① 四 月 〜春は残酷〜

—四 月—

 縁側にて。
「春になると、やっぱりなんだか嬉しくなりますね! 気持ちがウキウキしてきます」
 そうわたしが言うと、
「きみも案外のんきなことを言うんだね」と日向さんが笑っている。そして、
「春は残酷な季節である。T.S エリオット、知ってる?」と聞かれた。
「知らない」と答えると、
「イギリスの詩人」とだけ日向さんは教えてくれた。
「でも、なんで春が残酷なの? こんなに暖かくて花も咲いて、いろんなことが始まりそうな予感でいっぱいなのに」と言うと、
「だから残酷」と日向さんは言う。
「そういう幻想を抱かせるのが春なんだ。本当は見せかけだけかもしれないよ」
 見せかけだけ、か。……そうなのかしら? わたしはふうっと不安になる。でも、すぐに気持ちを持ち直す。
「日向さん、それってずいぶんと皮肉れたものの考え方」
 日向さんの家の庭には枝垂れ桜が一本ある。でも、薄紅色の花びらはもうほとんどが散ってしまった。
「そう言えば、桜前線といっしょに北上したことがあったなあ。ずいぶん昔のことだけど」
 日向さんがちょっとはにかんだ表情でそんな話を切り出した。
「桜前線と北上?」
「東京の桜が散ったら信州に行くんだ。小諸とか高遠とか。そこも散ったら今度は東北に行く。弘前城の桜なんかすばらしいよね。で、最後は北海道に渡る。そうやって北上し続けるとね、三月の下旬から六月あたりまで桜をずっと堪能し続けられる」
「なるほど」
「でも、そういうのは未練がましくていけないね」と日向さんは言った。
「この年になるとさすがにそういうことはもうしない。追いかけない」
「……」
「桜が散ったら次の花にさっさとスイッチするよ。今なら海棠かな」
「カイドウ?」
「うん、海棠。ちょうど見頃だと思うよ、今夜あたり。行かない?」
「これから?」
「ああ、夜桜ならぬ、夜海棠」

 もう夜の十時を過ぎている。今日は夕方に日向さんと駅で待ち合わせをし、老舗の洋食屋さんで名物のビーフシチューを食べた。入り口のところの看板にカタカナで店の名前が書いてあったけど、意味がさっぱりわからなかった。どうやらフランス語だったみたい。隣のテーブルでは、小津安二郎の映画に出てきそうな感じの背広を着た初老のおじさまがひとりでカレーライス(ライスカレー?)を食べていた。カレーにもかなり惹かれたけど、ここは初心貫徹。そして、赤ワインをふたりで一本。 
 ビーフシチューはクラシックな味だった。濃厚なデミグラスソース。で、食後にコーヒーを飲んで、ゆっくり散歩しながらわたしたちは日向さんの家に戻ってきたのである。
 家に着いた時にはすでに八時を回っていた。それからずっと、わたしたちは縁側で庭を眺めながらアレコレ話をしていたわけ。エリオットやら桜前線北上の話やら。で、今はもう十時を過ぎている。

