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奈良を盛り上げるシンガーソングライター・氷置晋さん / ナラヒト NO.1

「氷置晋は奈良にいるから。
まずは奈良でもっと大きくなって、氷置晋に会いに全国の人たちが奈良に足を運んでもらいたい。」

そうやって人々のきっかけになって、奈良を盛り上げたいというのは、シンガーソングライターの氷置晋さんだ。


晋さんは、奈良県奈良市出身。現在は、奈良市の観光大使も務めている。
「奈良ミュージックデザイン」としてもちいどの商店街内に事務所を構え、地元メディアや商店街とのタイアップ、ゆるキャラ「ぴよっきー」のプロュースなど、地域に根ざした活動を多岐にわたって行なっている。

奈良で活動を始めて3年弱。
奈良最大級のホールである「なら100年会館」でのソロコンサートでは、800人もの人々が集まるほどに人気を集めている。
氷置晋さんの奏でるピアノと歌は、我々の故郷である奈良を優しく思い起こさせる。


「氷置晋さんを応援したい」
そう思わせる魅力はどこにあるのだろうか。
記念すべき「ナラヒト」第1回は、氷置晋さんに話を伺った。


(☆★ぴよっきーの投票はページ末にございます。★☆)


周囲の人たちからもらった「きっかけ」で、アーティストの道を進むことを決意

− 奈良で活動を始めて、3年も経っていないんですね。意外です。奈良を歩くと、氷置晋さんやぴよっきーの姿をみることが多いので、もっと長く奈良で活動されているとばかり思っていました。奈良でアーティストとして活動しようと決めたきっかけって、何だったんですか?

元々は、大阪・東京で飲食店の専属のピアニストを友達から誘われて音楽の仕事が始まって。最初はバイトみたいな感じで始めたんやけど、最初週1のバイトやったのに気づいたら週7になってて。(笑)これは仕事やなって。それで音楽の仕事でやっていこうって、大学を辞めて、気づいたらこれが仕事になってたという感じでスタートしてん。元々ずっとアーティストとして活動したいなって考えてて。レストランの裏方としてのミュージシャンじゃなくて、自分の表現をしたいなっていうのがずっとあって。東京にいる間に、フィリピンにオーケストラ演奏に行ったり、日本一周をしたりしている中で、自分はやっぱりアーティストがしたいなっていう思いが高まった時、それを「どこでやるか」っていうのが問題になったんよね。

その時ふと気づいて。今は東京で活動しているけど、応援してくれてるとか、連絡とってる人って、やっぱりずっと地元やなって。そういうのを感じていて。そういう人たちのそばでアーティスト活動をしていくことが、恩返しになるんちゃうかなって。自分に縁のある場所で、縁がある人たちの中でやったほうが、俺がやる意味があるんじゃないかっていうことを、いろんな「きっかけ」があって考えるようになった結果、奈良に帰ってきてん。


−どんな「きっかけ」があったんですか?

もともと大阪でやってく中で出会った人たちの紹介で出会った方の誘いで、東京でピアノを弾けることになってん。もっというと、奈良に呼び戻してくれたのもその方で。その人がもともと奈良の方やったから。その人の一言が、やっぱり大きくて。アーティスト活動をやっぱりやりたいですって相談している中で、「あんたのことを今でも支えてくれてる人の顔を思い浮かべてみ」って言われて、思い浮かべた人がみんなことごとく地元の人やって。そういう人たちのそばでやってみたいと思わへんかって。

結局、最後に決めてんのは自分やけど、きっかけ作ってくれてるのは、その人やってん。


いろんな「きっかけ」が重なって始まった奈良での活動

− 奈良でやろうと決めた時、不安はなかったんですか?

奈良やからの不安はなかった。「何からやろうかな?」っていう不安はあったかな。イチからどうしようかなって。でもそれはどこでやっても一緒やった。


− 確かに。イチからはじめるってところが大変だったんですね。

それが…あんまり、自分から働きかけた覚えもあんまりなくて。
たまたま、インターネットで、もちいどのセンター街の「きらっ都なら」での新規事業の募集を見つけて。そこに入ったのがきっかけ。
そしたら、たまたま、もちいどのセンター街の理事長が、母校の卒業生やったりして。

商店街にお世話になるから挨拶に行くやんか。その時にいろんな人に会わせてくれて。それでその人がまたいろんな人を紹介してくれて、最初「もちいどのセンター街のテーマソング作ってみるか」っていう仕事をもらって。それで、いろんな人がいろんな機会をくれて。

(*現在の事務所はきらっ都ではなく、新大宮移転されているそうです!)


意外に、人って見てくれてることを実感した路上ライブ

− センター街の人たちに馴染んでもらうためにしたことってありますか?

「何曜日の何時にどこに行けば氷置に会える」っていうのが欲しかったから、毎週土曜日に奈良のスーパー、オーケストの前で歌い続けてん。毎週1回も休まずにやってたら、段々商店街で定着していって。

ちょっとハプニングがあってそのオーケストの前でのライブは終わってしまったけど、終わったことによってきらっ都の前で歌うことが始まって。それは今も月1で続けてる。


− そこで学んだことって何かありますか?

毎月とか、毎週とかっていうスパンで何かやってたらいいことあるなって実感したよ。

「氷置晋」っていう名前がわからんくても、毎週スーパーの前で歌ってたら印象には残る。自分であんまり感じてなくても、結構意外に、人って見てくれてるから。
誰もオレのこと知らんし、夏やったから暑いし、機材も重いからスタッフ雇ってお金だけが減っていって、「もうやめるわ」って言ったこともあったけど…。結構周りに止められて。(笑)
でも、続けてたらいいことあるな〜って、今は思うよ。


古いものと新しいものが常に混在している奈良

− 奈良で活動しててよかったなぁって思うことありますか?

