② 五 月 〜風立ちぬ〜

—五 月—

 連休明けの土曜日の午後、日向さんと駅で待ち合わせをした。
「五月はつつじがきれいだよ、境内いっぱいに咲いてるお寺があるんだ、見に行かない?」 
 今月もお花見、お寺巡り。おじさんとおばさんみたいだわ、とわたしは心の中で苦笑する。すると、
「人間関係の悩みはね、人間だけでは解決できないものだからね」と日向さん。
 なにやら意味深なお言葉。それって、オレは何も助けてやれないぞ、ってこと? 思わずそう聞き返したくなったけれど、なんだかせつない気分になりそうなのでやめた。
「つつじは水っぽくてあまり好きじゃないないんです。どこか別のところがいいなあ」
「例えば、どんな?」
 わたしは一分ぐらい考えてからこう言った。
「な〜んにもないところ。時間がとまっているようなところ」
 今度は日向さんが一分ぐらい考える番。
「……それじゃあ、あそこだな」
 そう言って、駅前のバス乗り場へ。
 バスはこの街のシンボルである大きな神社の脇を過ぎ、何本目かの道を左に曲がった突き当たりで停車した。この先は道が狭くてバスは通れない。さらさらと流れる小川に沿って緑の中を歩く。完璧な天気、だった。雲ひとつない空から陽の光がキラキラ降り注いでいる。
「いい天気」とわたしは言った。
「やっぱりわたしは晴れ女!」
 日向さんはそんなわたしの浮かれた言葉などシカトして、
「これほどの天気はめったにないよ。こんな日が一年に一日でもあることにわれわれは感謝すべきだと思うね」と言った。
 あ、その言葉。……ドキっとした。まったく同じことを昔、父親が口にしたことがあったからだ。
「こんな日が一年に一度でもあることに、われわれは感謝しなくてはならない」

 あれは、まだ小学生の頃のこと。わたしは父親とふたりでどこかの山のふもとを歩いていた。
 わたしの父親は、休日になるといつもプイと山に出かけていってしまうような人だった。家族で旅行になんか行ったためしがない。いつもひとりでリュック担いでいなくなる。そして、日曜日の夜遅くにふらりと家に戻ってくる。その父親が、一度だけわたしもいっしょに山に連れて行ってくれたことがあったのだ。
 わたしは父親の後をついて山道を登っていく。五メートルぐらいの幅の山道の左右には背の高い雑木林が延々と連なっている。しばらく歩いた後、父親が突然道の真ん中に仰向けに寝転んだ。びっくりしてわたしは立ち止まる。
「おまえもこんなふうに寝転んでごらん」
 わたしが隣に並ぶと、父親は空を仰ぎ見ながら、
「昔はね、このあたりには高い木なんか一本もなくて、原っぱがずっと広がっていたんだ。だから、目の前の大きな山がいつでもよく見えた。お父さんがまだ小さかった頃はね」と言った。
 遠くの方でギィーギィーという音がした。
「あれはなに?」とわたしが聞くと、父親は近くの下草の中から長さ三センチくらいの透明な羽根をした蝉の死骸を見つけてきて、それをわたしに見せた。
「春蝉」と父親は言った。そしてまた寝転んだ。
 風が完全に停止していた。キラキラと光る太陽がまぶしくて、まるでおとぎ話の中でいろんなものが天上から舞い降りてくるようだった。
 そしてその時、父親が言ったのだ。
「今日は完璧な一日だ。五月という月にはたまにこういうことが起きる。でも、めったにあるもんじゃない。こんな日が一年に一度でもあることに、われわれは感謝しなくてはならない」
 一時間ぐらいそこに寝転んでいただろうか。
 それからまた、わたしたちは山道を歩き出した。どこまで行っても左右の雑木林は尽きることがなかった。あたりは静寂そのもの。春蝉の声だけが木霊のように耳の奥で響いていた。でもしばらくして突然、その雑木林がいっせいに前後左右、波のようにうねりだした。その時、父親が、ルヴァン、とかなんとか……そんな言葉を口にしたのを覚えている。
 
