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どれも一緒に見えるゲーミングPC、OMENが新たに取り組むリブランディングの狙いとは

日本の家電メーカーが隆盛を誇った輝かしい時代を覚えている人はもう少ないかもしれない。SONYを始めいくつかの企業は持ち直して成長し、はたまたいくつかの企業は長らく低迷が続いている。

Appleを旗手とする海外メーカーが世界中の市場をかっさらっていったのは、そのブランド力によってだと言われている。スタイリッシュで、クールで、先進的で、革新的なブランドの前に国内メーカーは太刀打ちできなかった。

では、なぜ国内メーカーはかつて世界を席巻できたのか? 強みとしていたのは高品質な技術力。それを商品の機能やスペックを最大化するために活用し、利便性によって市場を席巻した。しかし、機能やスペックは技術があれば誰でも真似できる。ある企業が新しい機能を売り出せば、別の企業はそれを真似したり、それ以外の機能を追加していく。

そして、いつ使うのか分からないボタンが無数に存在するリモコンができ上がった。どこの企業のものか区別のつかないテレビとともに(エアコンだったかもしれない)。

OMENがリブランディングに着手

さて、この寓話はeスポーツシーンを支えるゲーミングPCにも通じている。どのメーカー、ブランドでもいいのでゲーミングPCを思い浮かべてみてもらいたいが、基本的には黒をベースカラーとしたスタイリッシュでハイスペックなイメージがあるのではないだろうか。

では別のゲーミングPCを思い浮かべてみてほしい。うん、おそらく似たようなイメージだろう。僕もまったくそうだ。メーカーやブランドをいくつも思いつくが、違いはよく分からない。

おそらくどのゲーミングPCもスペックは高いし、さまざまな機能が搭載されていてゲームをプレイするには最適なのだろう。しかし、それはどのゲーミングPCでも同じだ。とりあえずそれなりのゲーミングPCを買えば、特に不満もなく『ファイナルファンタジーXIV』をプレイできる。

言いかえると、ゲーミングPCはブランドごとのスペック差がなくなっていて、コモディティ化しつつある。だから、企業が「スペックがすごい」と訴えても、ユーザーには「よそと何が違うの?」と返されてしまう。たぶん答えにくい。大半のユーザーがPCに求めるのはゲームがプレイできるかどうかであって、スペックの高さではない。

この状況を打ち破ろうと動いたのがOMEN by HPだ。群雄割拠の中を順調に成長してきたが、ここにきて「どのブランドも代わり映えしない」と感じるようになったという。

そうして2019年9月5日、OMENはリブランディングに着手した。

※「by HP」は企業都合以外の理由がない気がする……OMENと呼ぶ人ばっかりだし。

ゲームを楽しむことは総合的な人生の価値となる

黒と赤のベースカラーは赤と黄の暖色に様変わりし、とてもポップな感じに。サイトを見てみると一目瞭然だが、岸大河やゆうゆう、貴族などイメージキャラクターの魅せ方もめちゃくちゃポップだ。まさにPOPisHERE(これはKAI-YOUが展開しているアパレルブランド)。

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OMEN by HPのサイトより。
ゲーミングPCブランドのサイトで僕の一番好きなカットになった。

ブランドについてはTGS 2019特設ページのほうに詳しく書かれている。

2006年の誕生以来、革新的な製品を次々と生み出してきたOMENは世界中のプロプレイヤー、インフルエンサー、そしてゲーマーたちを魅了し続けてきました。
そして2019年、私たちはゲームを通じて人々の生活や文化をより豊かにすることを目指し、「ACHIEVE GAMEFULNESS ゲームフルネス その才能には続きがある」という新たなスローガンを掲げました。
ゲームには遊びを楽しむ人間らしさ、精神的な鍛錬を求める知的欲求、冒険を試みる大胆不敵さ、失敗を笑える面白さ、最先端を目指す未来志向があふれています。
ゲームを通じて得られるこれらのものは、仕事や勉強、日常生活の中でも活かせるものであり、ゲームを楽しむことは総合的な人生の価値となると強く信じています。
私たちはそれらを”ゲームフルネス”という新たな言葉で表現し、今までのゲーミングの領域を超え、ゲーマーのさらなる進化とゲームライフをサポートしていきます。

OMENは、ゲームは単なる遊びではないと考えています。
ゲーマーが持つ6つのチカラ。それのチカラが境地に達することを「GAMEFULNESS」と呼びます。

ただ、正直に言うとサイトがHPから独立していないのが玉に瑕。下地にあるHPのカラーとリブランディングしたOMENのカラーが合っておらず、世界観を作りきれていないのはもったいない。

