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ゲーム会社がゲームメディアを無視してユーザーと直接繋がろうとする理由

任天堂やEAなど、多くのゲーム会社が自社から情報発信してユーザーと直接繋がる動きを加速させている。

かつてゲーム雑誌やゲームメディアを通してユーザーに発信されていた情報が、ゲーム会社の自社サイトやオウンドメディアによって発信されるようになることで、何がどう変わるのか。そして、なぜゲーム会社はそうするのか。そのメリットとデメリットとは?

今回はゲームメディアの従来的なビジネスモデル(稼ぎ方)がデジタルマーケティング技術(Martech)の発達により成り立ちにくくなっていること、またその技術がゲーム会社に何をもたらしたのかを考察する。

※「ゲームメディア」はウェブ/オンラインを指す場合に限る。オフラインのものはゲーム雑誌と呼ぶ。

※「ゲーム会社」は、デベロッパーやパブリッシャー、ソフトウェアメーカーやハードウェアメーカーなど、ゲームに関する企業をまとめて表現している。

メーカーが仲介業者を締め出そうとしている?

この話題を持ち出す発端となったのは、ファミ通こどもメディアの水間勇一による下記のツイート。

これ(特に「記事の内製化」の部分)を受けて、J1N1が「ゲーム業界のジャーナリズムは何故凋落したのか」でゲームメディアがゲーム会社に信用されなくなっているから(ジャーナリズムが衰退したから)と書いた。

J1N1の指摘はもっともであるが、ゲーム会社のこうした流れにはもう1つ、大きな動機がある。端的に言えば、これまでゲームメディアが独占していたある資源/資産がゲーム会社でも得られるようになったからだ。

それが何かはひとまずおいて、ゲーム会社を含む「メーカー」が生産した商品やその情報を仲介者(メディア)なしに直接ユーザーに届けようとする流れは、より一般的になってきていることを指摘しておく。

情報に関しては、すでに述べたようにゲーム会社がゲームメディアを通さず、自社サイトやオウンドメディアからユーザーに対して直接的に届ける流れがある。記事やニュースはもちろん社内で制作している。それを自社のSNSアカウントで拡散する(オンラインでの情報発信)。

あるいは東京ゲームショウのような展示会(オフラインでの情報発信)にも同じことが言える。MicrosoftやCygamesなどを始め、これまでTGSに出展していたゲーム会社が近年は取りやめたり、TGSなど眼中にないかのごとく自社だけでフェア・展示会を催したりする事例が非常に増えている。これも、理由(後述)としてはオンラインでの情報発信と同じだ。

また、もう1つ顕著なことは、任天堂もそうであるように、自社EC(通販)を行なうゲーム会社が増えていることだ。これは自社の商品を小売店はもちろん、Amazonのようなオンラインモールすら介在させずにユーザーに届けようとする動きである(ユーザーの利便性から、自社ECだけという形にしているゲーム会社は稀だが)。小売を挟まないことで利益率は数十パーセント上がるという理由もあるし、上記の「情報発信」で述べたのと同じ理由もある。

※モバイルのアプリの場合、App StoreとGoogle Playを通さざるをえず、日米修好通商条約のごとき状況に歯がゆい思いをしているゲーム会社も多いだろう。ユーザー情報は取得できるが。

いずれにせよ、ゲーム会社/メーカーにおける仲介業者の排除はさまざまな形で進みつつある。これはいったいなぜなのか?

ゲームメディアはユーザーの情報を持っていることが強みだった

その理由を考えるには、ゲームメディアがこれまで独占していた強みを考えると分かりやすい。ゲームメディアの強みとは何だろうか。

面白い記事を作るコンテンツ力? 
取材で的確に情報をまとめる編集力? 
多くの読者に情報を知らせる伝達力? 
話題を提供して盛り上げる拡散力? 

いずれもそうだが、最大の強みは読者の情報を持っていることだ。読者とはすなわち、ゲームユーザーである。ゲームメディアの最大最強の強み、資産とはユーザー情報であり、これをもとにしてビジネスモデルが成り立っている。要するに、ユーザー情報をお金に換えているのだ。

ユーザー情報がどうお金に換わるのか、いまいち想像できない人もいるかもしれない。ぜひ知っておいてほしいので、簡単に解説しよう。

例えば、4Gamer.net(ほかの大手ゲームメディアも同じ)。我々ユーザーはどんな記事も無料で読める。だが、記事にはさまざまな制作費が必要で、本来なら情報の受け手である読者がお金を払わなければならない。が、4Gamer.netは広告モデルというビジネスモデルを採用しているので、広告主(ゲーム会社など)からお金をもらって記事を書き、その代わりにゲーム会社やその商品を紹介/プロモーションしている。だから、読者はお金を払わずに記事を読むことができる。

