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デポーズィト バガーリ/三軒茶屋

飲食店を営む理由も、道のりも、店主の数だけあっていい。
連載「新米オーナーズストーリー」を始めてから12年後、『料理通信』2018年8月号のvol.130で、あらためてそのことを教えてくれたのが、イタリアワインバー「デポーズィト バガーリ」店主・佐久間努さんです。
飲食店は、訪れる人の存在を肯定してくれる場所。そんな店を作るための第一歩が、なぜか職業訓練校でした。大学を出て出版社に勤めていた28歳の選択です。
周りにはさっぱり理解できなくても、彼には彼の筋道がある。
屋根の上の景色を見るために、ハシゴを作る丈夫な木から育てるような長い道のりを選ぶ佐久間さんの時間軸は不思議で、彼の店はデポーズィト バガーリ=荷物預かり所のように、生きるうえでの荷物をちょっとおろせます。
※原稿内容は2018年掲載時のものです。

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2017.11.11 OPEN
「1990年でも2030年でも、同じ店を作ると思う。」

 誰かに何かを伝える、橋渡しをしたい。
 根源的な志を懐に隠し、佐久間努さんはまず、出版社へ就職した。会社員は仮の姿で、いつか経済活動から外れた場所でひっそりと、何かを。
 そんな20代前半で知ったのが、バーの世界だった。

「提供されるモノだけでなく、過ごす時間と会話と空間で、人がこんなにもしあわせになれる場所があるんだ、と」
 それは自分の存在を肯定してもらえる、というしあわせであった。
 28歳。自分でその場所をつくろうと決めた佐久間さんはなぜか、いや、彼には必然の理で職業訓練校の木工技術科に入学する。

 こう考えたのだ。
 バーの空間を構成するインテリアや家具は重要→家具屋で働きながら学ぼう→家具なら恵比寿「パシフィック・ファニチャー・サービス(PFS)」→基本的な造りもわかっていない人間では、きっと話にならない。
 卒業後、応募するも当時は不採用。だが飲食店で調理のアルバイト、家の事情で再就職など約5年の遠回りはしたが、彼は結局PFSへの就職を果たした。

 何事も、ロングスパンでものを見る人なのかもしれない。
 イタリアの料理とワインに惹かれたのも、この遠回りの間だ。と言っても行きつけの店があったわけでなく、本を見て料理を作り、ワインを箱買いしてテイスティングノートをつけるという、ひたすら自習のような勉強法。
 違う言い方をすれば、何にも影響されず、自分の「感じる」を磨いた経験とも言える。

 だからPFSを辞めたとき、作りたい「店」はとっくにバーからイタリアワインバーになっていたし、佐久間さんは真っ先にイタリアへ飛んだ。
「ブドウ栽培から醸造、消費までが一つのエリアで完結している。僕はワインを通してイタリアを見ていた気がします」

 3ヵ月産地を巡って帰国後、「タヴェルナ グスタヴィーノ」でソムリエとなる。
 39歳、ようやくイタリアワインを扱う現場に立ったわけだが、独立を意識してもやはり、彼はここで5年をかけるのだ。
 在職中に物件を探し、なかなか決まらなかったという事情もある。内見だけで50軒、要した期間は2年。
 見つけた場所は、三軒茶屋の喧噪からひと呼吸抜けたあたりにある。名づけて「三・五軒茶屋」。やがて個人店同士がつながって、面白いローカルコミュニティが育つといいな、という願いを込めた。

 物件は、築40年という古いビル、元歯科医院のスケルトン。希望の1階でなくなく2階だし、8坪でなく11坪だが、大きな窓があったのだ。
 道から、窓一面にワイングラスの並ぶ風景が「見えた」。きっと店内からグラス越しに眺める風景も、いつもの街とは違って見えるだろう。

 バルの楽しさがギュッと肩寄せ合って飲む密度にあるならば、佐久間さんの目指すワインバーのそれは余白にある。
 少しだけ居住まいを正して、ワインと向き合う場所。ならば想定外の広さ、正方形の空間も、むしろ良しと考えた。

 45歳で開店した「デポーズィト・バガーリ」は、イタリア語で「手荷物預かり所」。彼の旅はいつも、大きな荷物を駅のdeposito bagariに預けることから始まった。
 だからこの店は、旅の出発点だ。
「イタリアワインには、旅を感じます」
 たしかに。土地ごとの愛と個性が強い国、土着品種の数も多く、ワインを味わうことは地方を旅する感覚に似ている。

 20州、各地と等距離に対峙するため、空間はあえて一切のイタリア色を排してフラットに。
 設計・施工は「三鷹バル」店主にして一瀬工務店の一瀬智久さん。鉄、木、石を使い、どこの国でもない空間を作り上げている。

 そう、まるでトランジットの中途半端な合間、降り立った街のバーで飲んでいるような。それは時代や流行に支配されない、「今」から切り離された場所とも言えるだろうか。
「僕は1990年でも2030年でも、たぶん同じ店を作っていたと思います」
 長い旅を終え、これから再び、さらに長い旅を始める。
 そう言えば店主自身が旅人であるような、不思議な店である。

デポーズィト バガーリ
東京都世田谷区上馬1−32−10 ハイツ三軒茶屋201
☎03-6450-9611


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