ゲーミングPCのコモディティ化

OMENが投げかけた課題はどのゲーミングPCブランドにとっても非常に重要だろう。リブランディングに関する発表会の内容がEAA!!で記事になっているので紹介する。

シェアの拡大を通して年々影響力を増しているOMENですが、「それぞれ個性的なはずのブランドが観客からはどれも似たように見える」という点に気が付きます。ゲーミングPCブランドといえばどこも若者受けがいい赤と黒を基調にし、144Hzや高性能CPU・GPUというスペックの良さを前面に押し出して、デザインのスタイリッシュさやEsports選手をイメージとして起用したポスターばかり。
思想も需要も完全に違う様々なゲーマー達をより全面的に支えていきたい。Esportsやハイスペック、スタイリッシュさだけにこだわらず、様々な「ゲーミング」というライフスタイルに寄り添いたい。ゲームへの文化的・社会的な誤解にユーザーと共に立ち向かい、ゲームを人生の一部にしていける未来の実現に向かってユーザーと歩んでいきたい。そういった理念を改めて打ち立てました。

主だったブランドのゲーミングPCを眺めてみると、その違いはほとんどネーミングとロゴだけ(あと多少はデザイン)なような気持ちになってくる。要は、見た目や機能、スペックではもはや独自性を確立することはできなくなっているということだ。

僕がOMENの危機感に敬服するのは、ALIENWARE(Dell)の最近の動向を注視しているからでもある。というのも、自社メディアであるALIENWARE ZONEのメルマガを購読しているからかもしれないが、割引の案内がめちゃくちゃ多くなっているのだ。

もちろんDellは世界的にはたいそう売上(906億ドル)があり、日本の売上も8割が法人向けなので(参照)、経営がやばいとかそういう話ではない(僕の社用PCもDell。アンバサダープログラムも好調らしい)。

ただし、こと国内のゲーミングPC市場においては、もしかしたらシェアが危うくなってきているのではないか、と僕は推測している。スペックや機能で売れなくなると次の戦略に困って割引に走り、一時的な売上を作るも長期的にはブランドの価値を毀損する企業がとても多いからだ。

Dellは国内に関して財務諸表を公開していないので真実は分からないものの、割引は基本的にはブランディングにおいてご法度とされている。ALIENWAREは僕が知る限り最もブランディングにこだわりがあるゲーミングPCだが、にもかかわらず割引を連発するのは……はたしてどういう理由によるのだろうか。

ALIENWAREのLJLへのスポンサードや『R6S』の大会主催はブランディングの一環であるし、僕の感覚は杞憂でいまも売上好調なのかもしれない。

※2019年9月13に追記。TGSでALIENWAREは日本でも2017年から50%以上成長していることが明かされた。

余談。ALIENWAREはDellが持つ法人顧客リストを活かして社内eスポーツ部(実業団)向けのサービスを始めればいいと思う。三笠製作所がいい例だが、今後、社内コミュニケーションなどを目的にeスポーツ部はどんどんできていくだろうからだ。

※2019年9月11日追記。ちょうどTSUKUMOとMSIの法人向けゲーミングPCの取り組みが発表された。

どのように黒と赤というイメージが作られたのか

とはいえ、ALIENWAREは国内では早くからゲーミングPCを販売しており、OMENが指摘したようなゲーミングPCの一般的なイメージを構築し、市場を開拓するのに一役買ったブランドだ。

eスポーツ関係者の中にはアイ・カフェAKIBAPLACE店にあるALIENWARE ARENAのお世話になった人も多いはず。ALIENWARE ARENAは、かつて国内にeスポーツ施設がまったくなかった頃に存在したほとんど唯一の高性能PC据え置きの会場だったのだ。

そして、ALIENWAREと並んで市場を牽引したゲーミングPCブランドがG-Tune(マウスコンピュータ)である。かなり早期から人気ゲーマーを起用したモデルPCを販売していて、GODSGARDENとのコラボや協賛はゲーマーの精神に呼応した。最近ではあまり目立った動きがないように感じるが、おそらく僕の視野が狭いだけだろう。

国内のPCゲーマーにとって、ALIENWAREやG-Tuneのカラーや戦略がゲーミングPCのイメージに与えた影響は大きいのではないだろうか。両ブランドはまさに「赤と黒を基調にし、144Hzや高性能CPU・GPUというスペックの良さを前面に押し出して、デザインのスタイリッシュさやEsports選手をイメージとして起用」というイメージにぴったり。

