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「水谷家」の新しい路線を切り開いていきたい

①はじめに


実家から上京してきて、1年間が立ちました。
東京に来て、まず感じたこと乗り換えが複雑すぎる。
何度、逆方向の電車にのったことか。。
(昨日も銀座線に乗車したら逆方向でした。)

1年目の自分の仕事も逆方向には進むような
何事も上手くいかない日々の連続でした。
進んだ!と思ったら、また戻って、進んで、戻って。
結果的に今、やっとスタートラインに立てているのかどうかもわからない状況ですね。(笑) 
休職まではいかなかったが限界寸前までいったし、落ち着いたらまた限界をむかえそうになる。
だけど、最近たまたま番組である方のインタビューを見て、人生はまわりみちをしたほうが人生面白いのかもなと感じてたりもする。
では、そんな新卒1年目としての1年を振り返ってみたいと思う。
誰に見てもらいたいというわけでもなく、自分が数年後に読み返したときに
「こんなことがあったんだな~」と笑って読み返せれるような記録を残したい。

②1年前の自分に1つだけアドバイスするとしたら


この1年間を振りかえってみて、1年前の入社前の自分に
1つだけアドバイスできるとしたら、
「できない」理由を探すのではなく、「どうやったらできるのか?」を
ひたすら考えて、行動すること。
今の自分もまだまだ課題だけど、しんどい時こそこの思考で行動できる自分でありたいと思う。

③入社前までの記録


では、ここからは自分のこれまでの記録です。
遡ること、2020年の6月。
現在、在籍している会社に内定承諾を決めた日に以下のツイートをしていた。今、このツイートを見ると笑っちゃいますね。
それなりに自分でも覚悟を決めた日だったんだなと。

④入社後の記録(4月~7月編)


そして、迎えた入社日。
社員全員の前で大きな声で「何事も期待の120%でかえしていきます!」と
宣言し、待ちに待った社会人生活が始まり、気合十分だった。
この時は学生時代にエンカレッジにいて毎日のように活動してたし、
社会人の方々からも「君なら大丈夫」と伝えてもらって、
それなりに自信があったんだと思う。
以下の画像が大学4年生時の憧れだった社会人の方からいただいた言葉。
名指して褒めてもらえて、嬉しすぎて色々な人に言いふらしていた。(笑)
(そして、つらい時は大体、この返信を見返して踏ん張ってた気がする。)

そこから研修がはじまり、覚えることが山積みだった。
土日も自社の会社紹介を必死に練習したり、
事例をインプットしたりしないと間に合わないレベルであった。
まわりの友達は土日にやることなんてないと言うけど、
そんな世界があるか・・・と不思議に感じていた。
朝も決められた出社時間の1時間30分前には会社に必ずいたし、
振りかえってみてもそんな生活を毎日、送っていたんだと
思うと怖すぎる。。

そんな中、定期的に連絡してくれる親のLINEを見返すと
一番、最初に「挫折した」と伝えたのは6月。
何に挫折したのか覚えてないが、「あまりにできない自分に挫折中」と
メッセージをうっている。まあ、自分に対する期待値が高すぎて、
心折れだんだと思う。

7月はあまり記憶にないので割愛。
(他の同期が制作のことをしているのに、自分はずっと架電のロープレをしていた気がする。それだけは記憶に残っている。あれだけ、毎日、ロープレにつきあっていただいた先輩方に感謝ですね。)

⑤入社後の記録(8月~10月編)


8月に入り、やっと本配属だ~!と思ったら、
会社の方針が代わり、同期全員で3か月間、架電をすることに。
聞いた瞬間に同期みんなの顔色が変わっていた気がする。
確かに目標数字はあったが、そんなことよりもここで成果を残して、
営業Pにいきたい!ということしか頭になかった。
(うん。ドラマや漫画みたいにそれぞれの進捗が付箋で貼られていて、
アポとるよりもアポとった時にその時に面倒見ていただいた先輩に報告することがとっても楽しい瞬間だった。)
また、同期全員と同じことをやっているので、やはり比較してしまうし、
全くとれない時期もあるし、同行者の方と事前MTGをして詰められるのが怖かった。そしたら、体重が落ちてしまってガリガリに。
会う人には必ず「やせたね」と「ご飯食べなよ」と必ず言われていた。(笑)

9月はなんとなく架電にも慣れ、目標件数までいけるかいけないか!
というペースまで来た。そして、同じチームの同期と励ましあっていた気がする。(なんかあの時はもう部活みたいな感じ。お互いがアポ1件とったら、ハイタッチしていたもんな~。)
そして、元営業の人事の先輩にお打ち合わせのヒアリングについて
「1年目のヒアリングではない!」等、フィードバックをもらえて、
勝手に自分の強みだ!と思って、調子にのっていた。
また、3か月間面倒見ていただいた先輩からも
「この3か月で大きく成長したね。」と伝えてもらい、
とっても嬉しかったし、色々なことがあったが、この3か月はとても
充実していたんだと思う。
そして、ドキドキの本配属の発表日、配属は「営業P」であった。
聞いたときは嬉しさもあったが、どちらかというと不安と恐怖しかなかった気がする。異次元の先輩方と同じことをやるのかと。。

