を広げる柴田真郁。ピットには大阪交響楽団が入ったが、そこに電子オルガンが客演していたことに気づいた人はいただろうか。小規模のオケによる音響をバックアップする役割の電子オルガンなので、むしろ「気づかれないような演奏」を心がけているのだという。大都市の大ホールで予算をかけて上演されるものだけが「オペラ」なのではない。色々な場所で、それぞれに工夫を凝らして「オペラ」を上演していこうという試みは、これからもどんどん広がっていってほしいと思う。

2018年12月1日、兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール。

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