 わたしは、居間の戸棚から日本酒のハーフボトルとグラスをふたつ探し出して手提げバックに入れ、日向さんの後に続く。
 境内を抜けて踏切を越え、大通りを駅の方向に。十分ほどで駅が見えてくる。駅の手前を左に折れて歩くこと五分。ようやくカイドウが咲くお寺に到着した。山門のあたりは真っ暗だ。
「男坂を登る? それとも女坂?」と日向さんが尋ねた。
 わたしが気張って男坂を選んだのに、どういうことなの、日向さんはとっととゆるやかな女坂へと迂回していく。わたしだけハアハア息を切らせて、お堂の前で合流。ライトアップの照明がいくつか灯っていた。
 左右にふた株、海棠の木。紅色の花が頭を垂れている。可憐な花だ。でも思ったよりも小ぶりな木だった。
「これは二代目。先代のが枯れてしまって、その後、植え替えたみたいだね」
 そう日向さんが解説してくれた。
 日向さんはお堂の階段を三段登り、こちら向きになって回廊に腰を降ろす。
「ここで飲もうか」
「でも、お寺の回廊で酒盛りなんかしていいの?」
「ゴミはキチンと持ち帰るしお堂を汚すこともない。ここからの海棠の眺めが一番いいんだ。おいで」
 ま、いいか、誰も見ていないようだし。わたしは日向さんの隣に腰を下ろし、持ってきた日本酒とグラスを手提げバックから取り出す。
「じゃあ乾杯しましょうか。お花見、お花見!」
 わたしはちょいとはしゃいだ声を出してそう言ってみた。
「海棠、どう?」と日向さんが聞いている。
「可愛い花ですね。でもちょっと甘すぎるかも」
「なるほど、その通りかもしれないな。あ、そう言えば、ナカハラチュウヤがここの海棠、好きだったみたいだね」
「ナカハラチュウヤって、あの、汚れちまったかなしみに、のナカハラチュウヤ?」
「お、よく知ってるね」
「そのくらいは知ってます。汚れちまったかなしみに今日も小雪の降りかかる、でしたっけ?」
「そのとおり」
「でも、ナカハラチュウヤって山口の人じゃありません? どうしてこの街のカイドウと関係があるの?」
「なんでも死ぬ時はこの街にいたらしいよ、ナカハラチュウヤ」
「そうなんだ」
「ここはね、怨念がいっぱいのお寺だからね」
「怨念?」
 日向さんは意味深な表情を浮かべて話を続けた。
「ああ、そのナカハラチュウヤの怨念もこもってる。恋人を友人に寝取られたんだ。コバヤシヒデオにね」
「コバヤシヒデオって、あのコバヤシヒデオ? 教科書によく出てきた評論の先生?」
「そう」
「そんな偉い人が友人の恋人を寝取ったりするの?」
「そういうものだよ」
「そういうものって?」
「ね、きみ、画家のモディリアーニ、知っている?」
「え、なんで、ナカハラチュウヤとコバヤシヒデオの話が、いきなりモディリアーニに飛ぶんですか?」
「知ってる?」
「ええ、白目で首の長い女の人を描く画家でしょ」
「ご名答。ボクはピカソよりもモディリアーニが好きだな。同じように、コバヤシヒデオよりもナカハラチュウヤが好きってこと」
「……」

 ううむ。なんとなく日向さんの言いたいこと、わかるような気もするけど。でもやっぱりよくわからないなあ、なんて思っていたら日向さんの話はさらに別の方向へ。
「でね、このお寺にこもってるもっと根の深い怨念はね、ほら、左手に見える? 古いお墓がいっぱい並んでるだろ? はかりごとにあって一族全員惨殺された人たちのお墓だよ。憑依されるぞ、気をつけな」
「ひょうい、って?」
「悪霊に取り憑かれるってこと」
「怖いこと言わないで!」
「ごめんごめん」
「でも、大丈夫。わたしはこう見えても我の強い女なので、霊の方が寄ってこないと思うの」
 すると、しばらくしてから日向さんは言った。
「いいや、そうは見えないけどね。他人に冷たくなれないからさ、いろいろ悩んでるんじゃないの?」
 何気に核心をついてくる。わたしは日本酒を二杯、くいっくいっと連続して飲み干した。日向さんもちびりちびりと飲んでいたけれど、すぐにグラスを裏返してしまった。日向さんはあまりお酒が強くない。
「今日はちょっと飲みすぎた。夕方からすでに赤ワイン一本空けてるものな」
「じゃ、わたしがかわりに飲んじゃいますよ」
 ひとりでハーフボトルを空けてしまいそう。で、お酒の勢いも手伝って、わたしは打ち明け話なんぞを始めてしまった。
「……けっこう辛いんですよね」
「ん?」
「でも、どうしてもダメなんです」
「……」
「わたし、どうしたらいいんでしょうね」
「付き合ってるひとのことか?」
「……はい」
 日向さんはしばらく黙っていたが、
「ボクになにか、できる?」とぽつりと言った。
「なにかできることがあったら、言って」
「じゃあ、お酒をもう一杯だけ付き合って」とわたしが言うと、
「ああ、いいよ。でも顔が赤くなっても笑うなよ」
 そう言いながら、日向さんはもう一度グラスをもとに戻してくれた。
 その時、ひゅうと風が吹き、山門の脇の大きなソメイヨシノの枝に残っていた花びらがハイスピード撮影のようにヒラヒラと、照明に照らされてキラキラと舞い落ちてきた。そのうちのいくつかはわたしたちの座っているお堂の上にもやってきて、日向さんとわたしのグラスの縁をかすめて落ちた。
 日向さんは、ぐいっと一気飲みをしてからぽつりと言った。
「自分の感受性くらい。自分の感受性くらい自分で守れバカモノよ」
「え?」
「厳しい言い方で申し訳ないが、自分の感受性が納得しているのならそれでいいんじゃない? でも、もしも納得できなくなっているのなら、やめろ」
「……」
「イバラギノリコの詩だよ」
 そう日向さんは言った。エリオットだのナカハラチュウヤだのイバラギノリコだの、やっぱり年上の人は引用が多くて大変だ。また家に帰ったらネットで調べなくちゃ。
「そろそろ帰ろ」
 日向さんは回廊からぴょんと地面に飛び降りた。ちょっとぐらつく。わたしが支える。並んで立つと日向さんとわたし、背が同じくらいだった。ハイヒールを履くとわたしたち、ちょうど同じくらいの背の高さになる。
 日向さんの家に戻る。お風呂を使わせてもらってから、わたしは、おやすみなさい、と言う。日向さんは五秒間ぐらいじっとわたしの顔を見ていたけれど、ふっといつもの無関心そうな、それでいてどことなく優しそうな表情に戻って、おやすみ、と言い、客間に布団を持ってきてくれた。
「さあて、明日、天気がよかったら、花祭りに行こうか」

