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サンルダムにまつわるエトセトラ/過去記事アーカイブ

下川での私の立場の移り変わりと活動の内容、そして、下川がどのように移り変わってきたのか

これをSDGsの文脈で語るというオファーをいただき、過去の資料などを掘り返していく中で「あ、これ、ちょうど10年前だったんだ」という記事がありました。

良いタイミングなので、アーカイブを兼ねて、note でも読んでいただけたらなと。

ちなみに記事の後半に出てくる「天塩川流域 National Bio Park 構想」は1年後に

「PNR型の地域振興策を天塩川流域に応用する場合の優先事項─下川小流域の経験から─」という小難しいタイトルで研究発表したのでスライドをペタリ。

https://docs.google.com/presentation/d/e/2PACX-1vSxdygoVEcyuA4yfhtEy1hWWafkeHY8UQSWnZrdNfn1CkUwg-gfQ3XuDXTHMDtcpMj4zXavedjPCbXZ/pub?start=false&loop=false&delayms=3000

以下、10年前、2010年1月10日にブログ「森の時間でスロー起業」に投稿した記事です。

サンルダムにまつわるエトセトラ

みなさん良い年をお迎えでしょうか?私は下川で年を越し、今日は昨日の大雪の雪はねに午前中を費やしました。

さて、昨年のフリカエリと今年の抱負を記す前に、どうしても整理しておきたいテーマがあります。

新年一発目の記事にしてはヘヴィーなネタで申し訳ありませんが、サンルダムについてです。

以下、非常に長い上に支離滅裂な文章ですが、興味をお持ちの方はご笑覧いただければ幸いです。

私の暮らす北海道の下川町は、政権交代後サンルダム建設が凍結になり物議を醸しています。

私のところにも以前北海道新聞社の取材があり、2009年(平成21年)10月14日(水曜日)付の朝刊に次のような記事が掲載されました。

--以下、引用--

暮らしと政権交代 第一部・願い(3)

(前略)
 下川は、「循環型林業」を掲げ、町有林の拡大と、森林組合による間伐・加工などで雇用をつくり出してきた。エコツーリズムの道内の先駆者でもある同町内のNPO法人「森の生活」の奈須憲一郎代表(36)は提言する。「中止ではなく、グリーンニューディール政策として、炭素を蓄えるダムの構想を開発局に提案しては」と。
 ダム水没予定地に成長の早いヤナギを植え、バイオマス資源として活用するアイデアだ。
 町職員時代の奈須さんから提言されたことがある安斎保町長は、前原氏がサンルダム本体工事凍結についても表明した9日、こう語った「彼の思いは否定しないが、(ダム中止は)あってはならないこと」
 町長の口調は反対派が言うほど、かたくなではなかった。

--以上、引用--

引用したのは一部ですが、記事全体は、非常にナーバスな問題を前向きな方向性を持ちながら上手にまとめてくださったなぁというのが率直な感想です。

が、朝日新聞の事業仕分けのときの記事と同じく、やはり限られた紙幅の中で我が意を尽くせぬところがあって、実際誤解されているような話しも伝え聞きました。

なので、現時点でのサンルダムについての私の見解をここにまとめておきます。

まず、「我が意を得たり」とまさに膝を打つように共感した香山リカさんのコラムの一部を以下に引用します。

--以下、引用--

北海道新聞2009年(平成21年)12月1日(火曜日)

香山リカのひとつ言わせて(56)

担当者の人生まで「仕分け」?