ゲーム会社から見ると、4Gamer.netにお金を払ってプロモーションしてもらうことになる。では、よくあるタイアップ記事(PRなどと表示してある記事)はいくらで依頼できるのだろうか。4Gamer.net広告ガイドによると、記事1本95万円だそうだ。ちなみにファミ通ドットコムなら1本130万円アプリゲームは60万円)。

※両メディアともほかのプランもあるので、ぜひ一度媒体資料に目を通してみてほしい。バナーなど多様なディスプレイ広告のプランも豊富。こうしたタイアップ記事やバナーを含むそれぞれの広告枠が、4Gamer.netにとっての「売りもの=商品」である。もちろんほかのゲームメディアでも同じ。広告枠が多すぎるのではないかと思うかもしれないが、商品は物理的に在庫を持つ必要がないから多いほうがいいのだ。だから、いろんな広告枠が開発され続けている。

広告モデルにあまり親しみのない人にとっては、この金額に驚かされるだろう。あなたが「この記事、ただの宣伝じゃないか。つまんね」とタイトルと冒頭の数行で読むのをやめたあのタイアップ記事も、実はゲーム会社が95万円を支払って作ったものだ。まあ、だからといって読む義理も同情も必要なく、面白くない記事を作ったほうが悪い(ちなみに、上記の金額は各メディアの価値から考えると妥当で、むしろ安いと思う)。

さて、ゲーム会社はなぜこんな金額をゲームメディアに支払ってまでプロモーションをしたいのか。それは、ゲームメディアしかユーザー情報を持っていないからだ。ユーザー情報とは、ゲームに関心のある人の年齢、性別、居住地域、趣味、好きなゲーム、興味のあるジャンルなどの情報のこと。これは個人を特定するための情報ではなく(逆にゲームメディアにとって「1人の個人情報」には価値がまったくない)、数万数十万規模で存在して初めて価値をもたらすものだ。

FFシリーズを好きな何万人ものユーザーが4Gamer.netを読んでいるとしよう。スクエニは、もちろん彼らにFF15の新しい情報を届けたいし、新作の情報も届けたい。だから、広告を出す。そして4Gamer.netにお金が入ってくる。

だが、FFシリーズを好きな何万人ものユーザーに情報を届けたいのはスクエニだけではない。セガが新しいRPGを作ったとして、FFシリーズを好きなユーザーにそのゲームの情報を届けることは、売上や認知向上のために非常に見込みのあるプロモーションだ(FFが好きなら新しいRPGにも興味がありそうだろう)。だから、広告を出す。そうして4Gamer.netにお金が入ってくる。

これがゲームメディアのビジネスモデルである。大量のユーザー情報を持っていることは、とんでもない強みなのだ(Amazon、Apple、Google、Facebookなどもそう)。

Martechの発達でゲーム会社が与った恩恵

上記をゲーム会社の視点からもう一度考えると、自社でユーザー情報を持っていれば、わざわざゲームメディアに広告費を支払う必要がないと思い至る。ゲームメディアは対価に見合った告知をしてくれるだろうが、ゲーム会社が得たい効果を保証してくれるわけではない。

だとすれば、できれば自分たちでユーザー情報を持ち、彼らが好んでくれる事柄を把握し、ゲームメディアに頼らず記事を作り、情報発信し、ユーザーと直接繋がりたい

それによって望む結果が得られないこともあるだろうが、繋がったユーザーはただのユーザーではなく自社のことを好いてくれるファンである確率が非常に高いので、情報発信によって望む結果が得られる可能性は高まる(必ずしもそうとは言えないが、取り組む価値はある)。これが、ゲーム会社がゲームメディアを無視して情報発信する最も大きな動機である。

ここまで読めば分かるように、これまではゲーム会社が自社のゲームを好きなユーザー、買ってくれたユーザーの情報をほとんど持っていなかったのだ。そうした情報はオンラインのゲームメディア、Amazonのような小売店などが持っており、基本的にはゲーム会社が知ることはできなかった。さらに、Martechが存在しなかった時代には、調査会社しか持っていなかった。

※通販サイトとしてのAmazonが持つ最大の強みは購買履歴やページ視聴履歴を含むユーザー情報だ。「おたくの商品、うちだけが持つユーザー情報を利用すれば多くの人に届けられますよ(もちろん有料)」と。

