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「今は人手が足りないんです」問題

本気で解決しようと思ってます?

私が大学を卒業したのはもうずっと昔、年号が昭和から平成に変わったばかりの頃です。そんなバブルがはじけて間もない頃に新米の医師になり、30年以上働いて現在に至るわけですが、その間ずっと変わらず聞く言葉があります。それは

「今は医局に人が足りないから〜」

です。

この上の句の後に続く下の句は、

「留学したいかもしれないけどちょっと待って」
「当直の回数多くて大変だけど、もう少しだけ頑張って」
「頑張って来年は新入生をたくさん勧誘しよう」
etc.etc….

です。

よく、専門医を取ったばかりぐらいの、「俺も/私もそろそろ専門医も取れたし、一人でなんでもできるし、院内のこともわかってるし、後輩の指導もしてる。俺・私は立派な中堅で職場を支えてるぞ〜!」と思ってそうな年頃の人たちが、

「本当は〇〇を勉強に行きたいんですけど、今は人が足りないから待ってくれって医局長から言われているんです♡」

と言ってるのを聞くと、

ああ、そうなのね。あなたは自分が欠けちゃならない存在だと思ってるのね。でも、あなたがいなくなっても、すぐまた次の人が育って穴は埋めてくれるものですよ。だから、そんな自分の抜けた後のことなんか心配してないで、勉強したいんならすぐに行って、さらにいろんなことができるようになって戻ってきた方が、本当は全体のためにもなるんですよ。

と言ってあげたくなります(が、99.9%は言いません、笑)。

それはともかく、この「今は人手不足なんです」という台詞ですが、30年も前から聞くし、その後もコンスタントに現在に至るまでずっといろんな場所で何度も聞き続けてます。で、それに対する私の素朴な感想は以下の通り。

そんなに人が足りない足りないって言ってるのに、なんで何十年たっても問題解決してないの? それ、本気で解決しようと思ってないでしょ?


なんで人不足は解決しない?

さて、こんなに毎年1万人もの若者が新たに医師免許を取得して社会に飛び立っているのに、半永久的に病院に人手が足りない理由は、新しく病院勤務医になる人以上に病院を辞めていく人が多いから、に他ならないでしょう。辞めていく理由は人によって若干の違いはあるものの、大抵は「病院勤務が激務で薄給で、割りが合わないから」です。と書くと、医者って欲の塊なのか?と思う人もいるかもしれませんが、本当に勤務時間長く、休憩時間もろくに取れず、お昼ご飯も食べられない日も当直でもないのに日付が変わるまで帰れない日もあり、その割に時間で換算してみると実はお給料はすごく安かったりするんです。

そして、そう言って辞めた人はその後どうしているのか、と言うと、大半は自分で開業するかプライベートな病院・クリニックに雇われて働いています。つまり同じ仕事を続けています。でも、もう少し人間的な生活が送れるような条件で。女性の場合には、クリニックなどにパート勤務しながら子育てしている人も男性よりは多いです。

では、なんで病院の仕事がそんなに激務になってしまうのか? と言うと、ちゃんと必要な人件費が割り当てられてないからです。ずっと前に、ある地方都市の国立病院に勤務していたことがありますが、そこの上司が「部長会議に行って驚くのは、予算案の中に人件費って項目がないんだよ!」と言ってました。つまり、そこはとりあえず「人件費を入れるとめちゃくちゃになるので、人件費は計算に入れないでおこう」と言う発想だったんでしょうかね。わかりませんが、もちろんまさか今もそのままということはないと思います。

同じような意味ですが、「これ以上ポストを増やせないんだよ」と説明されることもあります。つまり、椅子の数が決まっているために、誰かが辞めるまでは新しい人を雇うことはできず、患者さんがたくさんきてもたくさん手術や治療をして収益を上げても、翌年もずっと同じ人数のまま、ということです。

当然ですが、人数に見合わない仕事量をこなさなくてはならないので、

一人当たりの仕事は増えて激務になる 
→ 辛くて耐えきれなくなった人が辞める
→新しくて元気な人が入ってバリバリ働く
→だけど何年かするとまた限界にきて辞める
→振り出しに戻る

の繰り返しになるわけです。で、永遠に「今は(そしてこれからもずっと)人手不足」と言うことになります。

ところで、普通の会社って仕事が増えたら人も増やすらしいですね。


有益で楽しければ人は集まります

さて、では、お金がなくてポストがなければ、本当に人は集まらないんでしょうか? 