(前略)
 ダム計画中止の際も思ったが、もっと適切な言葉の使い方や説明の仕方はないものだろうか。それぞれの事業の担当者や関係者、あるいはダムなら地元の住民たちは、これまで長い時間をかけてその問題に取り組み、その中で自分のプライドも築いてきた。
 それが、ダムであれば大臣の一存、事業仕分けなら短時間の議論で、「はい、不要なので廃止」と言われたら、自分のこれまでの尽力や時間までが無駄だったと言われたような気持ちになるのではないか。
 そうではなくて、それぞれの事業や計画には十分、意義もあったのだが、この財政難ではどうしても続行がむずかしい、あるいは時代が変わって再検討をしたところ、当初とは違った見解になった、といった説明の仕方もできるはずなのではないか。
(中略)
 どんな事業、計画にも、そこには人が関係している。削減したり中止にしたりするにしても、そこにかかわった人たちの人生までが否定されないようなやり方を、国や自治体を背負うリーダーたちは模索すべきだと思う。
(精神科医)

--以上、引用--

下川に暮らす前の私なら「何なまぬるいこと言ってんだ」と思ったでしょう。

だけど、自分自身が下川町役場の職員として6年と1カ月働き、下川暮らしが丸11年になろうとしている今は違います。

「どんな事業、計画にも、そこには人が関係している」、という部分の「人」が匿名ではなく実名で浮かんで来るからです。

サンルダムについては、今のところ全否定されたわけではありません。「凍結」という判断が示すところはつまり、状況や時代が変わったので立ち止まって再検討しましょうということでしょう。

しかし、地域リーダーの受け止め方は、まるで全否定されたかのようです。

反発し、サンルダム建設促進の集会に人びとを動員し、さらに建設推進の署名を自治会の回覧板で地域住民に求め、そのやり方は「まるで踏み絵」として批判されました。

私の主観的な暮らしの実感としては、地域リーダーが表向きに発言するほどサンルダム推進で町民の意思はまとまっていません。

下川町は封建的な側面がまだ残っている地域なので地域リーダーの言うことに表立って反対意見を言えるような人はほとんどいないのです。

声なき声を丹念に拾い集めれば、現在のサンルダム計画には否定的な見解を持っている人の方が多いのではないでしょうか。

町長を始めとする地域リーダー層もそれには気づいていると思います。

しかし、ここまで来たら引き下がれないのでしょう。感情的なもつれがあるので、それこそプライドの問題です。だからこそ焦って強引とも思える手段に出てしまうのかもしれません。

引用した北海道新聞の記事にもあるように、私は職員時代、町長にサンルダムについて次のとおり提言しました。

--以下、引用--

(平成16年3月26日提出「自己申告書」添付文書から)

下川の最後の宿題について

 「自己申告書の記載事項に対して不利益な扱いを受けることはない」という言葉を信じ、下川の内発的発展を心から願うものとして、町長にどうしても進言したいことがあります。

 サンルダムの建設についてです。

 私はこの1年間、町長からの特命で、二酸化炭素吸収機能を中心とした森林の環境付加価値を何らかの形でお金にしていくことについて、調査・研究を行ってきました。結論から言いますと、お金にできると確信しています。

 しかし、下川町としてそれを進める場合にネックになるのが現在の計画でのサンルダム建設です。

 現在の計画でのダム建設が環境に悪影響を及ぼすのは科学的・論理的に考えれば明らかで、環境を売っている一方で環境を悪化させることをしているという矛盾について、必ず指摘を受けることになります。

 つまり、これまでは環境面でのマイナスについて主に指摘されてきたのですが、環境がお金になる今の時代にあっては、経済面でのマイナスの方が大きくなってきたのです。

 アメリカ、ヨーロッパでは、健康と環境(あるいは持続可能性)に対しお金を出すようになっています。日本でもすでにそうした状況に変わりつつあります。

 サンルダム建設は既に何度かの計画変更を行っていますので、単独を決断した今こそ、計画の抜本的な見直しを図るチャンスだと思います。

 サンルダムを「炭素ダム」や「遺伝子ダム」としての機能発揮を主目的とした「環境ダム」に変更できないでしょうか?