自社商品をどんな人たちが買ってくれたのかまったく分からない——実に不思議な構造になっていたわけだが、これはゲームに限らずあらゆるメーカーに通ずる問題だった。だから、資本力のあるメーカーは流通や小売を自社で整備したり買収したりして、ユーザー情報を握ろうとしたわけである。

これまでゲーム会社がユーザー情報を持つことができなかったのは、流通上の仕組みに依るところが大きい。ネット(デジタルマーケティング)の普及ですぐにでも現在のような流れが生まれてもおかしくなかったが、そうならなかったのはユーザー情報の管理システムやノウハウがなく、独自ノウハウを持つゲームメディアに一日の長があったからだ。莫大なコストをかけるよりは、広告費を出したほうが安く済んだのである。

だが、いまやMartechが安価で利用できるようになり、中小ゲーム会社でも自社でユーザー情報を管理することができるようになった(コストは安くないが、以前に比べれば格段に安く抑えられる)。だったら、ゲームメディアにユーザー情報を握られている必要はない。どんどん自社で情報発信して、サイトに来てくれる人や自社ECで購入してくれる人の情報を集めればいい

そうなれば、新しい商品のプロモーションやイベントの告知を、ユーザー(ファン)に直接届けることができるようになる。SNSで情報は勝手に拡散していき(もちろん仕掛ける必要はあるが)、話題になればゲームメディアやエンタメメディアが無料で取り上げてさらに拡散してくれる。

高い広告費を出してやっと掲載してもらえるタイアップ記事はもう必要ない……。どれだけお願いしても無視されるプレスリリースもオウンドメディアで記事にすればいい……。

ゲーム会社にとって、より選択肢の多い時代がやって来たのは間違いない。実際には、任天堂など大手ゲーム会社は昔から取り組んできたことであり、いまになって水間が言及するのは時すでに遅しである。

ゲームメディアにも同じような時代があった

ところで、ゲームメディアもいまのゲーム会社が味わっているようなもどかしさを感じていた時代があった。ゲーム雑誌が主流の時代だ。当時、ゲームメディアは出版社と呼ばれ(いまも呼ばれているかもしれないが)、作った書籍や雑誌は本屋(○○書店、Amazonなど)にしか並べられなかった。この構造はすでに書いたこととまったく同じで、どんな人がゲーム雑誌を買ってくれているのか、出版社は知ることができなかったのだ。

ゲーム雑誌を刊行する出版社はネットの普及に合わせてゲームメディアを立ち上げ、ユーザー情報を取得・管理することができるようになったわけだ。かつて自分たちが本屋に対して行なったことを、いまゲーム会社にやられているのである(ネット/デジタルに移行できていない出版社はいまだに自社の本を読んでくれている読者の情報をまったく持っていない。また、最近ユーザー情報を収集できるようになった出版社/メーカーでも、その扱い方に困っている会社が多い)。

どうやってファン以外に情報を伝えるか

さて、これでゲーム会社がユーザーと直接繋がろうとする大きな動機がはっきりした。しかし、課題もある。ゲームメディアはさまざまなユーザー情報を持っていることが強みであり、1つのゲーム会社が持ちえないユーザー情報も持っている(他社のゲームが好きなユーザーなど)。ユーザーと直接繋がると、どうしても自社や自社商品のファンの情報ばかりが集まってしまい、将来的・潜在的な顧客に情報発信するのが難しくなる

その点ではまだまだゲームメディアに役割があると考えることができるものの、それを解決する技術もすでに存在する。サードパーティデータ(第三者が持つユーザー情報)を利用したバナー広告などの配信はいまや当たり前にできるのだ(かのCyberZの中核事業である)。だから、ゲーム会社が自社ファン以外に情報発信するとき、必ずしもゲームメディアを介す必要がなくなってきている。

※サードパーティデータを利用した広告の仕組みについては、プログラマティック広告やアドネットワークという用語を調べてみてほしい。要は、メディアは広告枠を自社で売るのではなく代理店に預け、代理店は入札制にした広告枠に対して最も高い価格をつけた広告主に売っているのである(そしてその広告主の広告が該当の広告枠=メディアに表示され、メディアにお金が入る)。この一連の流れはすべて自動化されていて、入札から表示まではミリ秒単位で行われる。メディアからすれば広告主に営業せずにマネタイズできるのが大きなメリット(ただし、直接広告主に売るより単価が安い)。

※構図だけ見れば間に代理店が入るだけで、結局はゲーム会社からゲームメディアにお金が流れることになるのだが、ゲームメディアとしては広告主と直に繋がっていたい。そのほうが割がいいし、直接的な信頼も得られる。

