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【ショートショート】『ヤンチャな人』

「あんまり、でけえ声じゃ言えねえんだけどよう..今、売人やってんだよ..」
そう言って、村田さんはニヤリと笑った..
【売人】..僕の心に、暗い影の様な物が差し込んでくるのが判った。

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村田さんは、僕が今働いている工場の元同僚だった。

大学を卒業しても、希望の会社に就職できなかった僕は、とりあえず実家の近所にある化粧瓶の印刷工場で働く事にした。
その工場で配属されたラインにいたのが、僕よりひと回り年上の女性、村田さんだ。
村田さんは、出会ってまだ2日目の僕に
「お前、女と付き合った事ねえだろう?」
と平気で言ってしまう様なワイルドな人だったが、アルバイトの経験も無く、何も解からない僕の面倒をよく見てくれた。
休憩時間が一緒だったので、休み時間には一緒に色んな話をした。いや、聞かせてくれた。
その村田さんの口癖は【昔はヤンチャしててなぁ】だ。
そして話の殆どは、若かった頃の武勇伝で、【レディース】【ヤキ】【タイマン】といった業界用語が次々に飛び出してくる。何も判らない僕が
「すみません、【ヤキを入れる】とはどういう意味でしょうか?」
と質問すると、村田さんは逐一
「お前、何にも知らねえんだなぁ..【ヤキ】を入れるってのはよう..」
と懇切丁寧に答えてくれた。
今まで、真面目一辺倒だった僕にとって、村田さんの話は未知の世界の出来事で、とても刺激的だった。村田さんと過ごす休憩時間は、キツイ仕事の合間のとても楽しいひと時だった。

だがある日、村田さんは些細な事で現場のリーダーとぶつかってしまい
「こんなつまんねえ仕事やってられっかよ!」
と完成品の化粧瓶の箱をそのリーダーに投げつけて、工場を去ってしまった。
僕は悲しかった。

その3ヶ月後、僕は地元のJR平井駅の前で村田さんと偶然に再会した。
相変わらずワイルドな村田さんは
「おい!井上!ひさしぶりだな!」
と嬉しそうに声をかけてくれた。
僕も嬉しくなって
「お久しぶりです!お元気ですか?」
と笑って答えた。
村田さんは僕の肩を叩きながら答えた。
「こっちは元気だよ!お前、まだあのつまんない工場で働いてんのか?」
「はい!お陰様でまだ続けてます!」
「相変わらず、硬いなぁ、お前は」
村田さんは苦笑している。
そんな村田さんに僕は尋ねた。
「村田さんは今、何されてるんですか?」
すると村田さんは少し考える様子を見せて、何故か小声になり、僕に顔を寄せて答えた。
「あんまり、でけえ声じゃ言えねえんだけどよう..今、売人やってんだよ..」
そう言ってニヤリと笑った。
【売人】..まさか、村田さんにかぎって..
ワルかったのは、昔の話ではなかったのか..
「本当なんですか?..売人って」
村田さんは、ニヤけた顔のまま答える。
「本当だよ..まあ、お前みたいな、マジメ君には縁のない世界だけどな」
「あのっ、何処でやってるんですか?危なくないんですか?」
「何処って、新宿の駅前とかだよ..まあ、この世界、危険は付き物だからな」
そんな危険な世界に..
村田さんは、クギを刺すように僕に言った。
「お前、絶対来るんじゃねーぞ!お前みたいな、いい子ちゃんが関わる事じゃねえからな..」
そして村田さんは、くるりと踵を返し、僕に背を向けて去っていった。
そうなんだ..そんな事を..

自宅への帰り道、僕は村田さんの事を考えながら歩いた。
あの人は、口ではあんな事言ってるけど、本当は根が良い人のはずなんだ..

翌日、午後3時、早番で工場の仕事を終えた僕は、思い立って新宿に向かった!
仕事を変えるよう、村田さんを説得するために!

新宿に着いた僕は、駅の周りを、人ごみの中、村田さんを探して歩き回った。

歩いて、歩いて、歩き回った。

とにかく、ひたすらに歩き回った。


そして、辺りが薄暗くなってきた頃、遂に村田さんを見つけた!


僕は、数メートル先で【仕事中】の村田さんの姿を暫くの間、見つめていた..


やがて、村田さんは、じっと見つめている僕に気付いて、口を【あっ】と開いて、顔を逸らした。


僕は、村田さんに向かって、ゆっくり足を進めた。

そして、村田さんの目の前に立ち、話しかけた。




「あっ、あのっ、すみません。村田さん、ス、ス、スクラッチを5枚ください!」

【売人】村田さんは、気まずそうにスクラッチを5枚、投げるように僕に渡して、半笑いで答えた。

「ばか、お前、来るんじゃねーぞって、言っただろうが..この仕事は危険なんだよ、こんな、狭い中に入ってよぉ」

【了】


監督.脚本/ミックジャギー/出演. 井上役. 宮崎二人、村田役. ブル中山


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