20180615六人のメゾソプラノたち-1285

【Concert】メゾソプラノ地位向上委員会「6人のメゾソプラノたち」

 ヴァイオリンよりはヴィオラが好きだ。フルートよりはクラリネットが好きだ。そして、テノールよりはバリトンが、ソプラノよりはメゾソプラノが好きだ。人間とは思えない高音には素直に拍手を贈るけれど、本来心惹かれるのは中低音の天鵞絨のような柔らかい音色だ。だから、メゾソプラノが6人集まるコンサートが開かれると聞いて理屈じゃなくワクワクしたし、同時に「絶対この人たち何かやらかしてくれる」という期待を抱いた。

 というのも、常に舞台の真ん中でスポットライトを浴びているソプラノやテノールと違って、メゾソプラノやバリトンという声種はその横で(あるいは後ろで)すべてを見通しているような役柄が多い。楽器が演奏家のキャラクターをつくるように、声種もまた歌い手のキャラクターに大いに影響を与えているのではないだろうか(もっともそれはどちらが先でどちらが後かわからなない、「ニワトリたまご」ではあるけれど)。だから、メゾソプラノが6人も集まったら、きっと今までに見たことのないような面白いものをみせて(聴かせて)くれるに違いない、と思ったのだ。実際、期待を見事に、いや、想像を上回る「面白いこと」が繰り広げられたコンサートだった。

 まずしょっぱなから6人が『こうもり』のオルロフスキー公爵に扮して、クプレ「お客を招くのは私の趣味で」を歌う。さすがメゾのみなさま、自前の男装がめちゃめちゃお似合いです。

 そうして始まった第1部は、6人それぞれのソロ。一口にメゾソプラノといっても、声質や音色、音域は各人各様。また、メゾソプラノが歌うキャラクターも、ズボン役の若き騎士から老婆、悩める人妻、若くて純粋な娘まで実に幅広い。

ベッリーニ『カプレーティとモンテッキ家』よりロメオ(松浦麗)

ポンキエッリ『ラ・ジョコンダ』よりチェーカ(福間章子)

オッフェンバック『ホフマン物語』よりニクラウス/ミューズ(鈴木涼子)

マスネ『ウェルテル』よりシャルロット(鳥木弥生)

ロッシーニ『ラ・チェネレントラ』よりアンジェリーナ(但馬由香)

マスカーニ『カヴァレリア・ルスティカーナ』よりサントゥッツァ(立川かずさ)

 そのあとは、なんと撮影タイム。客席はめいめいスマホやデジカメを片手に舞台をパチリパチリ。この「積極的に客席を巻き込んでいくスタイル」はメゾソプラノ地位向上委員会(このネーミングも秀逸)の大きな特徴で、ようやく演奏家がMCを行うことが珍しくなくなったようなクラシック界にあって、非常に好感が持てるというか、はっきりいって「いいぞ、もっとやれ」状態。休憩時間には物販(Tシャツとクリアファイル。プログラムやチラシもそうだが、デザインがとてもセンスがいい。私?もちろんTシャツ買いました♪)に人が群がっていて、間違いなくみんな「巻き込まれていた」と思う。

 第2部は、テノールの所谷直生を迎えてのビゼー『カルメン』抜粋。そりゃそうよね、メゾソプラノといえばなんつってもカルメンだもんね、きっと1曲ずつ交替で歌うんだろうなー、と思っていたら、案の定「ハバネラ」「セギディーリャ」「ジプシーソング」「カスタネットの場〜花の歌」「カルタの場」ときて、『カルメン』最大にして最良の見せ場であるフィナーレ「C'est toi! あんたね?」「C'est moi! 俺だ」へとなだれ込んだ。6人6様のカルメンを満喫して大満足♪ いやー、よかったよかった…と思いきや、ところがどっこい、そんな簡単には終わらせないのが「6メゾ」だった。

 なんと最後にカルメン(立川かずさ)が死んだあと、別のカルメン(松浦麗)が現れて再び「C'est toi! あんたね?」「C'est moi! 俺だ」が始まった!所谷ホセ、「え?ちょ、ま…!」という顔をしつつも音楽は流れていくのでとにかく歌う。歌うがこのシーン、ホセ役にとっては緊迫した表現の、非常に負担の大きな歌が続く。それでも見事に2回目を歌い終えたホセ。とそこに、また別のカルメンが!もう最後まで歌ってられるか、と途中でカルメンを刺し殺すホセ。しかしそこにまたカルメン!さっさと殺すホセ!またまたカルメン!しかも死んだはずのまで生き返る!もうヤケクソで殺しまくるホセ!最後に6人目のカルメンが登場。疲れ果てたホセが言う「C'est toi! お前か?」、カルメンは答える「C'est moi! 私だ」。この見事なオチ!なんなのこの人たち本当に歌い手?!そして最後にカルメンがホセを刺し殺して幕。と思ったら…

死んだはずの5人のカルメンが全員生き返って、めでたしめでたし…(なのか?)。

 この秀逸な『カルメン』には、太田麻衣子という演出家がいたことも忘れてはならない。企画段階から6人のメゾソプラノたちと共に構想を練り、楽しくも美しい舞台を作り上げた手腕は見事である。

 それと、ホセ役の所谷直生さん。もちろん藤原歌劇団・日本オペラ協会のトップをはる実力の持ち主ということは数々の舞台で知っていたが、ハリがあり、かつなんともいえない甘い美声はホセにピッタリ。演技力もそうだが、あんなに何回も歌ってまったく声に疲れがみえないところもすごかった。おそらく彼なくしてはこの『カルメン』はできなかっただろう。

 客席は爆笑に次ぐ爆笑で、そういう意味でも「面白い」演奏会だったけれど、もちろんそれだけじゃない。こういうコントまがいのことをやる時には、やっぱり何よりも「歌」が大事だ。肝心の音楽がなおざりだと、実は「面白さ」は半減する。6人のメゾソプラノたち(+1人のテノール)はそこのところをしっかり押さえていて、各人がそれぞれに持ち味を活かした「歌」を存分に聴かせてくれたからこそ、この演奏会の「コント」や「客席を巻き込んでいくスタイル」が功を奏していたのだということは何回でも強調しておきたい。そして、メゾソプラノの地位は、このコンサートでだいぶん向上したのではないか。いや、もともとメゾソプラノの人たちには底力があるのだ。多分、今回みせてくれたのはそのほんの一部。まだまだ知られざる「メゾソプラノの玉手箱」から色々な景色をみせてくれることを、次回以降のコンサートに期待したい(とハードルを上げてみるw)。

2018年6月15日、豊洲シビックセンターホール。

写真:Lasp Inc.

 


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