『紛争地の看護師』白川優子 小学館

特別だと思っていた色々なものが全部地続きなのだと感じられる本。
まず、国境なき医師団のようなすごい団体で働く人は特別に優秀で特別に使命感とか環境が整っているとか、とにかくスーパー超人なのだろうという誤解…というか私が持っていた偏見、それが改められました。本の冒頭で、著者の白川さんがお父さんに近くのショッピングモールへ車で送ってもらっているときに、ためらいながら次の赴任先のことを話して気まずくなってしまう場面を読んだときに「あーわかる!」と思って。自分のことを大事に思う人だからこその言いづらさ。家族や恋人が本当に愛して心配してくれるからこその軋轢。紛争地での活動する前に起こる身近なところでの障壁。

白川さんが国境なき医師団に働くまでの経緯も、始まりはこんなに身近なところからだったんだ!と感じました。子どもの頃に見たドキュメンタリーが国境なき医師団への憧れではあるんだけど、そこから真っ直ぐ夢へ向かっているわけではないんですよね。中高時代はそれほど明確な目的意識もなくてふつーの学生で、英語だって特別に得意なわけではないんです。その白川さんが看護学校に行って看護師になり、国境なき医師団に応募するも英語力の不足で断られ…。そこから、どう国境なき医師団の看護師として活躍する現在に至るかも読みどころです。なるほど、こういう進路があるんだなあということと、看護師という職業の可能性の大きさもすごいと思いました。

白川さんが医療活動をするイスラム国、シリア、南スーダン、パレスチナ…。報道でよく聞く地名だけれど、実際にこういった紛争地でどんな人たちが住み、どのように暮らしているのか。私がとても印象に残ったのは、紛争地で暮らしている女性と子どもで火傷が多いということ。設備の整っていないキッチンで料理を作る。小さな子どもがいる。もうこれだけで「あ、火傷するわ…」と、特に小さい子どもと暮らしている人にはわかりますよね。不安定な場所で火や刃物を使ったりするわけです。毎日の暮らしだから料理をしなくては生きて行かれないんですよね。コンビニにちょっと食べ物買ってくるみたいな環境ではないんです。

紛争地の医療活動では、まず命を救うことが最優先なんだけれど、患者さんの本当の闘いはそのあとなのだということ。医療チームが命を救ったけれど、患者さんの麻酔が覚めて、自分の家族が亡くなり、自分の両足が無くなっていることに気づくのを見るのが辛い…。

医療チームが乏しい物資や厳しい環境の中、やっと診療できる場所を作り上げたと思ったら、たった一つの空爆で全てが無に帰してしまい、新たな空爆の被害でてんてこ舞いになる。シリアでは、信じがたいことに政府軍は医療施設をターゲットにしている。

パレスチナでは、一見すると市民は通常の日常生活を送っているように見えるものの、一歩中に入ると、ものすごい非人道的な、人間はこれだけ残虐なことができるのかと驚くようなことがイスラエルから行われている。

本書ではそれぞれの紛争地で何が起こっているのか、なぜ紛争が起こってしまったのかの経緯なども、簡便にわかりやすく説明してあって、それもすごくいいなと思いました。

どうしたらいいのか、どうしたらこんな残虐なこと、天災ではなく人間がしていることを終わらせられるのか。その答えは本書にはまだありません。ただ、戦争が終わらない大きな理由の一つははっきりしています。「無知」です。この本を少しでも多くの人が読んで、戦争は対岸の火事ではないこと、戦争で苦しんでいる人たちは私たちと何も変わらないんだということを知ること。まずはそこから、なんだと思いました。

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