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「お父さん、まるで私みたい。」

先日仕事場での雑談のなかで、

お父さんと似ているところはあるかという話になった。

同僚の女性は大人になってから外で家族以外に見せる父の様子を聞いて、「お父さん、私と同じようなこと言っている」と、似ている部分に改めて気がついたそうだ。

私のどんなところはお父さんに似ているだろう、と考えてあとからハッとした部分がひとつある。

『自分の意志に沿わないことは意地でもやらない』というところが私は父にそっくりなのだ。


父は高校卒業後すぐに北海道の田舎から横浜へ上京し、大きな会社の下請けの会社に40年ほど勤めた。

子供の頃からやっていた柔道でかなり結果を出し、大学推薦の話もあったらしいが、貧乏な家の4人姉弟の末っ子だった父は、「うちにそんな金あるわけねーべ」と迷わず就職したらしい。


今はその会社は数年前に退職し、もっと自由の効く仕事をしているが、度々会社での話を訊いていると、よく前の会社を40年近くも勤めあげたものだとびっくりする。


例えば職場で新しい決まりが出来、とある書類の提出を義務付けられたらしいが「出す意味がわからない、必要ない」となぜか提出を拒んだりする。

「え、でも皆出すんでしょ、お父さんだけ出さないとか平気なの?」と私が聞くと、

「知らねぇよそんなもん。」で終わる。ちなみに真逆の性格の母はいちいち相手にしていると自分の神経がもたないと悟っているので見て見ぬフリをしている。


ちなみに今は、色々縛られるのが嫌で正規雇用ではない働き方をしているけれど、事あるごとに正社員になれと言われているらしい。(書類出さないのに!)


当然こんな感じなので、長年勤めていた会社でも多分出世路線からは即刻外れていただろうし、察するに何の肩書も無かったと思うのだけれど、なぜか会社の内外に"舎弟"がうじゃうじゃと居て、その舎弟たちからは年中父の好きなお酒や地域の名産品が送られてきたり、毎年親父たちだけのBBQを催したりしている。(本当に父は役職者でもなんでもない)独身の舎弟(と言っても舎弟たちも結構良いお年になってきている)が風邪で寝込んだときにはわざわざ果物を買ってお見舞いに行き、おかゆをつくってあげたり。とにかく仕事は適当なのにそういうところだけ妙にマメである。

子供の頃からそういう人が家に来たり名前が出てくるたびに、「お父さん、あの人お父さんの友達?」とたずねると、「舎弟だよ」と言われ、「"しゃてい"ってなんだろう…」と、Wikipediaもまだない子ども時代は不思議に思っていた。

こんなに家庭で子供が"舎弟"という単語を聞かされる家も珍しいと思う。子供には意味はわからないながらも父の話しぶりから、「ふーん、まぁ子分みたいなもんか」と勝手に解釈していた。


父のその『自分の意志に沿わない』ぶりは凄まじいので、おそらく見る人によってはただの非常識人間にしか見えないことも多いと思う。(母の口癖は昔から「お父さんは非常識だから」だった)


「ちゃんとした大人になりなさい」と母に厳しめに育てられた私もその一人で、父のことを"世間とズレた親父"だと思っていた時があったけれど、ふと気づくと私のやっていることも父とほとんど変わらないのだ。


昔から上司や会社に言われても、「それはやりたくない」と、自分が嫌だと思ったことは徹底的にやらなかった。怒られても、評価を下げると言われても言い合いになっても断固やらないを貫いた。(それが良いか悪いかは別として)

誤解を恐れずに書くと、やるほうが実は簡単なのだ。簡単だし、実際ほとんどの人は波風を経つのを避けて、あえてやることを選んでいると思う。


私も、その性分が父譲りだと気づくか気づかないうちから、「どうして私は他の人のように黙って言うことを訊けないんだろう」と悶々としていた。

だまってスッとうまいことやってしまうほうが、上にも書いたが波風立たないし、長々とお説教をくらうこともないし、気まずさにピリピリしなくても済むのに。でも、自分に嘘をつこうとすると他人から怒られるとき以上に具合が悪くなるのだ。だからあるときからもうこれは自分の性分だからしょうがないと諦めた。


でも、大人になって色々学ぶようになってからは、そんな父親の譲れない性格がむしろ素晴らしいものだと気がついた。


出世していなくても、お金持ちじゃなくても、なんだかんだ安心して住める家があり、趣味の市場通いと筋トレに精をだし、仲の良い舎弟とたまに旅行にでかけたり猫を可愛がったり…嫌なことは一切しないので割と満足度が高い人生を送っていると思う。世間一般の価値観や他人と自分を比べないし、何かを我慢するということをほとんどしないので、いつも人に対してもフラットだ。嫌なときはその場ですぐあらわにして怒りを溜めたりすることもないので長生きしそうである。


そんな父の生き方に、年々無意識に近づいてきている気がするし、今はそれがちょっと嬉しい。

あと、そういう父の感覚が今では痛いほどわかるだけに、そういった性分でありながらルールでガチガチに縛られた大きな組織で40年踏ん張ったというのはひとえに家族のためだったのだろうなと思うと本当に頭が上がらない。普通の男性やお父さんにはそれが当たり前かもしれないけれど、なにせうちの父は"ああいう性分"なのだから。普通の人が40年続けるよりスゴイことなのだと勝手に思ってしまう。

ちなみにこれもまた最近気がついたが、父の"我道ぶり"などは父方の親族の中ではまだまだゆるく、他の兄弟や祖父母はもっとスゴイ。こんなんで驚いていたらイカンのであるし、私もまだまだこれからだ。

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