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子供がプロゲーマーになりたいと言ってきたら――『月給プロゲーマー、1億円稼いでみた』書評

現状の日本のesportsシーンを考えると、「プロゲーマーになりたいという夢」に対して親が提示できる現実的な選択肢は2つしかない(よほど裕福な家庭でない限りは)。

諦めさせるか、まず相応の実力を身につけてから挑戦すべきと諭すか。

人生に何のリスクヘッジもせず子供がプロゲーマーを目指して一直線に邁進することをサポートするのは、親の気持ちとしてはかなり厳しいものがあるだろう。

弊誌の読者なら、2つ目の選択肢――プロゲーマーになれるかもしれない可能性を示唆すること――すら、提示するのを憚るかもしれない。職業とすることは言うまでもなく、それで生活していくことがあまりにも非現実的ゆえに。

しかしながら、2つ目の選択肢は子供に夢を諦めさせず人生も壊させずに済む、妥当な選択肢であるのは間違いない。ハナから小説家を目指して生きていくよりも、高校大学に通いながら/仕事をしながら小説を書いて、新人賞に応募するなり出版社の目に留まるようにするなりしたほうが、よほど「幸せな」人生を送れる確率は高いだろう。

自身に無限の可能性を感じてしまう子供に、現実との中庸を教えてあげるのは大事なことだ。もちろんそれは「諦めろ」と強制することではない。選択肢を提示するということだ。

だが、子供に対して選択肢を提示できるのは皆さんのような適切な知識を持っている親に限られる。もしあなたがesportsに関してまったく知識がなく、子供の「esportsで1億円稼げる!」という誇大広告に押されてプロゲーマー養成学校に入学させてしまったとしたら。

当然、そこから輝かしい世界に羽ばたける子供もいるだろうが、それはご存知のように――そしてどんな世界、業界でも同じように――一握りの極めて優秀な人物だけだ。

そのほかのプロゲーマーを夢見る多くのワナビたちは、言うまでもなくやがて現実に帰還する。おかえり。何らか仕事に役立つ生産的な技術を身につけられたわけではないが(考え方を身につけた? それは何かの役に立つ?)、君はこれから社会に居場所を作り、プロゲーマー以外の職業でお金を稼いで生きていかなければならない。

でも大丈夫、君はまだ若い。大学にも行けるし、将来のある若手として就職もできる。難しいことは、入学金や学費やその他の莫大なお金を支払ってくれた親にどう言い訳するかだ。

このお話にはちょっとした悲しみが紛れ込んでいる。もし親がプロゲーマーの現実性を正しく認識していたら、子供に少し違う人生を歩む手助けができたのではないか。得るものなく失われたお金と何より貴重な時間は、子供の人生のために別の方法で活かせたのではないか(養成学校で友人ができたって? 養成学校でなくても友人はできる)。

その悲しみを少しでも減らすために、親は(そして子供自身も)日本のesportsの現状を知っておかなくてはならない。『月給プロゲーマー、1億円稼いでみた』(2017年6月、主婦と生活社)はそのために書かれた本だと言える。

プロゲーマーに対してミルクチョコレートのように甘い夢を見ていた子供たちの目を覚まさせ、esportsが自分の人生に欠片も存在しなかった親にわずかでも知識を与えてくれる(ゆえに、いまの日本のesportsがカカオ90%なチョコレートだと知っている皆さんが読んでも得るものは少なく、それほど面白くもないだろう)。

本書はDetonatioN GamingのCEOでそのオーナー会社Sun-Genceの代表取締役である梅崎伸幸(LGraN)氏によるものである。Amazonでの低評価には眉をしかめてしまうが、上述のようにDNGや梅崎氏についてすでに知っている人に向けた本ではないし、ましてや彼にかかるいくつかの疑惑に言及できるほど事情に詳しい人はまったく相手にしていない。

本書はまぎれもなく「esportsをまったく知らない人」をターゲットにしている(その一例が40代以上の親)。書影がファミコン風であることから察せられるが、内容を読めば一目瞭然だ。esportsについて、あるいは『League of Legends』について、しつこいくらいに丁寧に説明しているからだ。

こんなことは我々にとってみれば歩き方を説明されているようなものだ。しかし、特にテレビや新聞といったレガシーメディアで初めてesportsを見聞きした人たちにとっては必要な情報である。

梅崎氏がesportsに造詣の深いゲーマーやゲーム業界人以外に向けて本を書いたのは意外でも何でもない。彼は常日頃、一般層(ゲームにあまり関心がない人たち)にesportsの認知を広げることが定着の鍵だと言っている(それが本当に鍵なのかは議論の余地があるが)。

だとすれば、レガシーメディアの一角を占め、いまなお「権威」として受け止められる本という形態は非常に有効だろう。この戦略は間違っていない。

本書は実にターゲットに合致した内容になっている。そのため、親にとって有用であると同時に、プロゲーマーになりたい人が親を説得して何らかのサポートや理解を得たい場合にも活用できる。10代20代前半の人は、おそらく本書以上に実例と根拠をもってesportsのポテンシャルを説明することはできないだろう。

親が理解してくれないと嘆く前に、本書を読んでみてもらおう。そのうえで、自分が何を目指しているのか、将来どうしたいのかを説明しよう。納得や支援が得られるかは分からないが、esportsという不可解な世界の一端くらいは理解してもらえるはずだ。

またもちろん、esportsに夢を見てしまったプロゲーマーワナビも、きちんと読み通して現実を知っておく必要がある。現状、プロゲーマーになるのは小説家になるよりはるかに難しい。

ところで、書名がミスリードであるのはいかんともしがたい事実である。「1億円稼いでみた」の主体は「月給プロゲーマー」ではなく「Sun-Gence」だ。そしてこの1億円は売上であって、純利益ではない。

本書ではチーム運営費にその7~8割と書いてあり、黒字とは書かれていない。営業利益で2~3割になるため、借入金やその利息で経常利益/純利益はほぼゼロかマイナスの可能性もある。詳細は不明だが、株式会社なので決算公告は官報など掲載されるだろう。

この書名はインパクトと釣りを兼ねたものであり、誠実ではない。もっと明確に「esportsを知らない人向け」という部分をアピールしておけばよかったのに、と少し残念に思う。

それはともかく、ウメハラ氏やときど氏が書いた、個人の価値観をベースにしたesports/ゲーマー本はこれまであったが、本書のようなesportsをビジネスとして捉えた内容の本はほとんどなかった。ネットにも体系的に説明された資料がないため、こうした本が出版されること自体にそれなりの価値はある。

内容に関して変な偏りもなく、「esports人口3億人」だとか「賞金20億円」と夢や希望だけを語るような輩とは正反対に、勃興期の現実や課題がはっきり述べられている点は高く評価したい(本書にもそういった記述はあるが、あくまで海外の最先端だけと但し書きがある。むしろ日本の現状に対してネガティブすぎる感がないわけではない)。

本書が1万部以上売れるかどうかは、出版社が想定ターゲットにきちんと届くマーケティングを行なえるかが重要である。Twitterなどネット中心ではおそらくあまり届かないだろう。

よって、この記事のようなネットの書評もあまり意味をなさないように思うが、プロゲーマーワナビたちにはおすすめしておきたい。


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