実はそんなことはないんです。

私がまだ30代の頃に出入りしていたある大学病院の眼科に割り当てられていた枠は、正規のスタッフ枠が5名分、そしてレジデント枠(つまり大学卒業したての研修医のための、とてもお給料の安い枠)が6名分ほどでした。でも、その病院の眼科では、当時国内でも最先端の治療と研究をバリバリやっていたために、すでにレジデント期間を過ぎているけど勉強したい人たちが常に6名以上国内留学に来ていて、レジデント枠の順番を待っている状態でした。さらに、他に常勤先があるけど週1日だけ勉強にきている人や、子育て中でフルタイム勤務が難しいけど勉強したいと言う人が、無給の非常勤職員という立場で10名以上出入りしていました。その頃30歳前後だった私たちが、大した給料ももらえないのになぜその病院に出入りしていたか、というと、そこでしか学べない知識や技術を学びたかったからです。それに、1〜2年勉強して知識や技術がつけば、あとでレバレッジが効いて取り返せるとも(漠然と)思っていました。

何しろ、まだ40代になったばかりのその病院の眼科のボスの方針で、「俺たちはすべての分野をするんじゃなくて、一つの分野だけに特化する。でもその分野では世界レベルになろう!」というのを合言葉に、なんとなく全体に「やってやるぞ!」という雰囲気が漲っていました。

病院に行けば、自分と同世代の若いドクターが、それこそ日本全国のいろんな都市から来ていました。海外に単身留学してきたという人も何人もいて、みんな自分の意見がはっきりしていてやりたいことが明確で、とても刺激的でした。中には、「母校の教授と合わなくて、後足で砂をかけるようにして辞めてきた!」なんて言っているツワモノもいました。みんな同じように薄給でしたが、週に何日か病院に行って仲間と一緒に何かするのが楽しみなぐらいでした。

さらに、そういう活気がある場所では、やはり業績も伸びるものです。当時、臨床の患者数、手術件数も多かったし、教室の研究業績も右肩上がりでした。その組織自体が伸びているのを肌で感じることができたし、自分も全体の成長に一部貢献しているというワクワク感がありました。なので、今から思い出しても楽しい思い出がたくさんあるし、面白い仕事もできたし、いまだに付き合いが続いている仲間ともたくさん知り合いました。

つまり、楽しかったり、明らかに有益なことが学べるとわかっていれば、若手医師は別にお金がもらえなくても勉強のために集まってくるものなんです。病院側は、おそらくそうやって向学心と楽しさのために集まってきていた若手の力も借りて(何しろ専門医を持ってるような人たちが、レジデントの給料や、ひどい場合は無給で働いていたわけですからコスパは良かったはず)それなりに儲かっていたんじゃないかと思います。もちろん秩序を守るための苦労がなかったわけじゃないでしょうけど。


win-win-winの三方良しでは?

というわけで、必ずしも人件費がなくても、ポストが用意できなくても、人を集めることって実はできるのだと思うのです。最近では無給医を働かせてはいけないというルールが厳しくなってきてますが、ちゃんとした責任者がいるところであれば、医師免許を持っている人が見学に来て簡単なことを手伝ったりしても別に何の問題もないわけです。あるいは、非常に安い時給で非常勤の「診療援助医師」のような立場になってもらえば、ある程度のことはやってもらってもいいわけです。もちろん、その状態を半永久的に続けるのは良くありません。だけど、そうやって限られた期間、他の病院に専門の勉強をしに行くことは、若手の医師にとっても非常に有益です。もちろん、子育てのために病院勤務ができない女性医師などにとっても、勉強に行けばメリットがたくさんあります。少なくとも、短時間勤務しかできないからといって、誰にでもできる簡単な仕事をさせられて”キャリアの塩漬け”になっているよりは、その人にとっても勉強になるし、長い目で見れば高い専門性を身につけた人が増えて全体にとっても有利なはずです。そして、病院側も人手不足を幾分か解消できます。人手が増えれば患者さんにも手厚く対応できる。これは、win-win-winの三方良しではないのでしょうか?

しかも、そうやって何年か運営すれば、いろいろ評判が上がって患者さんの紹介が増えて、さらに収益が上がることももちろんあり得ます。そうしたら、その科の部長は改めて病院に人を増やしてくれるように交渉する力が増すわけです。そこまで到達してしまえばしめたもの。提供できる医療サービスの質が上がる → 患者さんが集まる→収益が増える → 人を増やすことができる → さらに医療レベルが上がる、という良い循環に入っていくはずです。

という絵に描いた餅のようなことを考えてみたりしてしまいます。

どうして、各病院がそういう考え方で運営しようとしないのか、すごく不思議に思います。私など、前に勤務医をしていた頃は「自分の職場を”日本中から国内留学したい”という人が集まってくるような病院にして、自分もそこで楽しく働きたい」と本気で思っていました。もちろんそのためには魅力的なコンテンツが必要なのですけどね。でも、残念ながらそれはかないませんでした。コンテンツのあるなし以前に自分自身が病院勤めを続けられませんでした。どこか、私にチャレンジさせてくれるところがあれば全力で努力してみたいところですが、なかなかありませんね。


いろんな方法を試してみればいいのに

いろいろ好き勝手なことを書きましたが、要は、人を増やす方法っていろいろあるのではないかと思うのですよね。同じやり方でやってても状況は変わらないので、いろんな方法を試してみたらいいのに、と思います。

そして、30年以上もずっと変わらずみんなが、
「今は人が足りないから〜」
と言っているのを聞くたびに、本当にそうなの? もっと工夫すればいくらでも方法はあるんじゃないの? 少なくとも、もっと働きたい、勉強したい人だって本当はたくさんいるはずなのに、有効活用できないのかなあ、といろいろ考えてしまいます。



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