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Residente "This is Not America" についての考察

Hola manit@s, ¿Cómo están?

二日も降り続いた雨もようやく止み、久しぶりの青空の下一時間も散歩したナシおじさんです。さて今日は先日リリースされ、一か月もたたないうちにYouTubeでの再生回数が1億4000万回を超えた、Residente の "This is Not America" について書こうと思う。

リアクション動画もたくさんアップされているし、友達のラティーノたちともこの歌について意見を交換したりもしているので、相当な反響があることは間違いなさそうだ。

ラテンアメリカの歴史に明るい人はこのビデオを見て様々な出来事と次々と描かれる強烈なシーンの数々とリンクできるだろうけど、僕なりに解説してみたいと思う。

では、長くなるけど、始めよう。

タイトルはアルフレッド・ジャー(Alfredo Jaar)の作品から

アメリカ合衆国の地図の上に書かれた "THIS IS NOT AMERICA " がPVの最初に現れる。これはチリ出身のアーティスト、アルフレッド・ジャーが1987年にニューヨークのタイムズスクエアに展示したLEDスクリーンを使った作品だ。

ResidenteはBBCのインタビューでこう語っている。

"~la reafirmación de que América es todo el continente, y no es solo un país. Inspirado en eso le puse el nombre a la canción. "
アメリカは一国ではなく、大陸全体であることを再確認する作品なんだ。それに触発されて、その名前を曲名にしたんだ。

Residente sobre "This is Not America": "Estados Unidos ha adoctrinado a mucha gente para que crean que es América"
BBC NEWS

ロリータ・レブロン(Lolita Lebrón)に代表されるプエルトリコ独立運動

女性が政府機関のような建物の前で発砲するシーンからPVは始まる。これは1954年米国議会議事堂 ~これはまだ記憶に新しいと思うが、2021年にトランプ支持者とされる民衆が襲ったあの建物~ を襲撃したプエルトリコの政治家、ロリータ・レブロンへのオマージュだと思う。

プエルトルコはResidenteの祖国であり、多くのミュージシャンを輩出する国だ。が、独立した国家ではない。アメリカの支配下にあるコモンウェルス(米国自治連邦区)だ。1950年代に独立運動が激化し、その国内だけでなく、アメリカ合衆国でも独立を求める激しい活動があり、ロリータ・レブロンが加わった襲撃事件もその一つだ。その衝撃的な事件は、5人の米国議員が負傷する結果となり、ロリータは逮捕される。その際、彼女はこんな言葉を残したそうだ。

«¡Yo no vine a matar a nadie, yo vine a morir por Puerto Rico!».
「私は誰も殺しに来てない、プエルトリコの為に私が死ぬために来た!」

"Lolita Lebrón" Wikipedia


コロンビアの大規模反政府デモへの言及

このシーンはよく見る、と言ったら失礼なのかもしれないが、北中南米のニュースでよく見かけるデモ隊と警察や軍隊との激しい対立だ。

「日本人は何でバシッとデモやって政府と戦わないのよ?」なんてラティーナに言われたことを思い出しましたが。

なんでこのシーンが2021年に起こったコロンビアの大規模反政府デモかと思ったかというと、まずは警官隊の装備だ。「でもコロンビアの警官でオリーブっぽい色の制服じゃない?」と思う人も居るだろう。

確かにコロンビアでよく見かける警官はオリーブっぽい制服なんだけど、このPVで出来る黒づくめの警官隊は、暴動鎮圧機動隊("ESMAD" Escuadrones Móviles Antidisturbios)を彷彿させるのだ。日本で言う機動隊みたいな組織なんだけど、昨年の大規模反政府デモではこのESMADの市民に対する残虐的な行為が目立っていたのだ。

また、コロンビアの現政権が親米政権であることで、それに反対する勢力をラテンアメリカの人々を代表(コロンビア政府をアメリカ合衆国政府とみたて、それに立ち向かう人々)している、そんな事も頭によぎった。

トゥパク・アマル2世の処刑

民族衣装に身を包んだ男が警官隊に手足をつかまれ、今にも引き裂かれそうなこのシーン。これは、18世紀にスペイン植民地体制に反旗を翻したペルーのトゥパク・アマル2世についての言及であると思われる。

スペイン植民地支配に対し戦いを主導したトゥパク・アマル2世はその後の南アメリカにおける反植民地闘争の先駆けとなったのだが、スペイン軍に捕らえられたのち、馬に八つ裂きにされる方法で処刑された。

また、Residenteは ラッパー"2Pac" がトゥパク・アマル2世から名前を取ったことについても歌っている。

サパティスタ

黒い目出し帽を被り鮮やかな民族衣装に身を包んだ女性たちが現れるこのシーン。これはピンと来る人も多いとは思うが、サパティスタ民族解放軍(Ejército Zapatista de Liberación Nacional、EZLN)を表現している。

サパティスタはその名前からも分かる通り、メキシコ革命の指導者、エミリアーノ・サパタの名に由来し、農民を中心とした革命組織だ。

なぜサパティスタが出てくるのか。ちょっと考えてみた。

おそらく、サパティスタが起こした武装蜂起がNAFTA(北米自由協定)の発行日に始まった事からくるのでは?と思う。そう、メキシコ政府だけでなくアメリカ合衆国に対して「NO」を突きつけたから、だと思う。

NAFTAによって関税なしにアメリカ合衆国の農産物が入ってきては、チアパスの農民には勝ち目がない。彼らにとっては死活問題だったのだ。実際に旅をして思ったが、サパティスタの主な活動地域であるチアパス州は今も貧しい。

マラ・サルバトルチャへの言及か?