10月。ここから今に至るまでが上手くいかないことの連続が続く。
まず、提案するネタがない。今まではアポとればOK!みたいな感じだったけど、受注しないと成果にならない。。お打ち合わせして、返ってくるフィードバックも「お客様目線にたって、考えなさい。」「そのロジックは筋が通っているの?」等、言葉の意味は理解できるけど、体現するのはとても難しい。(いまだにできていない点ではあるが。。)
そんなことで悩んでも、ネタがないから架電も続く。
他の営業配属された同期が先に受注する中、必死にやっていた?けど、
全く結果は出なかった。性格上、ひたすら悩むし、土日は切り替えなさいと言われるけど、うん、無理でしたね。毎週、進捗を報告するのがとてもとてもしんどかった気がする。
でも、一番記憶に残っているのはその時の上司に、
「おそらく君は不器用だけど、努力量でなんとかしてきた人間だから、
努力の天才(ロック・リー)を目指しなよ。」とフィードバックをもらい、
腹落ちした感覚がある。自分は他の同期とは違うし、自分の個性があるんだなと気づけた瞬間であった。
(最近、高校の同期にも同じ内容のことを言ってもらえたので、
本当にそうなんだと思う。努力、努力、努力。人の何倍やればうまくいくのか、、という感じだけど。)

⑥入社後の記録(11月~12月編)


そして、11月にはなんとか初受注することができた。
その時に感じていたこととしては、どういう金額であれ、
そのサービスでこの会社の未来変えていくんだ!という
なんだか自分が勝手に期待していた気がする。
1件の電話からここまで来るのに時間はかかったが、
今後もこの経験は忘れることはないであろう。
また、会社の方針は恐ろしいほど、すぐ変わるので、
営業のグループが移動になった。

このグループに移動して在籍した1ヵ月弱は
会社の外で泣いてたし、しんどくて嘔吐したし、必死だった。
だけど、自分にとっては貴重で学びの多い期間であった。
(だから、今の業務にも影響されているのかもしれない。。)
一番の学びは周りにいる環境が違うだけで、
こんなにも仕事が違った見え方をするんだ!ということ。
そのグループは自分以外の全員が目標達成していたし、
達成することが当たり前というか、先輩方の方が絶対に大変なはずだが
なんだか楽しそうだった。全員が本気だし、年齢関係なく、
教えあったりしている姿がとても印象的だった。
一方ですでに出来上がっているチームに加入した自分は
先輩達のレベルについていけず、プレッシャーに感じてしまい、
心身面でとても疲弊していた。
(12月は毎週の土日にエンカレッジのメンバーにzoomで相談してもらっていましたね。)
もう一つの学びは「自分がどうしたいのか」ということ。
先輩がいれば、アドバイスはもらうことができる。
だけど、それが正解とは限らないし、素直に従うことも大事だけど、
「自分がどうしたいのか」という意見がないと何も前に進まない。
うー--ん。自分が思っていることを率直に伝えることはできるが、
それを相手に伝わるように話をして。と言われると、出しづらいんだよな~。(わからないことを分解したり、情報を構造化する部分は苦手なところ。)

⑦入社後の記録(1月~今)


色々あって、1月から部署が代わることになる。
その当時は外された・・と思っていたし、正直なところ、
ネガティブだった。だから、同じ理由で報告するとあまり
いい方向には働かないんだなと感じている。
(何事も思っていることを素直に伝えるだけじゃ、駄目なんだという捉え方。)

で、年明けからはあまり記憶にないが、突如、身体が動かなくなる。
おそらく原因は食欲がなく、ご飯をみかん1個にしたから。
そこから精神的にきて、PCは開けたけれど、身体は動かなくなった。。
「あ、これはやばい。」と思いましたね。ほんとに人はこんな感じになるんだと。そして、年末に帰省して、2週間しかたっていないのに、実家に帰ることになります。食欲自体はあったので、実家に帰省したらご飯ももりもり食べて、規則正しい生活をした結果、2週間で復帰することに。
実家での2週間は映画みたり、散歩したり、日記を書き始めてみたりして、
結果として、実家は生活するにはやっぱ最高だな~と感じてます。
自分が何もせず、ご飯がでてくることはとても幸せなことだと。
自由気ままに過ごしながら、日記を書きながらその時に思ったことが1つ。
それは自分は他人との比較でしから、「幸せ」を感じられていなかったこと。会社外の人と話をして、今の仕事や周りの環境に恵まれていることを実感していることがほとんどだな~と感じている。
だからこそ、ちゃんと余白をつくって、自分自身でご機嫌をとれないと
同じことがまた起きるのかもしれない。。!と捉えています。

⑧これから


そこから復帰して、今に至るが環境も変わったことによるGAPや
これまでなかった「怒り」の感情が爆発し、思わぬ方向にいくことになりそうです。。最速最短でいきたいのに、また遠回りか。。と思いながら、
この先はどうなるんだろうか。
そんなことを感じながら、僕の今の目標は「水谷家の新しい路線を切り開いていきたい」ということ。そこまでしか、言葉にはできないけど、その未来にはワクワクしている。遠回りでもいいから、ありたい姿に向かって着実に歩みたい。
長いようで短かった1年間でした。⇒2年目へ

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