見出し画像

【Concert】日本フィルハーモニー交響楽団第700回特別記念東京定期演奏会

 日フィル第700回記念の定期演奏会は、桂冠指揮者兼芸術顧問のアレクサンドル・ラザレフ指揮のもと、ストラヴィンスキーのメロドラマ「ペルセフォーヌ」が日本初演された。1934年にパリ・オペラ座で初演されたこの作品は、語りとテノール独唱・合唱・児童合唱を伴った大編成をもつ(ちなみに作品は、当時一世を風靡していたダンサー、イダ・ルビンシュテインの依頼によって書かれ、初演では彼女がペルセフォーヌ役の語りと踊りを担っている)。アンドレ・ジッドによる台本は、冥界の王プルートに誘拐されたペルセフォネのギリシャ神話をもとに書かれているが、いかにもフランス的なポエティックな世界観は、なかなか日本で上演する機会がなかったのも頷ける内容。それだけに、この「知られざる大曲」を記念演奏会に取り上げたラザレフと日フィルの挑戦には敬意を評したい。

 そして結果的に、この挑戦は素晴らしい成功を収めたと言っていい。録音でしか聴いたことがなかったこの作品が、こんなに色彩感豊かな美しい音の世界を持っていたことにたいへん驚き、そして感動した。これはひとえに、ラザレフがこの作品について非常に確固としたヴィジョンを持っていて、かつオーケストラがそれに見事に応えたからなし得たことだろう。この指揮者とオケが非常に強い信頼関係で結ばれていることの証であり、その意味でも団の記念演奏会にふさわしい上演になった。

 非常にユニークなこの作品は主人公のペルセフォーヌは語りで表現されるのに対し、進行役の祭司ユーモルプがテノール独唱、そして物語の中に登場するニンフや亡霊たちを合唱団が歌うというスタイルをとっている。つまり合唱の比重が非常に大きいわけで、今回出演した晋友会合唱団と東京少年少女合唱隊にとっては大変な難事業だったと思われる。晋友会合唱団は一定水準はクリアしていたが、ややお行儀が良すぎるかな、と思われるところもあった。ストラヴィンスキーの音楽はあっちに動いたかと思うとこちらに顔を出す、といった具合に非常にヴィヴィッドなものなので、もう少し合唱に「遊び」があればより輝きが増したと思う。とはいえ、初演でこれだけのレベルを実現したのは素晴らしい。願わくば再演、再再演と重ねて合唱の充実度を上げていってほしい。東京少年少女合唱隊は、児童合唱のレベルを超えた難しい音楽を、ただこなしていたのではない、見事に音楽の一翼を担う歌唱を繰り広げていた。フランス語の発音も美しかった。

 さて、ペルセフォーヌ役のドルニオク綾乃は、フランス語の発音はもちろんのこと、音楽と一体となった語りの表現力が素晴らしかった。自然や美をこよなく愛し母に従う無垢な少女が、誘拐されて冥界の王妃となり、そこで亡霊たちの姿を見て、最後は地上と冥界両方で過ごすことを決意する。ペルセフォーヌという少女の成長物語という側面が描き出されていたと思う。テノールのポール・グローヴスは、この役をエクサンプロヴァンス音楽祭やリヨン歌劇場でも歌っているということなので得意役なのだと思うが、声がしばしば合唱やオケの音に埋没してしまったのが残念。

 こうした知られざる作品は、演奏することに意味があるという面があるのはもちろんだが、やはり音楽の水準ということを抜きにして語ることはできない。その点でも今回の演奏は素晴らしい出来栄えであり、ラザレフがいかに日フィルと良好な関係を築き上げ、このオケのレベルを上げてきたかを雄弁に物語っていたと思う。カーテンコールに登場したラザレフが、合唱指揮者や児童合唱指揮者を指揮台の上に上げ、合唱団やオーケストラに惜しみなく拍手を送っているのを見たとき、この指揮者は本当に「人」と「音楽」への愛に溢れているのだなあと胸が熱くなった。これほど幸せな音楽体験ができたことを感謝したい。

2018年5月18日、サントリーホール。

皆様から頂戴したサポートは執筆のための取材費や資料費等にあてさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします!