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なぜeスポーツ業界に5万円の広告・スポンサー枠が必要なのか

eスポーツって若年層に人気で広告も出せるのかな? 自社商品が合ってるかどうか、ちょっと試しにやってみたいな――えっ、イベント開催が1回300万円から!? チームへのスポンサーシップも100万円から!? うちには無理だからやめとこう……。

当たり前の話だが、多くの企業にとって数百万円という広告費は「ちょっと試しに」の範疇ではない。ましてや数千万円、数億円なら言わずもがな。

ところが、いまのeスポーツ業界に存在する広告・スポンサーシップの枠組みはこうした金額を必要とすることが多い。そのため、マーケティングや広告でeスポーツを活用してみたい企業にとってはハードルが高い。

だとすると、もっと小さな金額で「eスポーツ広告」や「チームのスポンサーシップ」のお試しができるようにしたほうがいいのではないか?

今回はなぜその枠組みが必要なのか、実際にどういう仕組みが必要なのかを検討しながら、より多くの大会やチームが収益を上げられるビジネスモデルの可能性について議論する。

※この記事では広告とスポンサーシップを分けて記述することもあるが、原則として同じ意味で使う。

いきなり1000万円で大会を開催できる企業はない

eスポーツの大会やイベントを企画・運営している企業の人と話すと、「eスポーツで何かできないか」という企業からの相談が激増しているという。だが、その次に上がる声が「費用が安くてたいしたことができない」というもの。詳しくは知らないが、その費用感は100万円を下るものだと思う。

たしかに、クオリティの高い大会やイベントを開催するなら100万円では足りず、1000万円はほしいというのが業界関係者の本音だろう。「10万円で」なんて言われた日には頭を抱えてしまうかもしれない。僕もその気持ちはよく分かる。分かりすぎる。

でも、よく考えないといけない。これまでeスポーツを知らず、話題になっているからとりあえず何かやってみたいという企業がいきなり100万円や1000万円も出せるだろうか? 関心を持った人はおそらく現場の担当者のはずなので、そうそう大きな金額を自由に動かせるはずがない。

これは僕の感覚で、自分が試しに広告を出してみるかと思ったときに使う金額だが、5万円くらいで自社商品とeスポーツ広告の相性を検証してみたいというのが実情ではないか。

eスポーツ業界には5万円の広告枠がない

しかし、見渡してみると、eスポーツと銘打たれた広告枠やスポンサーシップ枠はどれも「お試し」として利用するには非常に高額だ(一般には公表されておらず僕の推測だが、大会を主催したり看板スポンサーになったりするには数百万円からの金額が必要だろう)。

現場の担当者にそんな金額を自由に出せる権限はない。そのためには上司や経営層に対してプレゼンを行ない、いかに効果があるかを説得し、あるいは稟議を通さなければならない。けれども、そのためのデータも手元にない――よし、諦めよう。たぶんこうなる。

もし少額で大会やイベントを強行したなら、そこにはいろんな意味での地獄が待っている。あえて言及すれば、プレイヤーは怒り、運営企業は疲弊し、主催企業は悲嘆に暮れる。いわゆるeスポーツ企業が大口の企業(ナショナルクライアント)の心を射止めようと躍起なのは、とにかく一発で大きな金額を出してもらえる可能性が高いからにほかならない。

ただ、大企業にしてもいきなり大金をはたいてスポンサーシップに名乗りを上げるわけではない。広告費としてお金を投じる価値があることを証明するデータを必要としている。eスポーツアナリストの但木一真がそういうデータを集積し提供する仕組みを作らなければならないと繰り返すのは、広告主となる企業の内部で説得材料として使えるようにするためだ。

但木による4Gamerでの連載。eスポーツ(ゲーム)業界とデータ、数字の話がメインに取り上げられている。

とはいえ、大会やチームのスポンサーシップに1000万円も出せる企業は限られているし、多くの企業はできれば自分たちでデータを収集して分析したいと考えている(そのほうがより現実的に検討できる)。そのとき、少額の費用でお試しができるなら、ぜひそれを使ってみたいと思うだろう。

なのに、いまのeスポーツ業界には少額、僕の感覚で言う5万円で行なえる広告やスポンサーシップの枠組みがない。5万円を使うためにも稟議を通す必要のある企業はあるかもしれないが、これくらいなら現場の担当者の一存で利用できることも多いはずだ。だからこそ、この少額の広告枠が重要になる。

5万円の枠が横取りされている可能性

eスポーツ業界には5万円の広告枠がほとんどないわけだが、その需要は確実にあると思われる。では、現状ではそのお金はどこに使われてしまっているのか? 基本的には検索連動型広告や動画広告、SNS広告などだろう。

※検索連動型広告とはGoogle検索などで検索した結果に応じて表示される広告。

これらの広告枠は少額からの利用が可能で、「ちょっと試しに」ができるようになっている。もちろん、どれくらい広告が表示されたか、どれくらいクリックされたか、どれくらいシェアされたか、といった詳細なデータも手に入る。