この2大巨頭の間で虎視眈々と機会をうかがっていたのがGALLERIA(サードウェーブ)。僕が初めて自分で買ったPCはドスパラのBTOだったが、どちらかといえばドスパラで知っている人が多かった気がする。ところが、eスポーツ好きなら知ってのとおり、昨今のGALLERIAの攻勢たるや目を見張るものがある。

特に大きなトピックが、毎日新聞との共催である全国高校eスポーツ選手権と、大規模なeスポーツ施設であるLFS 池袋 esports Arenaのオープンだろう。高校へのPC貸し出しやGALLERIA GLOBAL CHALLENGEの主催も忘れてはいけない。とにかく話題に事欠かず、ドスパラのイメージから独立して「GALLERIAここにあり」と印象づけた感がある。

ときたまブランドの責任者が対談をして市場の成長について話しているが、このほかにも競合が増えていること自体が市場規模の拡大を雄弁に物語っている。

しかし、市場が成長して競合が増えたことで問題が生まれた。どこも「かっこいい」イメージがある黒を基調としたゲーミングPCを展開するので、ユーザーがブランドを区別できなくなってしまったのだ。そういうゲーミングPCがダサいのではない。実際にかっこいい。でも、そのかっこよさがコモディティ化していることが問題だ。

このような背景があるがゆえに、OMENが提示した「ありがちなゲーミングPC像」はクリティカルだと言える。

※ちなみに僕はこの流れのほとんどを大雑把に書いているので留意してもらいたい。だいたい2010年以降のことが中心。

機能とスペック以外でブランディング

すでに紹介したように、OMENはリブランディングによってこのコモディティ化から脱却しようとしている。アパレルにまで手を出すというのは朗報、「思想も需要も完全に違う様々なゲーマー達をより全面的に支えていきたい」というミッションに合致していると思う(あらゆるゲーマーをターゲットにするのが正解かは分からない)。

GALLERIAも商品それ自体というよりeスポーツシーンへの投資によってその存在感を大幅に増している。際立つのは、いずれもブランディングに際して機能やスペックをアピールしていないということだ(新製品の発表時は別として)。

例えばほかに、@Sycomがゲーミング足湯で奇をてらったのは不思議でも何でもなく、C4LANという場できちんと意味をなしている(足湯で知られるだけではブランド資産に繋がらないと思うが)。

そのほかのゲーミングPCブランドでも、スポーツアパレルがアスリートと契約してブランドイメージを形作るのと同じように、ゲーミングチームと組んでそのイメージをブランディングに利用するというケースは多い。

結局のところ、ゲーミングPCはハイスペックであるのが最低限の要件で、突き抜けた技術を持つ企業以外にとってはスペックで訴求できる日々は終わってしまったのだ。コアなPCゲーマーにとってそれは最重要かもしれないが、ブランドの成長には新規ユーザーの獲得が不可欠なので、スペックとは別方向の戦略が必要である。

OMENにとってそれは、今回のリブランディングで明らかになったように、(こう表現するのが正しいか分からないが)ポップさへの方向転換だった。国内でゲーミングPCブランドがこんな動きをするのはとても珍しいので、どうにも期待せずにはいられない。

OMENファッションショウに期待

最後に。この記事はTGS 2019の直前に公開した。というのも、TGSが新作ゲームの発表や商談の場でもありつつ、(特に一般公開日は)企業のブランディングの場にもなっているからだ。

OMENのブースで上掲の画像のような感じでPCを担いでランウェイを歩くようなファッションショウをやってくれたらたいへん面白そうだし、ブランドとしての方向性を劇的に示せると思うが(僕らはもう格ゲープレイヤーがアケコンを担いでステージに入場することに違和感がない)、トークショウやスペシャルマッチなどが予定されているようだ。

アパレルも出すならイベントはファッションショウ一択だと思いながら、9月12日からのTGSを楽しみにしておこう。

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本を買います。『マルドゥック・アノニマス』のために生きてます。

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謎部えむ

ようこそ、eスポーツスリンガーです。主に日本のeスポーツ業界のあれこれを考察・分析しています。 「happy esports」の詳細と連絡先は↓のプロフィールをどうぞ。「焚き火を囲って」はジャンル不定のコラムで、「創作の隘路」はジャンル不定の創作集です。

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