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雨の初花

 「雨だねー」と言いながら朝飯を済ませて、居間でしばらくくつろいでからだった。突然妻が「音がする。水の音が」と言って急いで台所へ立つ。
天井から何か所も水がしたたり落ちている。昨日新しい人が入居した部屋からだ。
大急ぎで自分の玄関を飛び出して二階の部屋に、玄関の扉の下から廊下に水が流れ出している。ノックしながら声をかけるとすぐに戸が開いた。
中では二人の新入居の若い女性が台所のフローリングにたっぷり水を撒いて、布切れで洗っていた。
「水を撒かないで」と言って、そこにあった布切れに水を吸わせて、バケツに絞りながら「この下のキッチンの天井から水が落ちている」と説明すると分かったようで、御免なさいと言いながら拭き取り始めた。
幸い数日前にタオルの雑巾を十枚買ってきて手付かずだったので、五枚ばかり持って行って、それを使って拭き取って見せた。 
遠い外国から来た研修生である。しきりとと謝りながら拭き取るその人たちを叱る気にはならなかった。古い建物を綺麗に使うためにしたことである。健気なこの人たちに必要なサポートをしようと思う。
 二階まで大急ぎで二度も往復して、朝から疲れてしまった。我がアパートの階段は鉄製である。手摺は鉄のパイプで階段に溶接されているのでしっかりしている。
いつもその手摺を頼りに、足の弱さを補うためにしっかり掴まって、体を引き寄せるようにして時間をかけて登る。降りるときはなおさら危ないので、足が踏み板をしっかり捉えるまで、決して手を離さないようにしている。
 今朝は、少し危なかったのではないか、と思う。
階段を降りてすぐ前、道の向う側の道端に立つ桜の老木に目が行った。そぼ降る雨の中で、昨日よりはかなり咲いて三分咲きの花が、雨に濡れた何とも言えない風情である。
昨日まで僅かに咲いた花を写真に撮りたかったのだが、白く曇った空がバックでは白い花が撮れなかった。
今見る花は、僅かに赤みを帯びて、得も言わぬ風情である。
俳句に読んでみた。
薄紅(うすべに)匂う 初花の雨  
どうもうまくない。
匂う薄紅 雨の初花      湧
これなら「凡人」か、「才能あり」というわけにはいかないか。
               二〇二一年三月二一日 記

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