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胸の穴に注ぐビール

23時の上野駅。京浜東北線の電車が来るまで、あと15分ある。
社会人1年目のころは、毎日決まってこの時間に電車を待っていた。

ホームのベンチに座ると、今日一日のことが頭の中で勝手に再生される。

「もっと粘って契約をとるように」とまた怒られたこと。
なんとか目標の数字を達成したけれども、「明日も数字を上げなかったら、今日の結果もチャラになるからね」とクギを刺されたこと。
どんなに無理して数字を上げても、永遠に無理し続けなければいけないのだとめまいがしたこと。

しんどい出来事だけが記憶から抜粋されてぐるぐると回り、胸のあたりに黒い穴があいて広がっていくような感覚があった。考えるのをやめようと思っても止まらない。初めての感覚で「これ、このままだと鬱になるのではないか」と思った。

慌てて駅の売店で缶ビールを買い、そのままホームで一気に飲み干した。何でもいいから胸の穴をふさがなければと思った。1本飲みきるころには、穴の中がビールでいっぱいになったような感覚で、少し気分が落ち着いた。

その日以降、電車が来るまでの15分間に缶ビールを1本飲むのが日課になっていった。電車に乗ったら、日報を書いて、今日の反省点をまとめなければいけない。家に帰れば、明日に備えてすぐに寝なくちゃ。私にとって、「電車を待っている」という時間にカウントされるこのひとときだけが自由だった。15分だけが、仕事を忘れられる唯一の時間。

当時、仕事がしんどかったことは誰にも話せなかった。学生時代の友達と会えば、「仕事つらいわ〜」という話になるけれども、よくよく聞いているとそれは「勉強したくないわ〜」と言っていた昔のノリと同じで、どうやら私ひとりが本当につらいと思っているようだった。

出版社に入って、参考書を作るのがひとつの目標だった。たしかに面接でもそう答えていたし、その気持ちを信じて教育系の出版社に入社したつもりだった。最初は営業に近しい部署に配属されたが、いつか希望の仕事に就ければ文句はないはずだった。

「もしも希望の職種に就けなかったら、どうしますか」と面接で聞かれたのは、別の会社の選考だった気もするけれども、「どんな経験も無駄にはならないので、希望が叶うまで頑張ります」とはっきり答えた記憶がある。その気持ちに嘘はなかったが、何もわかっていないからそんな言葉がスラスラと出てきたような気もする。  

なんとなく後ろめたい気がして、しっかりと両手で缶を握ってラベルを隠しながらビールを飲む。心の弱さを酒で埋めたところで何の解決にもならないだろうが、穴の中が乾ききるまで、ギリギリのところで持ちこたえた。

退職するその日まで、私はビールを買い続けた。

最終出社日の帰り道。送別会が終わって、いつもよりも遅い電車に乗ろうとしていた。これでようやく仕事の苦しみから開放されたはずなのに。これまで以上に、しんどい気持ちがどんどん湧き出て止まらなかった。

目標を達成するよりも先に、会社を辞めることにしたこと。頑張ったつもりだったけれども、本格的に病む前に退職する道を選んだこと。

やりきれない思いで、いつものようにビールを1本買った。すでに送別会で飲んできていたから、一口飲んだだけでギブアップだった。残った缶ビールを持ちながら、たまらず泣いた。

この話はここで終わったはずだった。

まさかの、逃げて終わったはずの夢が突然帰ってきたのだ。

現在、教育に限った仕事をしていないものの、仕事のごく一部として、数ヵ月前から参考書を作るお手伝いをしている。ひょんなことから、その話が持ちかけられるまで、すっかり忘れていた。そんな夢があったことも、その夢をあきらめたことも。

「夢に向かって努力し続けていれば叶う」と子どものころから信じていた。けれども、大人になる途中で、努力しても叶わないものがあることも思い知った。だからまさか、忘れかけていた夢が勝手に叶うことがあるなんて思ってもみなかった。

努力して叶った夢は、さぞうれしくて、どんなに感動することだろう。一方、何もせずになんとなく勝手に叶ってしまった夢なんて、たなぼた感がどうにも拭いきれず、ただ苦笑するほかない。

それでも、昔の夢が叶った。それだけは事実だ。

その夢に向かって努力していたわけではないけれど、別の道で頑張っていたら、偶然が重なって報われたのだ。

だったら、少しは自分を労ってあげてもいいんじゃないのか。毎日数字に追い込まれ、もがき苦しみながら、「それでも心が折れないように」と働いていた、あのころの自分を。

今の仕事が無事に終わったら、たまには翌日を気にせずに一人で祝杯といこうか。とびきり素敵なバーに行くほどではないのだから、ここはひとつ、あのころみたいに缶ビールでも。

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