鴻巣友季子氏による翻訳記事の注意喚起が素晴らしかった

この発言に対して、とくにcan appreciateという言い方に、ドイツ(語圏)の一部視聴者から強いネガティヴ反応があった。
さらに、 The Japanese people can appreciate の部分が「日本人は感謝しろ」などと訳されて、ウェブ上で独り歩きしてしまった。"can appreciate"とは失礼極まりない言い回しだと断定され、猛烈な怒りを呼び起こしている。
最初に書いておきたいのは、バッハ氏は「感謝しろ」などと言っていないことである。前後の文脈がないので部分的に訳すのはむずかしいが、ここで使われているappreciateは「感謝する」ではなく、「(問題や状況を)充分に把握・認識・理解する」という意味と思われる。
これまでのバッハ氏の言動、人柄、独特の口調などを考えに入れずに、国際組織委長の発言として虚心坦懐にこの一文を読むと、こう読むのが妥当ではないか。

オリンピック代表団の少なくとも85%がワクチン接種済みで来日することは、日本の皆さんにもご理解いただきたいのです(orおわかりいただけるでしょう)。

ちなみに、言葉や文章のプロである複数の英語ネイティブ(作家、翻訳家、ジャーナリストなど)にも原文を読んでもらったところ、わたしと同解釈だった。単独の一文だといささかぶっきらぼうな感じはあるが、「切り取り文」なので致し方ないだろう。

鴻巣友季子氏はロシア語の報道の情報も加味して分析している。

ロシアでのロシア語報道を書き起こしてくれたかたがいて、この発言の前文には「東京五輪の選手に同行する代表団のワクチン接種は『あらゆる期待を上回る』ペースで進んでいます』」という言葉があったそうだ。

同様の理解を私も示していた。

この記事はバッハ会長発言という個別の事案分析だけではなく、翻訳報道に関する注意喚起が主題であり、「意訳」を利用したイメージづけが行われていることを危惧しています。

バッハ会長に関しては、既に「イメージ付け」が行われていることを観測し、整理していました。

ですから、今回も私は引っかからなかったわけです。

そして、鴻巣友季子氏の記事では翻訳者としての心構えも示しています。

翻訳する際の注意点
わたしは正直、IOCとバッハ氏のやり方にはいろいろ疑問を抱いているし、現状での五輪開催には強い懸念をもっているが、それと翻訳者の務めは別のところにある。今回の「感謝しろ」発言の件が意図的なものとは思えないが、以下の点について改めて注意を喚起しているだろう。

道義上の問題。良からぬ人物だからといって、発言を改竄したり盛ったりしてはいけない。
翻訳倫理の問題。意図的に「誤訳」することは翻訳倫理に反する。
英語学習面での弊害。誤った語法や用法を広めてしまう。


翻訳文を読む人たちの大半はその外国語ができないか得意ではない。見えない部分の作業だからこそ、翻訳者には正確性のみならず中立性が求められるのだ。

ここで指摘されている問題は、海外報道の翻訳を日本語記事で配信する場合と、日本国内の事案を英語で海外発信する場合にも当てはまります。

バッハ会長発言の「意訳」は、大手メディアは行ってませんでした。

単に、ドイツ語ー日本語翻訳を生業としている個人がTwitterで騒ぎ、それに乗っかった人が大勢居たという話です。

しかし、世の中には大手メディアが悪意をもって意訳や誤訳による誤認識を拡散している例があります。
(元報道で書かれている記述の「省略」も含む)。

そうしたものに認識を侵されないように、絡めとられないように、衝撃的な報じられ方・拡散のされ方があった場合には(だいたいが「怒り」の感情を想起させるモノ。この類の情報は拡散されやすいという性質がある)、判断を留保する作法を身につけておくと、精神を健康に保つことができると思います。

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