YouTube、Twitter、Instagram、TikTokなど、プラットフォームは何でもいいが、それらの広告枠を利用すれば相応のデータを取得できるので、効果がなかったから停止するか、あるいはもっと費用を投じるかをきちんと検証することができる。

また、こうしたプラットフォームはターゲティングが容易なので、「ゲーマー」や「eスポーツに関心がある人」に広告を見てもらうことも簡単に実現できる。逆に、eスポーツ業界にはそういうターゲティングができる広告枠がほぼない。

こういう状況を見て僕が思うのは、具体的な調査がないので本当にそうかは不明だが、大会やチームに投じられる可能性のあった5万円が動画広告やSNS広告に横取りされているのではないか、ということだ。

僕自身、もしeスポーツシーンに広告を出すなら、まずは少額でSNSか動画サイトの広告枠を利用するだろう。そのお金は、直接的にはeスポーツ業界には降りてこない、悲しいことに。

こういう流れで投じられた費用を合計すれば、シーンがもっと成長できる金額になるのではと想像する。ある意味、埋蔵金だ(実際に存在するかは不明である)。

テレビの広告費はeスポーツ業界に流れてくるか?

また、eスポーツ業界には広告取引のためのプラットフォームが(僕の知る限り)ないので、基本的には広告枠が手売りされている。だから、データの収集も分析も難しい。となると、効果検証が難しくなる。

但木はテレビの広告費をeスポーツシーンに引っ張ってくるべきだと論じる。たしかに、若年層と効率的にコミュニケーションするにはeスポーツのほうが適格かもしれない。テレビ広告の予算をネット広告へ回している企業も少なくない。

だが、テレビ広告が避けられるのは若年層がテレビ番組を観なくなっただけでなく、データ収集の仕組みがないからでもある。テレビ広告をやっても効果検証できないから嫌だ、というわけだ。

では、テレビ広告の効果検証はどのように行なわれているのか。例えば、アプリを展開している企業なら、CMの放映後にどれくらいアプリがインストールされたかを計測している。何らかのサービスを提供している企業なら、Google検索などでどれくらい指名検索があったかを計測している。

※指名検索とはテレビCMで流した商品名やブランド名で検索すること。

こうした方法のほか、テレビ業界自体も視聴率以外のデータ計測を盛んに開発し始めている。家庭にセンサーを設置してもらい、視線(注視時間)や表情だけでなく、生活習慣とテレビ視聴を関連づけるデータを取得している。これが進めば、テレビ広告をやっても効果検証できないという問題は解消されていく。

但木はまた、テレビ広告の費用が高すぎるのではないかとも問題提起する。それはおそらく正しいかもしれないが、僕はテレビが持つパワーはすさまじいので妥当ではないかと思っている(無関心層に届けられるのがあまりにも強い)。だが、但木の問題提起は現状のeスポーツ広告にも言えることだ(高すぎるというよりは、いまの市場規模からすると高い広告枠が多い)。

要するに、eスポーツ業界でも大口以外の広告枠やデータ計測の技術が開発されなければ、テレビが嫌がられたのと同じ理由でeスポーツも嫌がられ、それらが整備されているプラットフォームへと広告予算は流れていってしまうと考えられる。

純広告では限界があるから運用型広告へ

広告枠とデータ計測以外にも、eスポーツ業界の広告枠には課題がある。先ほど、eスポーツ業界の広告枠は手売りされていると書いた。これはテレビ広告も同じで、純広告という仕組みに則っていると言いかえることができる。

広告には大きく2種類あり、1つが純広告、もう1つが運用型広告という。純広告は、基本的には広告枠を持っている媒体主がその枠を買いたい広告主と1対1でやり取りする(間に入るのが広告代理店だが、ここでは省略)。

eスポーツチームにスポンサーシップをしようと考えている企業を想像してもらえば分かりやすいだろう。チームは何らかのメリットを提示し、企業に提案する。企業はそれを受けて検討し、お金を出すことを決定したり、あるいは断ったりする。また、企業側からスポンサーシップを提案することもあるだろう。その場合はチームが提案を検討する。いずれにせよ、やり取りは直接的でアナログだ。

一方で、運用型広告はまったく違う仕組みになっている。媒体主は広告プラットフォームに自分が持っている広告枠を登録し、広告主はメッセージを届けたいターゲットや狙いたい広告枠を決めて広告プラットフォームに費用を投じる。そして間にある広告プラットフォームが自動的に最適な形で両社をマッチングさせ、広告を掲載する。媒体主と広告主は一切顔を合わせないし、直接やり取りすることもない。デジタルツールが介在するので、データ計測も容易だ。

また、運用型広告では広告枠の購入がオークション形式になっているので、最も高い金額を投じた広告主の広告が表示されることになる(だから、継続的に運用して最適な値づけをし、効果的な制作物を作る)。これが、運用型広告を導入しているどこかのサイトに人が訪れるたび、リアルタイムで行なわれている(YouTubeやTwitterの広告枠、電車やタクシーのディスプレイ広告、デジタルサイネージなどはこの仕組みを用いている)。