 「炭素ダム」とは、温暖化防止に貢献する森林型のダムで、要するにまず「植林」をし、その後「森林整備」を行います。「遺伝子ダム」とは、生物の多様性を守るための森林型のダムで、多様な樹種を「植林」することで多様な生物が生存できる環境を生み出します。

 つまり、サンルダム建設を「緑の公共事業」として位置づけ、「植林」とその後の「森林整備」という地元にお金の落ちやすい事業へ転換し、建設業の業種転換(ソフトランディング)へもつなげるという発想です。さらに、水没予定地は平坦で、効率よく木材生産を行える可能性のある土地です。

 この計画変更は、国にとっては温暖化防止という国民的課題の解消につながり、下川にとっては地元への経済効果が大きく、反対派にとっても受け入れやすい内容で「三方徳」だと思います。

 いきなりの計画変更は難しいでしょうが、多方面からの戦略的で粘り強いアプローチを行えば可能ではないでしょうか?

 そして、この最後の宿題にけりがつけば、下川は単独の決断をした勇気ある自治体という付加価値に、さらに環境自治体という付加価値が加わり、「下川株」は高値で取引されることでしょう。

 そうなれば、混迷の時代を乗り切り、真の先進自治体としての道が切り拓けると確信しています。

--以上、引用--

こんなことを言ってその後冷遇されたのでは?と思う方もいらっしゃるのではないでしょうか?

しかし、結果は逆でした。

このサンルダムについての意見が直接作用したわけではないですが、冷遇どころか重用してくださり、退職にあたっても大変熱心に引き止めてくださいました。退職後もことあるごとに応援していただいています。

共感と誠意を持って話せば分かってくださる方なのです。町長だけではありません。役場のみなさん、地域のみなさんには話せばわかってくれる人が多いのです。

私が役場に入った動機の一つに、やたらと批判されてばかりいる行政組織を内部から観察してみたい、という社会科学者的な欲求がありました。

実際に内部に入ってみて分かったのは、人が悪いのではない。むしろ真面目な人が多く、問題なのは組織の仕組み、システムだという結論に達しました。

「罪を憎んで人を憎まず」という言葉があります。「罪」の部分に「システム」という言葉を当てはめてもいいと思います。

ちょうどこの記事を打ち込んでいる途中、休憩で見ていたNHKの『龍馬伝』でこんな台詞が出てきました。

「憎しみからは、何も生まれん」。

事業の正当性を議論することは大切なことでしょう。しかし、その事業に関わる人間の人生や人格にまでおよぶような感情的な物言いは避けるべきです。

残念ながら、サンルダムに関しては完全に感情的なもつれになってしまっていて、冷静な議論ができる状態ではありません。

地域を愛する思いは同じなのに、共感し合えない。非常に残念なことです。

さて、話しが拡散して収集がつかなくなりつつありますので、そろそろ核心であるサンルダムについての私の見解を整理しようと思います。

香山リカさんのコメントを引用したことからもお察しいただけるように、サンルダム反対!廃止!と真正面から言う気にはとうていなれません。

かといって、現行のコンクリートダム方式が「環境」を最重要視する国際的な流れに逆行しているのは誰が見ても明らかなのでサンルダム賛成!推進!と胸を張って言う気にもなれません。

ただ、私の軸足があるのはサンルの自然という狭い範囲ではなく、下川の自然、そこに暮らしてきた/暮らしている/暮らすであろう人びとが構成する社会と経済、つまり下川全体だということは確かです。

私は名古屋出身ですが、10年以上暮らし、結婚し、本籍も下川に移し、子どもも生まれ春には4歳になります。もはやよそ者ではありません。下川に愛着があります。

生まれ故郷の名古屋の実家は引っ越しを繰り返し、私が生まれ育った頃の名残はありません。

しかし、下川にはこの10年以上その変化を見続けてきた森があり、個性的な人びととのつながりがあるのです。

私にとって帰ってくる場所は、下川なのです。

だから、下川にとってのベストな選択をしたいのです。個人的な感情に左右されず、今の私たちだけではなく、先人、そして子孫も含めて、誰が考えてもベストな決断をしたいのです。

自然も大切ですが、人もそれ以上に大切です。そして、人が暮らし続けるには持続可能な経済活動が必要です。

また話しがそれ出しました。

そこで、「計画変更」というポジショニングに辿り着きました。

今まで関わってきた人たちの努力を水の泡にしてしまうような「廃止」ではなく、環境の時代に即した「緑のダム」に「計画変更」し、新たな計画で「推進」しませんか、公共投資をしませんか、という立ち位置です。

この立ち位置に賛成派も反対派もポジション変更すれば、誰も決定的に傷つくことなく次の一歩が踏み出せるのではないでしょうか?

