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堂島 飛行機 カンテラの君

恋で落ち込んだ人間に、
新しい恋をさせようとする友が
たまにいます。

20代前半、
初恋から二番目の恋が尻切れトンボになり、
宙ぶらりんの痛手を持て余していた頃、

休日は神戸、京都に気晴らしに行くか、
大阪の堂島で、
ぼーっと過ごした頃がありました。

心斎橋、梅田、天王寺は
なんとなく落ち着かなくて

たまたま友人が指定した店が
堂島にあったからです。


中之島、図書館、公会堂、煉瓦の色、
風格を感じる建物が気に入って

眺めたあとは
ザラザラした近くの石に座って、
空ばかり見ていましたっけ。

低いところを
飛行機が飛んでいく。

飛び立ったところなのか、
降りるところか、

無知でわからないから、

きっとあれは
降りてくる飛行機だと決め

それに乗って
訪ねてくるかもしれないと、 

期待をして、そのあと、すぐに、
そんなアホな、と、ひとりツッコミ。

時間になると、
長い橋を歩き出す。

渡りきったところにある
待ち合わせ場所、
『カンテラ』という
小さなビストロに行くのでした。

いらっしゃいませ、

と迎える男性は
カウンターの中にいて

ホールに彼だけ。
お客もいない。
夕方はそれほど混まないのでしょう。

なぜカウンターに座ったのか
記憶はないけど、

おそらく、その彼が素敵だったから、
友人が茶目っ気を出したんだと思います。

なのに、ふたりとも
頼むのはレモンスカッシュ。

すいません、お酒飲めないんです、
と謝ると、

そういうお客様もいらっしゃいますよ、と、
笑顔で静かに言った声を、

ステキだよねと、
友人は褒めるのでした。

りんごとニンジンのサラダを頼むと、

くるみが入っている!と

私より年上で夫も子もいる友人は、
大いに喜び、レシピを想像している。 

そんなふうにして
週に一度は通うようになりました。 

彼は、
カンテラの君 
と名付けられました。

大阪の南にアメリカ村という場所があり
パームスというライブハウスに
天然パーマで大きな瞳をした
友人お気に入りの若者がいて、
その彼はパーくんになりました。

ある時、
庭で咲いたの、と言って、
芦屋から綺麗な紫陽花を抱えて
友人がカンテラに現れました。

カンテラの君が、

きれいですね、と言ったので、友人が

うちの庭から切ってきたんです、と即答。

素敵な、お庭なんでしょうね・・。

今日は彼女にあげようと思って。
落ち込んでるから。

なに言ってるの、と、
ここでようやく私。

だって、まだ引きずってるやん、

やめてよ、

私は顔をあげずに
レモンスカッシュを飲み

カンテラの君と、
初めて注文以外の会話をしたのでした。

そのあと一年以上、
カンテラに通いました。

いつも私は早めに堂島に行き
ザラザラした石に座って
大きな煉瓦色の建物を眺め、
空を仰ぐ。

そして、お尻が痛くなると、
ようやく立ち上がる。
夕焼けが美しかった・・・。

先に店に入って独りで待つことは
一度もしないで、

あの飛行機の翼が
トリコロール色に点滅する日を
想っていました。

そしてようやく
未練を断ち切る決心をして

橋を渡ってカンテラに行くことも
終わりにしました。

この数日、
飛行機がやたら目にとまります。

そのたび、堂島の空と一緒に
カンテラの君が浮かぶ・・・。

もちろん本名は知らないけど、

それでも人は、誰かの記憶に、
たしかに残ることがあるようです。

当のご本人は、
知るはずがないのだけれど、
それは、やはり、
ステキなことだと思いました。

今日もお読みいただき、ありがとうございました。


いただいた、あなたのお気持ちは、さらなる活動へのエネルギーとして大切に活かしていくことをお約束いたします。もしもオススメいただけたら幸いです。