1000万円の広告費を持つ企業が1社だけなら、直接やり取りするのは容易だ。わざわざ広告プラットフォームを使うまでもない。でも、そんな企業はほとんどないし、お試しで1000万円を出せる企業はほとんど存在しないとすでに書いた。

しかし、ある大会やチームに5万円の広告枠を希望する企業は200社くらい存在するかもしれない。その1つ1つを案件化して取引するのは労力に見合わない。仮に、媒体主が200種類の広告枠を持っているとしても、すべての企業とやり取りするのは非常に手間がかかる(10種類ずつ20社でも直接の取引は簡単ではない)。

そこで広告プラットフォームが取引を自動化してくれるなら、広告枠を登録しておくのは悪くない。手数料は取られるが、それでも自動化の恩恵は計り知れない。なによりデータ計測ができる! もちろん、試して終わりではなく、継続的に5万円くらいで運用してくれるかもしれない。

だから、eスポーツ業界には5万円の広告枠だけでなく、それを効率的に取引できるデジタルな広告プラットフォームが必要なのだ。

※もちろん一意に運用型広告より純広告のほうがいいとは言えない。広告費について、純広告は高くなる傾向上がり、運用型広告は安くなる傾向がある。とすると、媒体主と広告主のそれぞれにとってどちらがいいかは考えるまでもない。

具体的にどういう広告プラットフォームが必要なのかというと、これは既存の広告プラットフォーム(専門的にはSSPやDSP)を参考にすればいいので、開発できそうな企業はそれを真似すればいいと思う。

媒体主と広告主を自動でマッチングさせることができればいい。ここでは仕組みを詳述しないので、気になる人は調べてほしい。日本でいまこの仕組みを作ろうとしているのはおそらくCyberZとCyberEだけだろう。広告代理店の動きがどうなっているのかは気になるところ。

7月29日に開催予定のセミナー「急成長するeスポーツはマーケティングにどう使えるか」。まさにこの記事のテーマに近しい。CyberZの大友真吾、チームをメディア化するというDeToNatorの江尻勝、実際にeスポーツに広告費を投じているサッポロビールの福吉敬が登壇する。

どういう広告枠がありうるのか

ということで、最後に媒体主の広告枠について簡単に検討しよう。eスポーツ業界における媒体主とは大会、チーム、選手がメインとなる。動画サイトやウェブメディア、その他ウェブサービスについては既存の仕組みとまったく同じなので取り上げない。

また、高額の広告費が動く大会やチームのメインスポンサー枠などは純広告として今後も直接取引がなされるだろうし、そのほうがいいと思う(別にそういう枠が自動化されてもいいが)。広告主側も自動化は望まないはずなので、あくまで少額の費用で運用できる広告枠について考える。

まず大会においては、駅にあるようなものと同じデジタルサイネージや空中に投影できるスクリーンを設置することが考えられる。広告枠の入札はプラットフォーム側で管理されているので、大会運営者が何かする必要は基本的にはない(ディスプレイの設営と電気系統の管理くらいだろう)。

これはオフラインでもオンラインでも同様である。オフラインなら大型や特殊な形状のディスプレイも設置できるだろう(データ計測はセンターが必要だ)。オンラインならキャスター席の後ろに直接ディスプレイを設置できるし、あるいは配信画面にソフトウェアで管理する広告枠を設置できる(これはいま設置されているような枠ではなく、自動入札に対応しているものだ)。

僕は特に後者にポテンシャルを感じる。コメント欄の流れが速くなったら(つまり試合が盛り上がっていたり決勝戦だったりしたら)広告枠の落札価格が高くなり、試合のインターバルなら安くなる、といった変動があると面白い。この枠組みは選手個人の生放送でも利用可能だろう(利用する動画サイトの規約次第)。

チームの広告枠は、重要なのは生放送と動画(とサイト)だが、オフライン大会に出場することを考慮すればユニフォームが大きな存在感を持つ。実際、海外の大手チームだと胸にロゴを載せるのに高額の費用を取っている。

日本でもユニフォームに企業のロゴを載せるのは一般的になっているが、だとすれば薄型ディスプレイを張りつけて広告プラットフォームで管理すればいい。激しい動きはないので損傷しない。あるいは、肌に貼るスキンディスプレイも面白い。

ほかにも広告枠を新しく開発できるだろう。参考になるかは分からないが、ウェブメディアは広告枠の百貨店と化しているので、eスポーツ業界でも参考になると思われる。

eスポーツ業界がお手本に

eスポーツ業界において広告が主要なマネタイズ手法になるのは間違いない。でも、効果測定を始め、そのための仕組みはやはり足りていない。ということは、そこに勝ち筋がある。いったい誰が、どの企業がその領域を掴み取るのか。

こうした広告枠の自動化・デジタル化はテレビ業界だけでなく新聞業界、あるいはスポーツ業界でもまだまだ実装されていない。eスポーツはまさにデジタルな存在なので、デジタルな広告枠をどんどん開発して実装していけば、eスポーツ業界がほかの業界のお手本になることも不可能ではない

※ちなみに、広告プラットフォームもマッチングサービスの1つだ。



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