着彩

【3分で読めるダークファンタジー】枯レナイ、絆

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★この小説は
#3分で読めるダークファンタジー  「六花抄 -Tales like a ash snow - 」
銀髪の剣士の姉と魔道士の妹が残酷な世界を旅する、ほろ苦い物語。

過去作品はこちら(オムニバスなのでどこからでも読めます)
https://note.mu/narumasaki/m/m38dd8451bb44

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からん、とネックレスのチャームが地面に打ちつけられる。
エメラルド色の雫の首飾りをひろいあげようとする細く、白い腕。
茂みから、かさかさという音を立て、小さな黒い影が飛び出してくる。
「なんだ、猫か」
猫は少女へ一瞥をくれると、エメラルドの雫をぱくりと咥えまた茂みの方へと、駆け出していく。
「ま、待つんだ。そのネックレスを返せ!」
これは、銀髪の姉妹と、とある猫の物語。


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「はぁ、はぁ、待て……早く、そのネックレスを返すんだ!」
銀髪痩躯の少女は、猫を追い詰め問いただす。
「シャー!!」
その猫は体こそ小さいが、その毛並みは逆立ち、精一杯威嚇を行う。
「猫さん、怒らないで」
やさしく、赤ん坊へ語りかけるかのような声でさとす声の持ち主は、同じく銀髪の少女。
こちらは黒いマントを羽織った癖毛の少女だ。
「よーし、いい子だね。お姉ちゃんのネックレスを返してくれる?」
そっと近づき、猫を抱きかかえると、猫は咥えていたネックレスを離した。
「ふふふ、いい子だね。どこから来たのかな」
「にゃーん?」
「迷子、迷い猫……かな」
少女たちの背後から、男の声が聞こえる。
「誰だ?お前たち、果物泥棒か?」

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「いえ、私たちはこの猫を追いかけてきただけだ」
白髪を後頭部で結んだ眼鏡の男性は、レンズ越しにこちらを睨みつけてくる。
「ほう、その瞳……たしかに嘘はついてなさそうだな」
「近頃、この果樹園を荒らす、こそ泥かと思ったよ」
「果樹園?」
「あ、お姉ちゃん! ここ林檎の果樹園」
一面に広がる果実の樹木、青々とした葉っぱの隙間を赤い果実が彩る。
「この果樹園は、あなたの……?」
銀髪痩躯の少女は問いかける。
「いいや、そこの猫の飼い主のものさ」

「もう、この世にはいないけどな」

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「7年ほど前に、この街を出て戻ってきていなんだ」
白髪の男性は少女たちに語りかける。
「まさか、猫さんはまだ飼い主さんを待ってるの……?」
「いいや、コイツももうわかっているはずだろう。」
その猫は、城門を守る衛兵のように、果樹園の入り口の前に鎮座していた。
「まぁ、いい。お前さんたち、旅をしているのだろう。今日は遅いし泊まっていきなさい」

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ーー7年前。
「よし、ちょっと隣町まで行ってくるよ。その間、留守を頼むよ」
「にゃー!」
「おいおい、留守を頼まれるのは、このチビ猫じゃなくてどうせ俺だろう」
黒髪を後頭部で結んだ眼鏡の男性は、そう切り返す。
「わっはっは。俺とお前の仲だろう。餌は1日4回に分けてくれ。あと、それからコイツは意外ときれい好きでな。毎日ブラッシングを……」
「注文が多いんだよ!」
「わっはっは。すまんな! 頼りにしてるよ」
その猫の飼い主は、そう言い残して隣町まで行商の旅へ出るのであった。

隣町への道中のこと。
「へへ、お頭ぁ。あそこの商人。身なりがいいでっせ。ちゃちゃっと巻き上げちゃいましょう」
腰巻きにバンダナ。少し錆びた短刀を構えた集団が商人を囲む。
「特に恨みはないが、覚悟しな」
冷たい地面が近い。刺された傷口は妙に温かく、視界はだんだんと霞ががっていった。

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月の灯りが夜道を照らす頃。
窓をこつん、こつんと叩く音が聞こえる。
「んん……なぁに?」
眠たい瞼を擦りながら、癖毛の少女は目覚める。
音のする、窓の外を見ると、そこには傷だらけの猫がいた。
「お姉ちゃん!起きて!大変だよ!」

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全身に傷を追った猫は、ついてこいと言わんばかりに、癖毛の少女のマントの裾を引っ張った。
猫に連れられ、たどり着いたのは昼間の果樹園。
昼間に見た、隅々まで整備された姿とは別のものだった。
木々の枝は折れ曲がり、果実は地面に落ち、踏み潰されていた。
果樹園の奥から、声が聞こえる。
「こいつはうまいですぜ、お頭。きっと高く売れまっせ」
少女たちとともにたどり着いた猫は、その傷だらけの身体で、盗賊へ飛びかかった。
「なんだ、コイツぁ」
その男は、腕を振り払うと、猫は地面に叩きつけられた。
しかし、負けじと猫は盗賊へと再度向かう。
「チッ、うるせぇ猫だな。」
盗賊の懐から枯れた銀色の短刀が抜かれる。
「だ、だめぇーー!」

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猫が盗賊へ飛びかかろうとする中、かつての思い出が駆け巡る。

それは行商帰りの嵐の日だった。
その子猫は木の根元に捨て置かれていた。
「なんだ、こんな天気のひどい日に捨て猫か? ほら、煮干し食うか?」
「シャー!!」
「痛ってえーー!いきなり噛むなよっ」
男は諦めなかった。
「腹減ってんじゃねか? じゃあこの林檎はどうだ?ウチのとっておきだぜ」
地面に置かれた林檎を一口喰むと、その猫は商人の後ろをついてくるのだった。
「わっはっは。まったく、現金なやつだな」

「びしょ濡れじゃなぇか、いま吹いてやるからな」
「シャー!!」
「いいか、おいしい果実にするにはまずは、良い土からだ。こうやって耕してな……」
「ニャ??」
「うおお、強風だ! 早くこの樹を覆うぞ!」
「ニャニャ!」
「わっはっは。やったぜ!今年は大収穫だ!お前も食ってみろ!」
「ニャニャー!」

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「だ、だめぇーー!」
銀髪の癖毛の少女のまわりを魔力のヴェールが覆う。
銀氷の魔道士。彼女の異名だ。
大気中の水分を瞬間的に凝固させ、即座に氷の弾丸が男の腕を貫く。
「あっ、が、がはっ……」

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「おねがい、死なないで!」
傷だらけの猫をかかえ、薬草を塗る癖毛の少女。
しかし、受けた傷はあまりに深く、全身の至る箇所から出血がしている。
妹の声に呼応するかのように、目を開ける傷だらけの猫。
「すまない、殆ど全滅だ。これしかない」
銀髪痩躯の少女は、猫へ赤い果実を差し出す。
「……にゃ。」
猫はその果実を一口かじると、力なく地面に伏せるのだった。

まどろむ意識の中、猫はかつての飼い主と出会う。
「さぁ、今年も丹精込めて種植えだ。まずは良い土づくりからだ」
「ニャニャニャー!」
「わっはっは。今年も大量収穫するぜ」
「ニャニャー!」

数年後、一本の大きな林檎の樹は、今日も赤い果実を実らせている。
その大樹の根本には、数匹の子猫たちが今日もじゃれあっているのだった。

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