身体中に入ったタトゥーと剃り上げた頭。これは直感的にマラ・サルバトルチャ(Mara Salvatrucha, MS-13)を示している気がした。ルーツをエル・サルバドルに持ち、今では中米諸国・メキシコなどにメンバーがいるとされるギャングだ。

これがどういった意味を持ってPVの中に出てきているのか、今の所良く分からないんだけど、中米のが抱える問題の一つを示しているのか、それとも過去にアメリカ合衆国がこのギャングのメンバーに手が負えないから、がんがん逮捕して、彼らのルーツのエルサルバドルに強制送還した事を言いたいのだろうか。どなたか分かれば教えて頂きたい。

メキシコ、それも治安の良いとされているグアナファトの街で、首に「MS-13」を彫り込んだ男を見かけた時にヒヤっとしたのを今でも覚えている。

ビクトル・ハラ(Víctor Jara)の最期とコンドル作戦(Operación Condor)

スタジアムでギターを持った血だらけの男が頭を撃ち抜かれるシーン。これはBBCのインタビューでResidenteが言っているのだが、チリのビクトル・ハラというアーティストの最期を描いたものだ。

ビクトル・ハラは歌を通じて革命を起こそうとするラテンアメリカにおいて1960年代以降に起こったNueva Canción(新しい歌)運動を代表するアーティストである。

悪名高き1970年代のチリのピノチェト軍治独裁政権下、彼は軍に身柄を拘束されたのち虐殺されたという。

このシーンで思うのは、ピノチェトの残虐性だけではなく、アメリカ合衆国・CIAが立案・主導した「コンドル作戦(Operation Condor)」だ。これは冷戦下、アメリカ合衆国が南米の社会主義化・共産主義化を防ぐため、協力国の政権が軍事独裁政権であっても共同して行われた悪名高い作戦、もといテロ活動だ。

徹底的に左翼狩りを行った当時の南米の "独裁政権" の裏にはアメリカ合衆国・CIAの存在があったということだ。その前にまず、合衆国の意にそぐわなかった政権は、合衆国の援助で言うことを聞きそうな奴らにクーデターを起こさせたり、選挙戦を操ったりして、「合衆国の言うことを聞く」政権に挿げ替えられていた。

南米の国々の軍事政権で反体制派に行われた拷問や殺害の方法が共通しているという。これは、その手法を「米軍アメリカ学校(The School of Americas)」と言うアメリカ合衆国が作った軍事教育学校で教えたからだそうだ。そう、クーデターから拷問、反体制派の弾圧までを中南米のエリート軍人に叩き込んだのは合衆国なのだ。ちなみにこの期間は名前を変えて、今も存在している(西半球安全保障協力研究所 Western Hemisphere Institute for Security Cooperation)。

これらの話に関しては伊藤千尋氏の「反米大陸ー中南米がアメリカにつきつけるNo!」から多く引用させてもらった。

また、このコンドル作戦に関して、ResidenteはCalle13時代に「Latinoamerica」と言う曲でも触れている。

最期に

まだまだ触れたいところもあるのだけれど、そろそろ終わろうか。

曲のタイトルから、チャイルディッシュ・ガンビーノ(Childish Gambino)の「This is America」へのディスソングか?と思うかもしれないが、BBCのインタビューによれば、

「僕はガンビーノのファンなんだ。僕の歌は彼の『This is America』に欠けていたものという感じだね。私は彼の歌を補完してサポートしているんだ。」

Residente sobre "This is Not America": "Estados Unidos ha adoctrinado a mucha gente para que crean que es América"BBC NEWS

と、Residenteは語っている。そして、次のようにも言った。

彼らが言葉を限定しているこの時代、言葉の使い方、言葉の意味、(中略)英語で「アメリカ人」という言葉の代わりを探すには良い時期かもしれないし、彼らが自国を指すときはアメリカとは言わず、USAと言えばいい。シンプルだろ。

Residente sobre "This is Not America": "Estados Unidos ha adoctrinado a mucha gente para que crean que es América"BBC NEWS

アメリカ大陸の南端から北端までが「アメリカ」であって、アメリカ合衆国にだけ「アメリカ」という言葉を、そしてそこに住む人々が「アメリカ人」と言う事に対して、いわゆる"ラテンアメリカ" が流してきた血の歴史をもって問題を提起した歌なのだ。

これはアメリカ合衆国に対して投げかけたものであり、同時にグローバリゼーションの流れに飲み込まれつつある"ラテンアメリカ"の人々へ投げかけたものだと思う。いや、全世界に対してか。

先にも述べたNueva Canción(新しい歌)運動もそうだが、1920年代~30年代のメキシコにおける壁画運動のように、社会変革を起こそうとする際にそこに住む人たちのアイデンティティーを目覚めさせる為に歌や絵、芸術を用いて、教育の水準が高くない貧しい人にも教育効果をもたらしえたかつてのムーブメントのように、Residenteも印象的なシーンを盛り込んでリスナー・視聴者に何かの気づきを与えたいのかもしれない。

みんながどう捉えたかも気になるので、なにかあればどんどんコメントしてください。

ではまた!
¡Hasta la proxima!

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