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名文today_96/『ナウシカ考』

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ナウシカの旅立ちとともに開かれてゆく世界は、まさに戦乱によって蹂躙され、殺戮と飢餓に覆い尽くされてゆく修羅のちまたそのものである。ナウシカはだから、次から次へと世界の悲惨に立ち会うことになる。そうして猶予されたユートピアとしての風の谷と、その外なる修羅のちまたとの対照が、さらにきわだつのである。むしろ、世界の悲惨を知るための旅の起点に置かれたために、風の谷のユートピア性がいっそう強調されることになった、ともいえるかもしれない。
母の不在をめぐるテーマが、とりわけナウシカとクシャナの周囲に、ほとんど表裏をなして、補完しあうように濃密に見いだされるのは、むろん偶然ではあるまい。先取りしていっておくが、ナウシカとクシャナの母親体験はひそかに共振れを起こしながら、壊れた母と子をめぐる物語的な原風景を浮かびあがらせてゆく。ナウシカによる挑発が、いつの間にかクシャナを大きな渦のなかに曳きずりこんでゆく、そんな気配が感じられる。

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『ナウシカ考』/赤坂憲雄/2019/岩波書店

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