言うまでもなく、ゲームメディアには多様で面白いコンテンツが大量にあるため、そこを訪れるさまざまなユーザーが大量にいる。ゲームメディアは彼らの情報を取得し、保有している。そうしたユーザー情報をゲーム会社が手に入れられなかったからこそ、ゲームメディアは幅を利かせてきたのだ。

これからのゲームメディアに必要なこと

しかし、ゲーム会社がユーザーと直接繋がって情報発信するのが当たり前の時代になっている。ゲームメディアの牙城は急速に崩れ始め、かつての存在価値が失われようとしていることに相違はない。ゲームメディアにとっては飯の種がなくなるのだからまったく面白くない状況だ。

J1N1は前掲の記事で、そんな時代だからこそゲーム会社が発信する情報を批判的に評価するためにゲームメディアによるジャーナリズムが必要だと説いた。それが新たなゲーム会社・ユーザー・ゲームメディアのトライアングルになると。一つの方向性としておおいに検討すべきだろう。

そうはいっても、それだけでは足りない。これまでゲームメディアはある意味で殿様商売をしてきた。4Gamer.net広告ガイドで驚かされるのは、お金を支払った広告主に対して「PV数、リンクアウト数などレポートの提出は御座いません(P7より)」と明記しているところだ。

要するに、95万円を支払ってもらうが記事のPVやクリック数などは教えません、ということ。ゲーム会社は読者が自社サイトや商品ページにどれだけ誘導されてきたか、どれだけ売上が向上したかで広告の成果を計測するしかない。それでは仮に効果が出なかったとき、商品が悪いのか記事が悪いのか、判断がつかない4Gamer.netは広告に対する責任逃れをしていると言えよう。

※同社に限らず、メディアやプラットフォーム、SNSだとよくある話で批判の的になっている。少しずつ開示する流れにはなってきているようだ。

こうしたやり口がこの先通じなくなるのは明白だ。ゲーム会社は「数字」を求める。「いい数字」という意味ではない。どのような結果が出たのか具体的に知りたいのだ。でなければ、広告に効果があったのか分からないし、次の施策に活かすこともできない。ゲームメディアは広告主に対して数字をきちんとレポートする義務がある。また、それをしなければ信用・信頼を得ることも難しい。

記事の質や内容についても批判があるが、それもビジネスに直結する問題である。特に非ゲーム系のメディアがeSportsに着目して企画に取り組むなど、競合は増えている(KAI-YOUのTCG/DCG特集企画など)。(大手)ゲームメディアはこれまで築いてきた資産——ユーザー数やユーザー情報の上にあぐらをかいてはいないか、自己分析する必要がある。

ゲームメディアは岐路に立たされている。

ゲーム会社にも課題がある

一方で、もちろんゲーム会社にも解決していくべき課題がたくさんある。

ユーザー情報を管理し、施策に活かすノウハウや人材、システム——リソースが必要だ。特にオウンドメディアを運営してユーザー情報を取得するのであれば、ユーザーに面白がってもらえるコンテンツを提供し続けなければならない(これがまあ難しい。いわばゲームメディアを運営するようなものだ)。あるいは、どのように新規ユーザーを開拓するのかも課題だろう。リーチの拡大は常に悩みの種になりうる。

任天堂ほど大きなゲーム会社であれば、こうした課題は解決しやすい。サードパーティデータが必要ないほどの規模でファンを抱えてもいるし、ゲームメディアが取り上げたくなる話題性がある。だが、中小ゲーム会社が当たり前にやれるようになってこそのデジタルマーケティングだ、なんとか工夫してもらいたい。もしユーザーと直接繋がるような施策を展開することが難しければ、ゲームメディアと信頼関係を構築するのも有効な一手である。

要は、いかにユーザー情報を手元に置いてビジネスを回していけるかが鍵だ。自社の大切なユーザーの情報をゲームメディアやSNS、プラットフォームに独占されているのは心臓を握られているも同じ。当然、ユーザーに価値ある情報を提供する必要もある(誇大広告や詐称したい誘惑に負けず)。

どのようにユーザーと質の高いコミュニケーションをしていけばいいのか、ゲーム会社もまた岐路に立たされている。

広告ビジネスとしてのeSportsの可能性

最後に、「eSportsが大きな広告ビジネスになる未来」について、ここでじっくり考えてほしい(以前の記事でeSportsの構造について書いた部分も参照)。

eSportsでビジネスをしようとしている人や企業にとって、eSportsをプレイするユーザーの情報がとてつもない武器になるのは明らかである。すでに数千、数万とユーザー情報を持つプラットフォームも実際にあるのに、活かせていないのは実にもったいない。

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