 日向さんがなにか言っている。
「このあたりは立派なお屋敷が多いよね。昭和初期の洋風建築もあれば古い数寄屋造りの建物もあるし」
「え?」
 わたしはようやく我に返った。父親といっしょに歩いていた山道から現実の世界に戻ってくる。なるほど、確かに道沿いに立派なお屋敷が何軒も続いている。
「そうですねー」とわたしはとりあえず相づちを打ってみる。
 その時、目の前の屋敷の庭で何かがうごめいた。高い木の梢のあたり。
「あ、リス!」とわたしは素っ頓狂な声をあげてしまった。日向さんが隣で笑っている。
「この街では、なにも珍しい光景ではないよ」
 それからしばらく歩いていると、左手からポーン、ポーンというなにやら乾いた音が聞こえてきた。……テニスコートだ。鉄製のネットの向こうにクレーのコートが四面あって、それぞれのコートに二人ずつ、合計八人のプレイヤーが山なりのボールを打ち合っていた。彼らは全員真っ白なポロシャツとセーターに長ズボン。今どき珍しいクラシックな出立ちだ。近づいて見ると、全員がお年寄りの方ばかり。手にしているラケットも今じゃめったに見かけない木製のラケットの人もいる。コートの奥に、赤いトタン屋根の建物が見える。どうやらそれがクラブハウスらしい。


「ここだよ」と日向さんが言った。
「え?」
 テニスコートの先にも道沿いにネットの壁はずっと続いていて、内側に荒れ地が広がっていた。所々に黄色や紫色の野草が群生し、借景の山の中腹にはまだ桜色の霞が残っている。
「ここは伽藍の跡なんだ。発掘調査中と書いてあるだろ? 工事はもう何十年もずっと続いている」
 そう日向さんは言った。荒れ地の真ん中あたりにUFOが墜落したような窪みが見える。
「たぶんあのあたりが池の跡だと思うよ」
 日向さんが指を指して教えてくれた。
「ここにはね、かつて、この街にあったどの寺よりも大きくてりっぱなお寺が建っていたんだって」
「……」
「どう、気に入った?」
「はい、なんだか置き去りにされてる感じがいいですね」
 わたしは、ネット越しにしばらくの間、その何もない荒れ地を眺めていた。風はそよとも動かない。汗ばみそうな陽気なのに、なぜだか、このあたりの空気だけがひんやりしている。隣のテニスコートからは相変わらずポーン、ポーンと規則正しくボールを打ち返す音だけが聞こえてくる。
 帰ろう、と言われてようやくネットの前を離れた。なんだか少し悪寒がした。こんなに天気がいいのに。
 通りがかったタクシーに乗る。途中、道が狭くて対向車とすれ違うことができない箇所があって、運転手が舌打ちをしながらバックする。

 日向さんの家に到着。
「うまいワインが冷してあるんだ。縁側でいっしょに飲まない?」
 そう言いながら、グラスをふたつとワインクーラーに入れた白ワインを持ってきてくれる。
「これ、ネーミングが照れるけど、うまいよ。ニュージーランド産」
 ラベルを見てみると、Cloudy Bay と書いてある。
「確かにちょっと名前がキザですねえ」とわたしは感想を述べた。
「へえ、きみくらいの世代でも、キザなんて言葉、使ったりするんだ」
「気障ぐらい知ってますよ。それにわたし、ダザイオサム好きでしたからね。高校生の頃に何度も人間失格を読んでました」
「暗いヤツだね。んだすげまいね。そーだから君はダメなんだ」
 日向さんが笑った。ダス・ゲマイネ、ね。今のはわたしにもわかったぞ。
 冷した Cloudy Bay は確かにおいしかった。ドライだけれどどこかにゆるやかな甘味がある。上品な味だ。
 しばらくすると雨がパラついてきた。
「あんなに昼間は完璧な天気だったのに」とわたしはつぶやく。
「天気予報通りだね」と日向さん。
「近頃の天気予報は必ず当たるからイヤになっちゃうね。昨日の晩、アナウンサーが言ってたよ。明日は夏日みたいな快晴も夕方いっぱいで、夜から雨になるでしょうって。一週間先はさすがにハズれる場合も多いけど、翌日の天気予報はまず外さない。つまらないね、われわれには意外性なんて、もうほとんど残ってないんだね」
 なんだか今日の日向さんは昔の父親みたいな言い回しをする。わたしは、ちょっと意地悪を言ってみることにした。
「日向さんは、いったいどんな意外性を望んでいるんですか?」
 案の上、完全に無視された。でも、かまわずわたしは続けることにする。
「日向さんて、自分から外海に魚を釣りに行ったりしないタイプでしょう。巧みな誘導作戦で海から川へ、川に入ったら今度は下流から上流に、そして最後は生け簀の中に閉じこめる。それからゆっくりと料理するタイプですよね」
 一瞬、日向さんのわたしを見つめる視線が留まったけれど、すぐに、そんなことないさ、とそっぽを向かれてしまった。わたしの少しばかり悪意のある誘導作戦は失敗である。
 九時を過ぎて雨足がひどくなった。縁側の雨戸を閉めて台所に移る。Cloudy Bay はすっかりなくなり、わたしはボトルキープの焼酎のお湯割りに切り替える。
「そんなことよりも。きみは同世代の彼氏とかはいないのか?」
 あ、逆襲が始まった。
「なんだかダメですね。おバカさんか優しいだけかのどっちかなんだもの」
「なんだって?」
「前に一度、オレから優しさを引いたらいったい何が残るというんだ、って若い彼氏に格好付けられたので、いろいろ残って欲しいな、って答えたら、それから連絡が来なくなりました」
「それ本当の話?」
 日向さんがカラカラと笑っている。
「ま、そんなことじゃ、当分、幸は薄そうだな。今日だってそうだ。どこに行きたいって聞かれて、なんにもないところ、時間がとまっているようなところ、なんて答える女の子を男たちは敬遠するものなんだ」
「……なるほど」
「でも、今日の発掘現場よかっただろ?」
「ええ、気に入りました」
「よくひとりで行くんだよね、あの場所」
「日向さんも、そんなところばっかり行ってると女子に敬遠されますよ」
 わたしからの再逆襲である。