賛成派の方々も反対派の方々も勝ち負けを決める「競技」の選手ではないはずです。みんなにとってより良い結論をだすための「協議」に今一度戻りませんか?

白でも黒でもなく灰色で良しとしませんか?我々日本人の美徳である「あいまいさ」を今は大切にしてはどうでしょうか。

あるいは白と黒の市松模様、ボーダー柄、水玉模様...発想の転換、柔軟な発想が必要だと思います。

もう少し具体的な話しをしましょう。計画変更の具体的な案として、北海道新聞には炭素ダム構想のみが掲載されましたが、実は2つの構想を提言しました。

いずれもコンクリートダムを作って水を溜めるのではなく、別な資源を蓄えるための全く新しい発想のダムです。

一つが「炭素ダム」もしくは「木質バイオマスダム」構想。掲載された方です。

水を溜める予定の土地に、温暖化防止のため成長の早いヤナギなどを植樹してCO2を吸収、つまり炭素を固定し、成長したところで収穫して木質バイオマスエネルギー化し、またヤナギを育てる。

環境モデル都市として現在取り組んでいる施策をより推進する方式で費用対雇用効果も高いはずです。

もう一つは「生物多様性ダム」構想。

一昨年の洞爺湖サミットで「環境」が一気に社会に浸透したように、今年10月に名古屋市で開催される「生物多様性条約第10回締約国会議」(COP10)の前後で「生物多様性」が一気に社会に浸透すると思います。

このタイミングでサクラマスとカワシンジュガイの共生関係を保護する「生物多様性ダム」を発表すれば、世界にSHIMOKAWAを発信することができるのではないでしょうか?

そうして保護した地域に人数制限してガイド付きのエコツアー、フィッシングを事業化すれば、現在取り組んでいる森林ツーリズム、森林保養地形成、森林環境教育の取り組みとの相乗効果で世界から人を呼べるのではないでしょうか?

さらにこの2つを融合させた新しいプラン3を最近思いつきました。天塩川流域 National Bio Park 構想です。Bio は Biomass Energy と Biological Diversity とをかけています。

つまり、炭素ダム、木質バイオマスエネルギーダム構想と生物多様性ダム構想を融合させ、しかも、下川だけで完結せずに、

特に Biological Diversity の部分で天塩川流域全体に視野を広げ、美深が力を入れているチョウザメ、猿払のイトウ、天塩のシジミ、サロベツ原野など天塩川流域全体を Bio をテーマにした自然公園、テーマパークにできないだろうかという発想です。

これらのアイデアはまだ思いつきの域を出ていませんが、まずは、廃止ではなく計画変更、コンクリートダムから緑のダムへという方向付けさえ決定し、一定の予算確保さえできれば、時間をかけて住民主体の計画をまとめてゆけばいいと思います。

時代はとても困難な局面を迎えています。対立している場合ではないと思うんです。世界全体で持続可能な社会へと手と手を合わせていかなかればならない時だと思うんです。

まずは下川から、そして天塩川流域から、人と人、人と自然とが調和して持続可能に暮らす地域社会のモデルを世界に発信したいのです。

私はそのために10年を超える歳月を生まれ故郷ではない下川で力を尽くしてきました。

でもまだ全然足りません。もっと多くの人たちと手と手を取り合って力を尽くさねば、私の子ども、孫、それに続く世代の豊かな暮らしは保証できないのです。

なんだか熱くなってしまいました。龍馬の影響かもしれません(笑)。今日はこの辺で切り上げます。

*この記事の無断転載、部分引用を禁止します。奈須憲一郎

バーカウンターで「あちらのお客様からです」ってあこがれます。