奈良の中心地って、すごい活気があって。センター街でも、店が開いたと思ったらすぐお客さんが入るねん。順番待ちして。
すごい盛り上がってるお店もたくさんあるし。土日なんかすごい人…やねんけど、よく奈良のイメージである、鹿とか大仏とか寺とかがあるわけやん。

「古いものと新しいものが常に混在している」んよね。
意外とイベントとか好きやし。自分がいる3年の間でも、新しいものがどんどん発足していて、その中でやれてることがすごい面白いなと思ってて。

奈良ってある意味、まだやりきってないから。東京とか大阪とかって、「完成」しちゃってるから、今更新しいこと何やろう…ってなるけど。
どんどん新しいものが奈良では生まれる。
その中でもちゃんと、土台がしっかりしているというか。(観光地として)人は来るから。最低限の土台がある。
だから、何かやるには一番ちょうどいいと思う。


− ほう、なるほど…。私、前からの疑問があってご意見を聞きたいんですが。どうして奈良は、こんな風に変化して新しいものを生み出すことができているんでしょう?

意外と、昔から自分らが気づかんだけで、盛り上げようとしている人がいて、そういう人たちが蒔いてきた種がいまちょうど芽が出始めてるんちゃうかなって。すっごいいい時期やと思う!起業家の"卵”たちを一人前に育てる「もちいどの夢CUBE」とか、このあいだ20周年を迎えたバサラ祭りを作った方々もすごいチャレンジの人で。
商店街に関わってる人がいろんなことをやってきた結果、センター街盛り上がってきたやん、と認知され始めてる。
すごいおもしろい。


全国の人たちが奈良に足を運んでもらえる理由になりたい

− 奈良で応援してくれる人たちに、今後はどう返していこうと考えてはるんですか?

一番理想は、とにかく奈良でもっと大きくなって、奈良から広がって、近隣の都道府県、ゆくゆくは日本で。

インディーズでなら100年会館でコンサートしているのも、ゆるキャラと自分ほど密着して一緒にやってるのも、なかなかアーティストにおらへんから。
それがもっと定着すれば、「なんか奈良で異様に盛り上がってるアーティストがおるで。」って、広がって行くから。そこから全国区になりたい。

でも、氷置晋は奈良にいるから。見ようと思ったら、奈良に行かなあかん。
そういう人が奈良に来る、そうしたら奈良が盛り上がる。
やっぱ、人が来るっていうのが一番やから。
そうなりたいな。


− 奈良に足を運んでもらう「きっかけ」になるということですね。かっこいい。

とにかく、奈良の人に応援してほしい。そうしたら自然に広がって行くから。
いろんなやり方があっていいと思うけど、自分はとにかく、地元密着でやっていきたいと思ってる。
それが、多分遠回りじゃないんよね。他にやってる人が、いないから。


「誠意はスピード」を心がけて

− 最後に、人生の中で大切にしていることをお聞きしたいです。

大切にしていることというか、心がけていることは、「誠意はスピード」。
東京時代にお世話になっていた人が言っていたことだけど、やって見たら、実際いいことあったなと。

例えば、奈良に帰ってきていろんな人を紹介してもらった時、紹介されたその日にメールを送って、紹介してくれた人には逐一報告をする。
そうやって、すぐやるかやらへんかの差って、結構デカいんちゃうかなって思ってて。

おれは、奈良に帰ってきてすごいラッキーやったから、今ある程度こうやって自分のやりたい仕事ができてるんやけど、
唯一、何を頑張ったかって言ったら、そこなんよね。初動がよかった。
だから、すぐ広まったんやと思う。

音源の締め切りとかもそう。
もちいどのセンター街のテーマソングを、はじめて仕事でもらった時、2ヶ月のスケジュールをもらって、2週間くらいで出したんよ。
そんなに早かったら、相手も覚えてるやん。「もう作ってきたん!?」って。(笑)
早速みんなで聞いてみたら、そこからは話が早いよね。

まだまだできてへん部分はあるけど、「誠意はスピード」は大事にしてる。



周りからの「きっかけ」が自分の行く道を決めてきたと語る晋さんは、応援してくれている人たちの話をする中で、段々とイキイキとした表情を見せてくれた。
目の前にある1つ1つの選択肢や、周囲の人たちの思いに真剣に向き合ってきたからこそ、今の晋さんが多くの人たちに応援されているのだろうな。

「音楽のおかげでちゃんとした人になれる…いや今もちゃんとしてへんねんけど…(笑)」という。
その顔は、明るく輝いていた。そのアツい想いに、多くの人が魅了されるのだろう。

晋さんのいう「古いものと新しいものが常に混在している」奈良の魅力。
私自身が感じていた、奈良の力強さや気持ちの強さは、晋さんをはじめとして奈良を盛り上げようと行動する人々が蒔いてきた種が着実に根をはり、芽が出ているところから生まれてきたのかもしれない。

そんな大きな流れの中に、奈良に住む私たちは、生きているのだ。

#やっぱりいいぞ奈良 !!!



とても大切なP.S.

現在、氷置晋さんの応援団長をしているぴよっきーが
奈良日日新聞主催「県内ゆるキャラ大投票」ゆるキャラグランプリに参加している。
なんと去年は初登場で3位だったらしい。(ぴよっきー、すごいぞ)

今年はもっとたくさんの人たちに応援してもらいたい。(ぴよっきー、かっこいいぞ!)​


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