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漢字で感じる人間学61(伸・のびやかさが人の本来の姿)

「伸びる」の「伸」はにんべん「人」に「申」と書きます。

この「申」がもともと「神」を現す文字でした。稲妻が斜めに光を発しながら通っていく様子を現したものがそもそもの字源です。

申(金文)
申(篆文)

今の時代であれば、雷は電気だと普通に誰もが知っています。電気を生活用、産業用と様々な用途に利用することができて、私たち現代人は様々な恩恵をその科学技術から受けている訳ですが、古代の人にとっては雷はもっとも不可思議な現象の一つであり、「神のみわざ」としか言いようのないものであったと思います。

同じように「風」も現代人は空気の密度=気圧の変化によって起きるものと分かっていますが、古代の人は風も神の起こすものだと考えていました。「風神」と「雷神」はその二つの自然現象を大きな畏敬の念をもって現したものです。

この「申」ですが、その後「申し上げる」の様に敬意をもって相手に接することに使われる様になったため、本来の「神」の方は、神事に使用する祭卓を現す「示」(しめす)をつけて「神」(神)の文字となりました。

さて「伸びる」の「伸」はというと、もともとの文字の意味から考えると「人」(ひと)+「申」(かみ)になります。

人間の肉体だけをみると魂が3次元空間の中に閉じ込められているように見えますが、意識はどこまでも伸ばしていくことができます。宇宙の果てまで想像を働かせることもできれば、これまでの人類や生命の歴史を遡ることもできます。現実の世界には様々な制約があるように見えますが、それを超えた未来の姿を描くこともできます。

「人」+「神」で「伸」。意識がずっと遠くまで届くように伸びやかにいられるのが、人の本来の姿です。

身体でいうと、凝りやこわばりがなく、氣=生命エネルギーが滞らずに伸び伸びと流れている状態。楽に息が通って、細胞まで気持ちよく呼吸をしている状態です。その状態が「楽」。「たのしい」は「手伸(たの)しい」からきています。

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