見出し画像

SNS Shocking#4「未知に入らずんば道を得ず」(ゲスト:宮坂遼太郎)

「自分には上位互換がいる」

そんな発言を業界を問わず聞くようになって久しい。ネットやSNSの発達によって同業や同世代の優秀な人材が可視化されたことが理由のひとつだと思う。そして、こうした発言の語尾には対外「だから自分にはできない」という諦念や落胆が隠れている。下位互換のやることに価値はないと考えているのかもしれない。

一方で元来「上には上がいる」という言説に挑み続けてきたのが、アスリートやアーティストだ。たとえ「あの人に君は劣る」と言われても、彼らは走ったり演奏することを辞めなかったし、たとえ「AIに劣る」と言われたとしても、何かを生み出すだろう。それは意志や価値、美学の問題なのである。

ならば彼らが何を考え、どのようにクリエイトしているかを知ることは、メンタル・タフネスを考えるに当たって一定の価値があるはずだ。その時にフォーカスすべきは社会問題やアクティビストな側面ではなく芸術性ではないだろうか。

記事とポッドキャストによるインタビュー企画「SNS Shocking」第4回目のゲストとして紹介されたのはパーカッショニスト・宮坂遼太郎。独特なキャリアと音楽性を持つ彼だが、その裏には好奇心と挑戦、挫折があった。

(写真:西村満、サムネイル:徳山史典、ジングル/BGM:sakairyo)


宮坂遼太郎(みやさか・りょうたろう)
1995年生まれ。長野県諏訪市出身、東京都東部在住。主に打楽器を用いて演奏する。岩出拓十郎との宅録ユニット"アナウンサーズ"や田上碧・樋渡直とのスリーピースバンド"ガラグア"、高橋佑成・細井徳太郎とのノイズバンド"秘密基地"のほか、大石晴子、大林亮三(SANABAGUN)、折坂悠太、七尾旅人、蓮沼執太、本日休演、増田義基などと恊働。

Instagram:@hoshikuzuzakura

自分の可能性を否定しなくていい


――個人的に宮坂さんの噂を初めて聞いたのは蓮沼執太さんの取材時でした。「オーディションに南米の留学先の部屋から『良い音のするクッションを見つけたので叩きます』という映像を送ってきてくれた人がいる」と(笑)。

宮坂:あれは2017年の末でした。大学4年生の時に1年間休学し、カナダからアメリカ、メキシコ、キューバと下って行く旅をしていたんです。その時にアメリカ南部で24時間バスに乗り続ける日があり、最初は「せっかくのアメリカだし、アメリカっぽい曲を聴こう」と思って延々ソウルなどを聴いていたんですね。

でも、だんだん疲れてしまい、日本語が聴きたくなってきて。その時にデータだけプレイヤーに入っていたけど、ちゃんと聴いたことのなかった相対性理論を聴いたんです。それが風景とは全然合わなかったけど、ものすごく良かった。

そして約1カ月後、相対性理論でドラムを叩かれていたイトケンさんがSNSで「『蓮沼執太フィル』というバンドで新メンバーオーディション企画をやる」と告知しているのを目撃。正直その時点で蓮沼さんのことは、お名前しか知らなかったのですが、イトケンさんと一緒に演奏できるのか!」と思って応募を決めました。

――なぜ、あのパフォーマンスに?

宮坂:演奏動画を5分以内で1本撮って送るというオーディションでしたが、当時メキシコにいたので楽器もほぼありません。どうしようかなと思って滞在していたシェアハウスの中を物色していたら、あまり見たことのない素材のクッションを見つけたんですね。ナイロン生地で、擦るとDJのスクラッチみたいな「キュワキュワ」いう音がして、これしかないと。

今思うと楽器でないものを演奏するというアイデア自体はありがちです。でも全体的に真面目さと行為の間のズレがあったり、頑張っているのに妙に緩慢だったりして、特有の面白さがある映像になりましたね。だから蓮沼さん達に面白がってもらえたのかもしれません。

やはり、蓮沼さんのバンドに参加できたことで「音楽を続けていくと、思いもしなかった面白いことが起こるかもしれない」と思うようになり、それが音楽中心の今の生活に繋がっていると思います。

――音楽以外に何か影響を受けた出来事はありましたか。

宮坂:音楽以外では、荒川区の三河島というところで活動していた「SAMPO」という会社の子たちと一緒に過ごさせてもらった2019〜2020年の2年間が大きな転換点でした。彼らは自分と同世代で「モバイルハウス」という軽トラの後ろに積む小さな家みたいなものを作っていて。

自分は子供時代に手先が不器用だったり服とか装飾に興味を持てず、「何も作っちゃいけない」とか「身なりにこだわりを持っちゃいけない」みたいな先入観に縛られていたんですね。「遊んじゃいけない」と、自分の可能性を先に減らして傷つかないようにする心の守り方をしていたのかもしれません。

――なるほど。

宮坂:自由闊達にモノを作りながら生活するSAMPOの人々と出会い、「お前もやれよ!」みたいなことを言われて、生まれて初めて「やってもいいんだ!」という気持ちになれました。

