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“古い”生地を再現する 『 触覚と手法 』

長谷川彰良氏の『 200年前の表地 』や『 150年前の裏地 』をはじめ、程度の差はあれど “古い”生地の再現依頼は頻繁にある。

僕が最近担当しているのは「 50年〜100年前のアメカジ 」である。弊社は紳士服スーツ地が軸であるが、そこから少し離れた依頼を受けることもある。

数十件の生地再現を行う中で、数字や技術だけでは表現しきれないミステリアスな『 触覚 』の虜になっていった。生地再現は、実物との比較検討により良し悪しが決まる。しかし、科学的にも解明されていない部分の多い『 触覚 』というトピックは生地再現の不確実要素となっており、新たな再現に挑む度に新たな発見がある。

今回の記事は、古いアメカジ服にしばしば見られる「 粗野で肉厚な毛織物 」を例にとって、“古い”生地の『 触覚 』とその再現方法について深掘りしていく。


まず“古い”と言って思い浮かぶのは経年変化である。皆さんよくご存知かとは思うが、経年変化とは雨風や日光に晒されたり、時間経過によって品質や機能に変化があることを言う。ウールで代表的なものは、油分が抜けて『 ガサガサ 』になるというもの。古着屋で古いウールの洋服に触れたことがある人なら容易に想像がつくと思う。

この『 ガサガサ 』という触覚は、上記の経年変化の他に、ウールの原料自体がそもそも粗いという場合もある。
ウールの品種改良は長い時間をかけて、より滑らかで肌触りの良い、細い繊維を生む方向へ進んできた。その影響もあって、現代のウールを基準に見ると、古い洋服に使われているウールは全体的に『 ガサガサ 』している。逆に言えば、流通量の少ない、太くて粗い原料は淘汰が進んでおり、市場にほとんど流通していない。太さの近いものは見つかるのだが、粗い原料のものはほぼ見ない。原毛を選ぶところから糸をつくることになる。100kg〜1tという単位で....
こうなると生地屋も普段使わない糸であるから、規模の大きな生地屋でないとリスクすることもできず、既存の糸で『 ガサガサ 』を表現することになる。

さて、ここで本題だ。
現在流通している、当時よりも柔らかく、肌触りの良い原料の糸でどのように『 ガサガサ 』を表現していこうか...

その答えは、皆さんが小中学校で体験したであろう「 雑巾絞り 」にヒントがある。

雑巾を強く絞るとどうなるだろうか。

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