※この話は前回から続いています。

UFOが来たときは言葉が出てこない

路上の中年男たちは口をぽかんと開けて、空に浮かぶ光源を見つめた。すると、次は３つの光が移動して同一線上に並んだ。

「また動いた！」「動いた！」

いっしょに叫びながら、N氏はふと思う。UFOが現れたのかもしれないというときに、口から出る感動の言葉は「いた」と「動いた」だけだ。

子どものころから多くの言葉をしゃべっているのに。でも、だからといって、ここぞとばかりに妙な言葉を口走ったらへんな目で見られるのも確かである。

光源は同一線上を行き来しはじめた。Y氏もいつになく興奮している。

「すごい！UFOだよ、絶対UFOだ！」

だれかが携帯で写真を撮るのを忘れていたのに気づいた。

「け、け、け、け、携帯！」
「あ！　け、け、け、携帯！」

スマホが出回るちょっと前だったので、全員が携帯電話を手にとって撮影を始めた。

しかし、カメラの向こうにあるのは、どこか規則的に移動する光なのだ。撮った画像を見ているうち、みんな同じことを考え始めているのに気づいた。

この画像じゃ、だれに見せても信じてくれない。インパクトがない。そもそもこれは……。

N氏はイヤな予感に背中を押され、つい口にしてしまった。

不都合な真実から目をそむける大人達

「もしかしたら、あれはサーチライトじゃ……」

明治神宮の向こう側には神宮球場があった気がする。この日は土曜日。そこで野球とか、コンサートをやっていて……。

しかし、ここまで盛り上がっているのだ。サーチライトが空を照らしていたなどという不都合な真実に背を向けてしまいたい空気もあった。

気まずい沈黙をY氏が打ち破る。

「でもさ、あんなに早く動かせるかな？もしサーチライトであんなふうにできるなら、よほどうまいヤツなんじゃないの？」

そもそも、サーチライトの操作がうまいヤツと、下手なヤツの差がＮ氏にはさっぱりわからない。ほかの男が言った。

「いや、サーチライトだとすると、この光はおかしい！」

お、いいぞいいぞ。どちらかと言えばN氏だってUFOであってほしいのだから。男は続ける。

「こっちから照らしているなら、光の筋が雲に向かってちゃんと見えるはずだよ。でも、見えないだろ？」

たしかにそうだ。雲を通して、裏側から光が見える感じなのだ。いや、でも、サーチライトがこっちの真裏から照らしていたらどうなんだ？

どうしてアナログ的な動きしかしてくれないの？

依然として、騒動の張本人であるユータンことUFO探知機はまだ光を放ち、回転を続けている。

雲の上にいる光源は、まるでこちらの反応を楽しんでいるかのように、５つに分かれたり、３つに戻ったりした。

しかし、規則的に同一線上だけを動いているのが、どこか「地球文明の匂い」がする。もっといえば、本能的に感じるアナログ感の匂いなのだ。

UFOといえばシュッ！ピュー！シュルシュル！みたいなアクロバティックな技を見せてくれるはずだ。N氏はたまらずに言った。

「でもなあ……UFOビデオみたいに不規則なジグザグ走行みたいなの、してくれないかなあ」
「まあ、たしかにはっきりしない動きだよな」
「じゃ、メキシコ人作戦で呼び寄せてみる？」

会話の流れはニセメキシコ人を演じる方向へ向かった。

Y氏の持論では「宇宙人はメキシコ人のように明るく、屈託のない人種が好き」なのだとか。ちなみに、メキシコ人は「ベンガ！ベンガ！」を連発して、UFOを呼ぶ。

「こっちへ来い！」とか「おいで、おいで」の意味である。

関係ないが、神奈川県の川崎駅と東京都立川市の立川駅を結ぶJR東日本・南武線の久地(くじ)駅前に同名のスーパーマーケットがある。

残念ながら、メキシコの商品は並んでいないし、メキシコ人も働いていない。

賢明な読者のあなたに、目の前にUFOが現れたらぜひマネしていただけるよう、発音をお教えしよう。

トイレに行きたくてしょうがないときの発音である。お下品なのが嫌いな方は「(人工心臓の安全)弁が！弁が！」をイメージしていただきたい。

さて、こうやってニセメキシコ人になった中年男たち。通行人やピザ屋の配達人に白い目で見られるのもおかまいなしに、「ベンガ！ベンガ！」を連発したが、「UFO」は位置を変えず、降りてもこなかった。

やがて、光はスイッチを切るようにプツリと消えた。そして、いつしかユータンの音も止んだ。

あれはUFOだったのか。ユータンことUFO探知器は、光源をUFOとして探知したのか。光源がUFOでないなら、何か他の存在をとらえたのか。それとも単なる2,000円のポンコツだったのか。

このあと、ユータンは主人公を変えて、新たな騒動を巻き起こすことになる。

完