彼らに手伝ってもらいながらモバイルハウスを作って1年間ほど1畳半くらいの部屋を素人なりに改築しながら生活しましたが、「下手でもいいからやってみる」という感覚をもらえたのは本当にありがたかったです。今でもとても感謝しています。

惹かれるのは理解不能な人、恐ろしさのある人


――では音楽的な原体験について教えてください。

宮坂:中学2年生の時ですね。当時僕は野球部に所属していて、後輩たちに応援のコールを教える係でした。そこで「やりたい曲があったら追加するよ」と言ったら、ある後輩が読売ジャイアンツのチャンステーマだったYMO「RYDEEN」をリクエストしてくれたんですね。

それから黎明期だったYouTubeで初めてライディーンを聴き、YMO自体に興味を持って関連動画を漁って出てきたのが、1979年のグリーク・シアター公演の映像。稲妻が落ちるような衝撃を受けましたね。全員が違うベクトルを持っているのに、各々の矢印が方向や強度を失わないまま、ひとつに集約するような感覚が本当にカッコよくて、「俺もこんなことがやりたい!」と。それから高校に入るタイミングで音楽を始めることにしました。

――それからパーカッションの道へ?

宮坂:いえ、当初は坂本龍一さんに憧れていて、最初はシンセサイザーを弾きたかったんです。それで父親に「坂本龍一になるから、ピアノを習わせてくれ」と頼んだら、放任主義のはずなのに「ピアノってさ、小さい頃からやっている人が多いのに今から始めて勝てるの?」と言われ、なんだか妙にその言葉を恐れて始める前から諦めてしまいました(笑)。

その後、小学校の時の音楽会でカウベルを叩いたのが異常に楽しかったことを思い出し、吹奏楽部でパーカッションを始めたんです。YMOの影響もありインスト音楽に興味があったのと、楽譜も読めないし、まずはリズムを身につけてから他の楽器に移るのが筋じゃないかなとも考えてましたね。

――グリーク・シアターのYMOは、まだ電子楽器と人力演奏がファジーなところが面白いなと思います。個人的には渡辺香津美さんの歪んだ音色にビーバップな音使い、しかも風貌が藤井風さんにそっくりなところがツボ。

宮坂:おっしゃる通りで、自分もものすごく人間を感じました。YMOから音楽にハマったけど、その後テクノや電子音楽ではなく、身体的なバンド音楽を聴き進めたのもそれに由来すると思います。

大学ではジャマイカ音楽を中心に演奏する軽音部と、古いロックやブルース、ソウル、ファンクなどをやる軽音部のふたつに入り、コピーバンドでパーカッションを叩き始めました。生まれて初めて音楽の趣味が合う人たちに囲まれ夢のような時間でしたが、だんだんとコピー自体に飽きてしまい、自分たちで作った曲をやりたいと思うようになったんです。

軽音部の先輩が「阿佐ヶ谷ロマンティクス」というバンドをやっていて、それに憧れたのもあり大学2年の時にバンドを組みました。オーディションに応募して、大学3年時に「りんご音楽祭」に出演できたのは素直に嬉しかったですね。

――パーカッション奏者としての本格始動は大学時代なのですね

宮坂:そうですね。大学からコンガを始めて、好きなレゲエやファンクのパーカッションをよくコピーしてました。プレイヤーとしての憧れはカーティス・メイフィールドのバンドにいたヘンリー・ギブソンや、一瞬キング・クリムゾンに参加してたジェイミー・ミューア、エリック・クラプトンなどと演奏しているレイ・クーパー、それからT・レックスの最初期にいたスティーブ・トゥック。

日本人だとASA-CHANGさんからも影響を受けました。自分は特定のジャンルや民族音楽的な音楽に思いっきりハマることができない人間なので、ジャンルの狭間で強烈なプレイを見せる先人たちには特に勇気をもらっています。

――また宮坂さんは、折坂悠太さんのバンドにも参加されていますが、その経緯も知りたいです。

宮坂:大学2年の頃、軽音部の先輩が「クンビア(コロンビア音楽)をやらないか」と誘ってくれて、DF7Bというバンドに入れてもらいました。ドラマー・高橋アフィさんがいて、その縁で彼のバンド・TAMTAMの2016年のアルバム『NEWPOESY』でパーカッションを叩かせてもらいました。それが人生初のレコーディングでした。

そして、当時のTAMTAMの担当だったレーベルの方が後に折坂さんのマネージャーをされる方で、アルバム『平成』をレコーディングする際に推薦してくれたんですね。当初は突然現れた謎の大学生という感じでしたが、レコーディングの後も一緒にやらせてもらえることになったんです。

――蓮沼さんと折坂さんの音楽性について、宮坂さんはどのように見ていますか。

宮坂:自分は脳内で何が起こっているのか理解できない人、恐ろしさのある人にドキドキする性質なのですが、両者ともそれが大きいと思います。蓮沼さんは意外(?)とヒップホップ育ちで、自分が知らなかった不良な音楽とかリー・ペリーの知られざる名作を教えてくれたり、そういう中で蓮沼フィルのような滑らかな質感を持った音楽を作る点が面白いと思います。

