見出し画像

辛いときに友達とハグするあたたかさ

今朝は、節分なので食いしん坊の私は恵方巻きを買いに行くのを楽しみにしていた。私が作るお味噌汁は、出汁を入れて夫の出身の信州みそを混ぜて少し手間をかけてつくる。母はとても料理好きな人で肉好きな父のためにお肉屋さんにいろいろな部位を買って圧力鍋でビーフシチューを作るような人だったので、そんな美味しいものを子供の頃から食べさせてもらった。ひじきの煮物や切り干し大根なども作ってくれて、子供の頃の食卓はいろいろなおかずが並べてあり、それが全部手作りだったのがすごいと今になるとわかる。今は私も体調が上向いて来ているとはいえ、料理を全て作るというのは無理なので、買い物に行った時にお惣菜も買ってくる。今の時代はスーパーやお惣菜屋さんで出来立てのお惣菜が買えるのだから幸せな時代だ。ただ、スーパーに行くとあまりにもたくさん食べ物が置いてあるので、予算を考えながら買わないといけない。だから、買い物に行く時はスマホに買い物リストを作り、それだけ買うようにしている。店内でもメモを見ながら買い物をする人を見かけると私と一緒だ、とにっこりしてつい声をかけたくなる。でも、今日は卵を買うのを忘れてしまったので出かける夫にその買い物だけ頼んだ。卵は高くなったけど、朝卵かけご飯を食べている私には必須な食べ物だから必ず冷蔵庫に入れているようにしてある。

実は、いい本を買ったのでそれをゆっくりよもうと近くの図書館に行って座って読み始めたのだが、周りの若い人達が勉強をしているのをちらっと見て、なんか居心地が悪くなり、雑誌を少し読んでしょうがのパワーはすごいようなことが書いてあった記事を読んで、ここのところ毎日生姜湯を飲んでいるのは正解なのだと確認した。それで、外の花壇にお水をかけてあげているスタッフさんを見て声をかけた。植物は水やりの仕方が難しいから私は鉢植えとか育てるのが苦手だ。でも、一輪ざしならできる。人には向き不向きがあるから仕方ない。犬はまあまあうまく育てられたかな、と思うが。

スーパーに行ったら、かなり混んでて、そういえば元気じゃなかった時はこの時間には来れなかったんだよな〜と思いながら、まだまだみきの話を誰かに聞いてもらって支えてもらいたいといきつけのブティックに行き、仲良しの店員さんがいたのでみきが亡くなったことをいろいろ話してたら、彼女も実家で結婚するまでシーズーを飼っていたそうなので、亡くなる時のショックから立ち直るためにもいまきちんとみきの死に向き合って、辛い気持ちをわかってくれる人に話して共感してもらうことがとても大切だと言われて、思わずハグしてもいい?て聞いて抱きしめてもらったら涙が溢れて来て泣いてしまった。犬友とはホントありがたい存在だ。やっぱりみきは私にとてもなついてくれてたので、その子がもういないということをとてもとてもつらいことだ。本に書いてあったのだが、私たちは大切な家族やペット、親しい人の死に対して、否認、怒り、取り引き、抑うつを経て受容していく、という喪失五段階を経験して乗り越えるとのことだそうだ.いま私は否認の段階か?そうだとするとやはり時間はかかりそうだ。さっきは竹内まりあさんのいのちの歌を聴きながらまた大泣きした。今は自分の直感を信じて居心地の良いところを見つけてそこを避難所にしながら人に聞いてもらって、そのあとうちに帰ってから音楽を聴きながら泣くという方法が1番良さそうだ。

うちに帰ったら夫がテレビを見ていたので、昼ごはんを用意して食べてたら寝るためにテレビを消してしまったので、私も夫もハッピーになれそうなテレビ番組で、NHKのヨーロッパの国々で走っているトラムの中から外の有名な建築物や美術館の中の絵画や教会の中のステンドグラスなど綺麗なものを撮りながら街を走るという番組をつけて、それはゆったりとした音楽が流れているのでこれなら2人がハッピーでいられる。このオランダのアムステルダムの街を走るトラムを見ながら、さっきハグしてくれた店員さんの息子さんが予備校がよいをしているそうなので、ふとこのトラムをイラストに描いてあげたら、悩みはいろいろあるだろうが、世界は広くて今見える世界だけではないことを教えてあげたいと老婆心ながら思ったのだ。

この間この店かか員さんにあるレストランで食べたコブサラダのイラストを描いたのを差し上げたら、彼女のお友達のお嬢さんがそのレストランでバイトしているので、そのお嬢さんにイラストをあげたら、それを見た店長さんが気に入ってお店に飾ってくれていると聞き、すごく嬉しくなった。みきが生きている間に何か夢中になれる趣味を見つけておいて本当によかった。もともと憧れていた工芸家だった亡き祖父の影響で子供の頃から絵を描くのが好きな子供だった。自由に想像力を働かせて自分の大好きなものをカラフルに描くのが得意な人間なんだとこの歳になってやっとわかった。スタートは遅かったがこれからでも遅くない。今日は、楽しく自分らしく生きていければこの病も治るかもしれないと信じられるようになった日だった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?