 日曜日の朝。今日も快晴。
「さあて、花祭りに行こうよ」
 そう日向さんは言った。花祭りと聞いたものだから、どこかで桜の観賞会みたいなものがあって、そこには野点とか出店とか植木市とか、そんな場所をわたしは想像していたのだけれど。
 連れて行かれたのはふつうのお寺だった。ローカル線に乗って四つ目で降りる。駅からは歩いてすぐ。門をくぐる。参道の桜はほとんど散っていた。でも境内にはたくさん人が集まっていて、本堂の手前に小さな仏像、なんだか妙な格好をした小さな仏像が花々で飾られたあずまやの下に置かれていた。その仏像にみんながお杓で水をかけている。
「あれがお釈迦様の生まれた時の姿だよ。母親の摩耶夫人の脇の下から生まれたんだ。花祭り。今日はお釈迦様の誕生日」
 そう日向さんが教えてくれた。
「ああ、だから右手を挙げているのね、あれはお釈迦様のお母さんなんだ」
「そうじゃなくて、あれは、脇の下から生まれたお釈迦様が歩き出して、右手で天を差し左手で大地を指して宣言しているところ。天上天下唯我独尊」
「ユイガドクソン? 傲慢な人だったのね、お釈迦様って」
「……まあいいや、説明すると長くなるから」
「それじゃあ、わたしもお水かけてこようかな」
「あれはお水じゃなくて甘茶。潅仏会には甘茶をかけるの」
「カンブツエ?」
「まあいいや、これも説明すると長くなるから」
「……」
「それよりここのお寺はね、一年に一回、花祭りの時だけ本尊を公開しているんだ。そこの収蔵庫の中、見てくるといいよ。ふつうの仏像とはずいぶん趣の違う仏さまだから」
「じゃあ、見てきますね」
 なるほど、たしかにふだん目にする仏像とはずいぶん趣が違ってる。まずは頭がパンチパーマじゃない。それに着ている服も違う。レース地のドレープみたい。そのせいか、お腹のあたりのふくやかな曲線が女の人みたいに思える。
「鎌倉時代のものだよ」
 いつの間にか日向さんが隣に立っていた。そんな古い時代のものなのに木目がとても瑞々しい。
「どう?」
「全体がこんなに柔らかくて瑞々しいのに、なぜだか足の甲だけはむくんでいますねえ。あと、鼻の頭が少し欠けているところが愛嬌あっていいですね」とわたしは答えた。
「なるほど、なるほど」
 日向さんが笑っている。