元々インスト音楽が好きで、歌へのこだわりがなかった自分に歌のよさ、尋常ならざる力を教えてくれたのは間違いなく折坂さんだと思いますね。でも個人的には折坂さんのリズム感や作ってくる譜割りみたいなものに狂気的な魅力を感じていて、特に「春」という曲がすごい。折坂さんの歌は人の生活に寄り添う力を持ちつつ、とぐろを巻くような訳のわからなさも共存しているので、ライブではその部分が表出するための一助になれればと考えながら叩いています。

マンガと音楽と即興と


――アヴァンギャルドな即興音楽シーンでも活動されていますが、そのきっかけは?

宮坂:フリージャズのバンド・渋さ知らズのワークショップなどに参加しているギタリストが大学の同級生にいて、その子に誘われて2018年の夏から即興のライブをやり始めたのがきっかけです。でも即興演奏の可能性みたいなものがよくわからないまま「それっぽい演奏」をしてしまっていた時期が長かったです。

そんなこともあり、ある時ライブに来てくれたベテランアーティストの方から「楽器はある程度叩けるんだろうな、というのは伝わるけど、面白くない」と言われたのはショックでしたね。でも、これが「『面白さ』で音楽を考えてもいい」と知れた経験で、即興音楽をやる上での大きな転換点になったと思います。音楽でギャグも出来るし、今まで知らなかった領域に突っ込むこともできる、という感覚での即興は楽しいですね。

――ところで、宮坂さんはマンガの研究にも力を入れているとか。それについても教えてください。

宮坂:音楽を研究するつもりで入った大学院で、最後の最後に研究計画を全部変えて少女マンガの研究を始めました。先ほどお話ししたように大学時代からバンドを組んで音楽を始めて、でも1から10まで既存のシステムの中で音楽をやっている自分は本当に音楽をやっているのか、やらされているのかよくわからなくなってしまい……。「音楽をやること」が何なのか、自分の体験に重ねながら考えること自体が研究になるんじゃないかと感じたんですよ。

また2018年に出場した愛知県・豊田の「橋の下世界音楽祭」に衝撃を受けたので、このフェスが自発的に音楽をやることを考える上で一番参考になるかなと。なので本企画を取材した論文を書くつもりで研究計画書を作り大学院に入学したんです。でもコロナ禍も重なってイベントは3年連続でお休みになってしまいました。

――なるほど。

宮坂:計画を断念してからは全然違うテーマにしようと決めたんです。そこで自分が今までの人生で音楽と同じかそれ以上摂取してきたマンガ、中でもなぜか局所的に好んで読んできた1980年代周辺の少女(向け)マンガという領域と、そこで描かれる「きらびやかでないということ」について考えたくなり、岩館真理子さんという作家の作品を中心にして研究を始めました。

最後の1年でわっとやったこともあり、結局「何がわからないのかは理解できました」という論文になってしまいましたが、きちんと調べれば雑誌や作品の間のネットワーク、共通するテーマが見えてくる面白さや、自分が一体なぜその作品や作者に惹かれていたのかが少しずつ明らかになってくるんですよ。それが興味深いので研究は細々と継続していきたいと思っています。

――では音楽も含め、今後の活動はどのように?

宮坂:マンガの編集者にはずっと憧れていて、去年の春に就活をやってみたのですが箸にも棒にも引っ掛からず……。しかしそのおかげで踏ん切りもついたので、出来るだけ音楽をやる時間が長く取れるように工夫しながら生活したいです。

今はソロ演奏に興味があって、夏以降ライブの機会を増やしながら単独での音源を作りたいなと。あとはアナウンサーズという自分のバンドも止まっているので、こちらも頑張って動かしたいですね。

次回のゲストは・・・


「SNS Shocking」第4回目、宮坂さんの話から新たな領域に飛び込んでいった姿勢に刺激を受けました。本記事がこれから彼のことを知りたい人にとっての一助となることに期待。

紹介していただいた、次回のゲストはトランペット奏者・堀京太郎さん。ジャズを起点にしつつ、音色へのユニークなこだわりを持つ彼に音楽観やクリエイティビティについて聞いて参ります。(小池直也)

<写真>
西村満
HP:http://mitsurunishimura.com
Instagram:@mitsuru.nishimura

<サムネイル>
徳山史典
HP:https://unquote.jp/  
Twitter:@toquyama
Instagram:@toqu

<ラジオジングル・BGM「D.N.D」>
sakairyo
Twitter:@s_aka_i
Instagram:@s.aka.i
YouTube:https://t.co/kq3T1zhbVL

※本記事は無料ですが、最後の余白に投げ銭として有料エリアを設けました。集まった金額は企画存続のため&ZINE化のために使用されます。お気持ちのある方は宜しくお願い致します!

ここから先は

0字

¥ 500

活動継続のための投げ銭をいただけると幸いです!