Robot by Adam Wiśniewski-Snerg (1973)

2021年はスタニスワフ・レム生誕100周年だが、そんな年に別のポーランド人作家のSF英訳が刊行された。アダム・ヴィシニェフスキ=スネルグのRobotである。

版元の紹介によれば、「ポーランドSF史上もっとも偉大な作品のひとつ」「レムの最良の作品にも比肩する」ということなのだが、寡聞にして作家の名を聞いたこともない。さいわい『東欧SF傑作集(上)』に短篇1本と短い著者紹介が載っていた。それによると、この作品は第1長篇かつ代表作であり、「戦後30年間に出版されたSFのなかでもっとも面白い作品として、読者の人気投票で1位を獲得した」そうな。果たしてレム・イヤーの刺客となりうるのか。

あらすじ

記憶を持たずに目覚めた主人公は〈メカニズム〉と名乗る謎の声に告げられる。おまえは自分によって創造されたロボットBER-66であり、自分の命令に絶対服従しなければならない。今からおまえをある世界に送り込むので、自分の使命を全うせよ……。
声に言われるがまま、ある場所にやってきた主人公。右も左もわからず情報収集するうちに、そこが南クァラ市の地下にあったシェルターで、9ヶ月前に起きた大災害で地上は壊滅し、生き残った人々も脱出路を断たれて地底に閉じ込められたことを知る。だが、それだけでは説明のつかないことが多すぎた。地底にもかかわらず異様に広大な空間、シェルターと行き来可能な時間が1万分の1の速さで流れる超スローモーション都市、何よりシェルターの人々は誰もが見ず知らずの主人公のことをポレイラという物理学者だと思い込んでいるのだ。
自分の存在意義について思い悩む主人公は、やがてすべての元凶である〈メカニズム〉を憎悪するようになる。自分以外にも〈メカニズム〉の尖兵が入り込んでいることを知り、シェルター上層部に訴えようとするが、時すでに遅く、尖兵たちによって扇動されたシェルター区画間の戦闘が始まろうとしていた。主人公はわずかに残った人間たちを連れて、起死回生の脱出に挑む。

感想

煽り文句のせいでどうしてもレムと比較したくなってしまうのだが、エピローグにあたる部分で人類の宇宙における立ち位置、存在の階梯、そして上位の存在に対する不可知論といった思弁的な対話が長々と綴られており、そのくだりはなるほどレムっぽい。しかし話全体のトーンとしては、閉塞感、見えざる権力に対するパラノイア、アイデンティティへの疑義、現実崩壊感など、これはかなりフィリップ・K・ディック(あるいは初期の神林)的世界だろう。実際、このサイトではポーランド・サイバーパンクの先駆者としてスネルグを位置づけており、そのあたりの立ち位置もディックに似ている。といっても、サイバー的なものは全然出てこないのだが。

解決されない謎も残るものの、メインとなる筋はSF的な着地を見せるし(主人公が計算や実験を通じて自分たちの現状を解き明かしていくのが一周回って新鮮)、さらに終盤でのメタ的な視座、物語全体における主人公の苦闘が人間の一生や共産圏での生活にダブって見えてくることもあり、多層的に構成された野心的作品であることは間違いない。とはいえ、随所随所に古さを感じるし、個人的には前半から中盤の主人公が何かをやろうとするたびに横槍が入る展開の連続がだいぶタルかった。ちなみに読んでいて気付いたが、『東欧SF傑作集』収録の短篇「あちらの世界」はこの長篇の章の抜粋である。

諸手を挙げて不朽の傑作というわけにはいかないが、東欧SF好き・変なSF好きには訴えるところのある小説だと思う。国書刊行会だとレム・コレクションよりかは未来の文学寄り。

なお英訳についてだが、作者の生前から進んでいたそうで、訳者が2003年に亡くなった後眠っていた原稿を今回出してきたとのこと。翻訳者と作者の対話を通じて訳されたという意味ではお墨付きなのだが、筆者ごときの英語力でもちょっと奇妙に感じる表現が散見される。このあたり、出版社側でブラッシュアップしてほしかった(契約上そういうわけにもいかないのだろうが)。



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