 あ、そう言えば。わたしは昼間に思い出したことを、日向さんに聞いてみることにした。
「あの、ルヴァンってどういう意味ですか?」
「なんだい、唐突に」
「ごめんなさい。たしか、ルヴァンって言ってたような」
「誰が?」
「……ええ、まあ」
「ルヴァン、ルヴァン。……ひょっとして、ル・ヴァンのこと?」
「それって?」
「風っていう意味だけど。フランス語で」
「あ、たぶんそれ。そのルヴァンがなんとかって言ったんです」
「誰が?」
「いえ、あの、突然風が吹いてきて、こういうのを、ルヴァンなんとかって言うんだよって」
「たぶん、それ、ル・ヴァン・ス・ルーヴのことじゃないかな」
「あ、そうですそうです! それ、どういう意味です?」
「風立ちぬ、だね」
「なんだ、風立ちぬ、か。マツダセイコだ」
 日向さんが笑い出した。
「ホリタツオと言ってほしいな。風立ちぬの原語がフランス語でル・ヴァン・ス・ルーヴ」
「長年の謎が解けました。風立ちぬ。でも、だとするとそれって、秋の日のお話ですよね。かーぜーたちーぬー、いーまぁーはぁ、あきぃー♪、ですもんね」
「ああ、ホリタツオの小説でも、たしか、秋間近の夏の日の設定だった気がするよ」
「五月じゃないんだ」
「ん?」
「あ、なんでもありません」
「誰だか知らないけど、その人、ずいぶんと洒落たことを言うんだね」
 わたしの父親は、ホリタツオを愛読していたのだろうか。

 屋根を打つ雨音のせいでなかなか寝つかれなかった。夜半過ぎにようやくうつらうつらし始めたが、すぐに昼間のテニスコートにいたひとりが夢の中でわたしに話しかけてきた。白いポロシャツを着た老人がゆっくりとネットの扉を開けてわたしのところにやってきて、この場所の昔について話し始めた。
『今から八百年前、ここには、それはそれは大きな、当時では中国の都でしか見れないような、大きな大きな伽藍があったのです。このくにを治めていた人に、ある夜、夢のお告げがあったのです。ここに大きな大きな伽藍を造れと。なぜこの場所だったかわかりますか? 実は、当時ここはこのくにの中で一番の悪所でした。ここの北には大きな穴蔵があって、そこから無数の胴体と切り離された頭蓋骨が見つかっています。そうです。実は、ここは昔の刑場の跡だったのです』
 老人の話の間中、いい香りがあたりに漂っていた。近くに香しい野草でも生えているのか、いや、その香りは老人の体から発せられているようだった。その人には老人特有のイヤな体臭も口臭も全くなかった。なんていい香りのする老人なんだろうと思った。その人は、わたしの父親に似ていなくもなかった。父親がもしも長生きしていたらこんなふうになっていたかもしれないとわたしは思った。ル・ヴァン・ス・ルーヴ。夢の中でわたしはそうつぶやいた。

