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はじめに ロッツォシチリア/白金高輪

はじめに


2020年、「食で未来をつくる・食の未来を考える」プラットフォームとして雑誌からWEBへと舵を切った『料理通信』。本当に惜しまれつつ、紙媒体の雑誌は休刊となりました。
2006年6月の発刊から14年。私が創刊号から担当させてもらった連載〈新米オーナーズストーリー〉についてはこちらで語っています。

この連載全149回からランダムに、全文(本文)掲載するシリーズを始めます。マガジンタイトルは〈新米オーナーズストーリー archive〉。
初回は2012年4月号、白金高輪に開店したシチリア料理店「ロッツォシチリア」の物語。ただいま発売中の『dancyu』2021年10月号では、連載〈東京で十年。〉にて、同店の10年にわたる道のりを書いています。
生まれたてのお店と、その10年後を描ける2つの連載を持っていたことは、書き手として幸福な循環でした。
10年前と10年後。2つの物語を、併せてぜひ読んでみてください。

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OPEN→2011.9.10 

1年以上もの物件探し期間を経て「ロッツォシチリア」がようやくオープンしたのは、東日本大震災の半年後、2011年9月10日のこと。東京は被災を免れたものの、自粛ムードと節電、何より原発の放射能漏れによる恐怖で人々の心身は重く沈んだ。そんな状況が少しずつ回復の兆しを見せ始めた頃、白金高輪に「人の温もり」を感じさせる店が現れた。この店に取材をお願いしたのは、人気店出身の2人だからではなく、世の中がそれを求めていると感じたからだ。あれから10年後の今、デジャブのように世の状況は符合している。


つくりたいのは、ハンドメイドな時間と空気


 1998年、「ラ・ベンズィーナ」。
 後に「トンマズィーノ」、「ドンチッチョ」と満席伝説を作っていくことになるこのシチリア料理店で、経営学を学んだ料理人と、文化人類学を学んだサービスが出会う。
 中村嘉倫(よしみち)さんと、阿部努さん。ともに'74年生まれ、同じ店で育った彼らが、白金高輪・四の橋商店街(白金商店街)で18坪の店を始めた。

 師匠と同じシチリア料理店だが、しかし師匠とはまた違ったタイプの料理とサービス。彼ら曰く、それは「イタリアン・スナック」。スナックとは、お客の表情一つにも気づけるような、ミニマムな店のことだそうだ。

「すべてが人に依存する店。つまり、僕と中村がいないと駄目な店にしたかった」と語るのは、文化人類学の彼、サービスの阿部さんである。

 店というものは大きくなるにつれ、お客とのタッチ(触れ合い)が減っていく。こっちのオーダーに時間がかかると、あっちの席から「すみません」の手が挙がる。どんどん作られる料理を、どんどん運んで取り分ける。そのうち、サービスが作業化してしまうことにもなる。
「ハンドメイドな時間と空気をつくるには、チームを組んでほかの誰かに任せないと店が回らない規模は違うなと。僕はサービスに関してはエゴイスト。自分で全部やりたいんです」

 一方中村シェフも、やりたいことががっちりあった。
 3年間、シチリア・パレルモのリストランテで学んだ郷土料理。それは甘酸っぱかったり、甘じょっぱかったり、日本の家庭料理に通じる懐かしい味。
 品数はたくさんなくてもいい、派手な料理じゃなくていい、その代わり時間も手間もかけて丁寧に作りたい。

 それらができるのは小規模。と15坪の物件を探すのだが、じつは彼ら、どうしても四の橋商店街の広場周辺に店を出したかった。
 ここだけポコッと出現したような、駅近でもない商店街。以前、住人だった阿部さんの言葉で言えば、夕方の明るいうちからフレンチもモツ焼きも食べられ、パジャマでも歩ける町。

 超エリア限定のせいか物件探しに1年以上かかり、出てきたのは18坪のスケルトン、どんぴしゃ広場に面した1階。
 しかし3坪の差は、イタリアン・スナックにはアウトか、セーフか。
 迷ったが、2人はギリギリセーフと判断。昨年(2011年)9月、「ロッツォ・シチリア」がオープンした。

 近所の人がふらっと来られるよう、立ち飲みスペースもある。ここでひよこ豆のフリットとビール一杯でもよし、カウンターや奥のテーブル席では食べて飲んで。
 といってもコースの順に囚われず、飲みながら次の皿を迷ったり、セコンド→前菜への逆流もOK。ゆっくり飲めるよう前菜やサラダを充実させつつ、逆にパスタは3種、さらにセコンドは2種と絞り込んだ。しかも9割がたは魚料理に特化した構成。

「狭く、深くがいいんです」とは中村シェフ。店のコンセプトやメニュー構成、方向性などは彼が決めている。
 一方阿部さんは、たとえば「お客さんが席に着く前、喋りながらコートをガサッと置ける棚があればカッコイイ」といった具合に、店のイメージ場面を作っていくタイプ。
 言うなれば、店の作詞・作曲は中村シェフで、編曲が阿部さんなのだそうだ。

 出会った当初、お互い「到底仲良くなる人じゃない」と思っていた性格真逆の2人は、14年を経て最も信用できる共同経営者になった。

「たとえば部活でボールが飛んで行った時、中村は一瞬もためらわず全力で走って取りに行くような人。その一瞬で、人ごとに思う人か、我がことに思える人なのかがわかります」と阿部さん。

 真逆と言ったが、本当は、2人は似ていると思う。
 嘘が嫌いだから、嘘をつかなくて済むように現実を近づける。つまり自信を持って出せる料理だけを作り、心底おいしいと勧められるワインだけを置く。
 キレイごと? いや、そのほうが気持ちがいいからだ。
 今、彼らはボールを全力で追いかけている。

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ロッツォシチリア
東京都港区白金1-1-12 ●03-5447-1955 

『料理通信』2012年4月号〈新米オーナーズストーリー〉vol.64
※写真は雑誌掲載のものではありません


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