 帰りは電車に乗らないで坂道を歩いて行った。途中にロマンティックな名前の井戸の跡があった。そのあたりまで来ると、右手からぷんと磯の匂いがしてくる。海がすぐ近くに迫っているのだ。海草の匂いと錆びた鉄の匂いが混ざったような。そしてどこか酸いた感じの匂い。……日本っぽい。日本の海は匂いまでとことん日本っぽいんだなあとわたしは思う。同じ海でも何年か前に行ったハワイの海は決してこんな匂いはしなかった。
 わたしたちは日本という固有の場所で生きている。わたしたちは自分の生まれた国とか地方とか、そういう風土のようなものからなかなか自由になることができない。人間、どの時代のどの場所に生まれつくか、これは確率としてどのくらいのパーセンテージなんだろうか。出会う人だって同じだ。可能性は無限にありそうでその実ものすごく限られている。だから、毎日毎日はワンチャンスの連続みたいなものなのかも。
「あ、そういうのを一期一会っていうのかな」
 どうやらわたしは独り言を言っていたらしい。
「なにか言った?」
 日向さんがわたしの横を歩きながらそう聞いている。
「いえ、なんでもありません」
 一期一会。日向さんと出会ったのも一期一会? でも、一期一会ってなんだか悟りの境地みたいでいまひとつリアリティがないとわたしは思う。毎日毎日がワンチャンス。やっぱりこっちの方がわたしにはしっくりと来る。

 夕方、駅前の大通りで日向さんと別れた。ひとりになってから昔ながらのお肉屋さんにふらりと入り、揚げたてのコロッケを買って食べたら胸焼けをおこしてしまった。駅のホウムで立っている間にどんどん気持ちが悪くなった。昨日の晩の濃厚デミグラスソースまでこみ上げて来た。
 電車がホウムに入ってきた。車両に乗り込む。よかった、そんなに混んでいない。座ってじっと目を瞑っていたら二駅ぐらいでなんとか気分が収まってきた。バッグからスマホを取り出し電源を入れてメールをチェックする。(わたしは日向さんと会っている時はスマホの電源を切っておく。そのことについてはまた改めて書く機会があると思うけれど)
 付き合っている彼からメールが入っていた。これから会えないかと書いてあった。受信時間は日曜日午後一四時三十二分。なにやら悩み事がいっぱい書いてあった。仕事のこと家庭のこと。
 気分もまだスグレないので返信はしないことにした。十歳近く年の離れたわたしに、彼はいったいどうしてもらいたいと言うのだろう。なんだかちょっと苛つく。
 東京駅に着いた時、彼から着信があったけど出ないでそのまま家に戻った。うちに戻ってからも二度ほど着信があったが今日は無視することにした。そのかわりに、わたしは日向さんに電話することにした。家の固定電話の方で。
「お花見楽しかった。ありがとうございました」
「どういたしまして」
 日向さんの声がクールに受話器から聞こえてきた。でも、その後で柔らかい声でこう付け加えてくれた。
「またいつでも遊びにおいで」
「……はい」
 その後、わたしは、おやすみなさいとだけ言って電話を切った。
 わたしが居間で電話している姿を見て、母親がなにやら詮索したそうな感じだったけど、わたしは知らんぷりしてさっさと自分の部屋に引きあげた。
 十一時にベッドに入り、日向さんに借りた、長風呂が大好きな作家が書いたエッセイを三十ペエジだけ読んだ。それから、エリオットだか誰だったか、春が残酷と言った人のことをぼんやり考えて、どうして春が残酷なのかその理由が実感としてわかるようなやっぱりわからないような、そのあたりのところでゆっくりと眠気がやってきた。


脚注(四月篇)

*ビーフシチューで有名な洋食屋さんの名前は、コアンドル(coin de rue)。フランス語で「街角」を意味します。現在(2019年4月)は店舗建て替えのため休業中です。蔦の絡まる、あの風情のある店構えはもう見ることはでききないのでしょうか。
*海棠で有名なお寺、妙本寺における中原中也と小林秀雄のエピソードについては、小林秀雄の『中原中也の思ひ出』を参照ください。
*本尊が毎年花祭りの時に公開されるお寺、極楽寺の釈迦如来立像は清涼式。2019年の特別拝観は4月の7〜9日の3日間の予定です。
*坂道の途中にあったのは、星月ノ井。昼間も井戸の中に星の影が見えたことからその名前が付けられたと由来書に書かれています。
*コロッケで有名な昔ながらのお肉屋さんは現在(2019年4月)はすでに閉店しています。
*長風呂が大好きな作家が書いたエッセイというのは、たぶん江國香織さんの『泣く大人』のことだと推察されます。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

スキスキ♡
5

naotoiwa

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。