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【Concert】樋口達哉テノール・リサイタル

 樋口達哉をずっと聴き続けてきた人ならば気づいていると思うが、最近、彼は「変わった」。これまで、私の個人的な「樋口達哉の絶品パフォーマンス・ベスト3」は、『蝶々夫人』のピンカートン、『椿姫』のアルフレード、『ホフマン物語』のホフマンだった(実はこの中ではホフマンがいちばん好き)。いずれ劣らぬテノーレ・リリコの役柄である。そして、いずれ劣らぬ「情けない男」なのだが(!)、こうした男たちを歌わせるとその優しさ、美しさ、繊細さにおいて樋口達哉は絶品なのだ。そんな樋口の声に変化を感じたのは、今年2月に行われた東京二期会の『トスカ』である。リリコからより強いスピントへと変わってきていて、一見優男のようだが、実は内に非常に強い信念と激情を持ち合わせたカヴァラドッシの男性性を、実に見事に表現していた。声も演技も、テノールとして今がもっとも脂ののった時期に入っていることを感じさせた。

 今回のリサイタルで選ばれた9曲のオペラ・アリア(いずれも12/6にリリースされた3枚目のCD「あこがれ Ti adoro」に収められている)は、そんな彼の変化をはっきりと表すものだった。『アイーダ』から「清きアイーダ」(ラダメス)、『フェドーラ』から「愛さずにはいられないこの想い」(ロリス)、『アンドレア・シェニエ』から「ある日、青空を眺めて」(シェニエ)、そして『道化師』から「衣裳をつけろ」(カニオ)など、彼にしては少しばかり「重い」曲が並んだのである。それは挑戦でもあったのだろうが、声の変化に伴って表現の奥行きと厚みが増した歌唱はいずれも素晴らしく、樋口達哉という歌い手の「成熟」をはっきりと物語っていた。彼自身、特に最後に歌ったカニオについては「これからはこうした役を歌えるようになりたい」とはっきり語っており、テノールとしてさらに次のステップに進もうという強い意志が伝わってきた。

 来年3月には、東京二期会によるベッリーニ『ノルマ』でポリオーネを歌う。ポリオーネは、優美で美しい声ではなく、よりたくましく太い響きの声のために書かれた役柄である。そういえばこの日の樋口の声でもうひとつ印象的だったのが、中低音の響きの美しさだった。実は樋口達哉の声に最初に「イタリアの太陽」というキャッチコピーをつけたのは私なのだが(自慢)、その輝かしい高音はそのままに、さらに中低音がふくよかに、ある種の切なさを感じさせるような響きになっていた。これはまさにポリオーネにうってつけの声だ。3月の『ノルマ』が俄然楽しみになってきた。

2017年12月11日、ヤマハホール。

写真:伊藤竜太(Lasp Inc.)


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