 翌日は、昼過ぎまで日向さんと居間でおしゃべりをしていた。
「ダザイオサムを読んでたって言ってたよね。きみは日本の作家だと他に誰が好みなの? 無頼派が好きなのか?」
「ブライハじゃないと思いますが、カワバタヤスナリはけっこう読みましたよ。今でも読み返したりします」
「ほう、カワバタが好きなんだ。だったら、オススメのお寺があるよ。彼が大好きだった仏さまが見られる。自殺する直前まで眺めていたそうだ」
「あ、それ、興味ありますね」
「そこ、定時じゃないと見学できないんだ。ちょっと待って」
 日向さんはお寺に電話をして見学の予約をとってくれた。
 昨日と同じ方角へ。でも、テニスコートまでは行かずに手前の神社を左手に曲がると静かな参道に出る。門の前に四〜五人の人が集まっていた。住職さんの説明を聞きながら集団で見学するスタイルのようである。
 住職さんは、この寺にまつわる話をおもしろおかしく話してくれた。庭にあったタラヨウという木を示して、
「これが葉書の由来になった木です」と教えてくれた。
「この木の葉っぱを小枝で引っ掻くと文字が浮き出てくるんですわ」
 なぜだか関西弁だ。
 さて、問題の仏さまはお堂の一番端にあった。右肩にレリーフのような繊細な模様の布をかけている。うつむき加減の顔。涙を溜めているような瞳。優美な仏さまだった。
「カワバタさんはどうして自殺したんでしょうね?」とわたしは日向さんに聞いてみた。
「いろいろと言われてるけどね。健康上の不安とかノーベル賞受賞の重圧とか、老いへの恐怖とか。いずれにしてもノイローゼがひどかったみたいで睡眠薬を常用していたそうだ」
「そうなんですかぁ」
 カワバタさんはなにを思いながらこの仏さまを眺め、海の見えるリゾートマンションの一室でガス管なんか咥えたんだろう。
「若い女の人との痴情のもつれだったりして」
 そうわたしは言ってみた。
「きみ、なかなか大胆なことを言うねえ」
 日向さんがぼんやりと私の顔を眺めている。
 わたしは、昨日テニスコートにいたお年寄りたちのことをまた思い出していた。真っ白なポロシャツを着て黙々と山なりのボールを打ち合っていた彼らのことを。そして、夢の中で嗅いだ老人の匂いのことも。
 カワバタさんもガス管を咥えて、バラ色の肌で体中からいい匂いをさせて、おまけに若い女の人のことなんかを想いながら死んでいったのならいいのにな。……そんなことをわたしはぼんやりと思っていた。


脚注(五月篇)

*「かつてこの街にあったどの寺よりも大きかった伽藍」は、奧州中尊寺にあった二階大堂を模したものと言われています。この永福寺(ようふくじ)跡の発掘作業は長年続いていましたが、2017年に完成し、現在では池やいくつかの伽藍の礎石が復元されています。
*jこの永福寺(ようふくじ)跡に隣接しているのが鎌倉カントリーテニスクラブです。
*太宰治の小説『ダス・ゲマイネ』のタイトルは、ドイツ語で通俗性を意味する「Das Gemeine」と津軽弁で「それだからダメなんだ」を意味する「んだすけ、まいね」のダブルミーニングであるというのが通説になっています。
*堀辰雄はポール・ヴァレリーの詩「Le vent se lève, il faut tenter de vivre.」を「風立ちぬ、いざ生きめやも」と訳しました。
*川端康成が好んだ鞘(さや)阿弥陀仏があるお寺、覚園寺(かくおんじ)は、一日4回もしくは5回のツアー形式での見学が可能です。
*川端康成の自殺の原因やその状況に関しては諸説あります。ガス管を咥えていた等も事実かどうか定かではありません。その後、批評家で作家の臼井吉見が、川端の自殺の原因を若い家政婦との関係性において記述した「事故のてんまつ」を出版しますが、この本は川端の遺族に訴えられ、のちに絶版となっています。
*なお、前半に登場する、主人公が昔父親と歩いた山道は、信州の追分から浅間山に向かう1000m林道のことだと推察されます。


*前回の四月篇は、こちら

*プロローグは、こちら

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