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最高裁決定令和2年9月16日から見る草津町時間湯の湯長の安全管理と「医行為・問診」

草津町に関連する事案で2020年の12月は女性議員のリコール問題が騒がれていますが、2019年夏には「時間湯の湯長制度の廃止」が騒がれ、その後廃止されました。

その際の論点の1つに、湯長が湯治客に対して行う安全確認行為が、医師法上の「問診」にあたり、医師以外が医行為を行っている違法ではないかとの疑惑が黒岩信忠町長から指摘されていました。

私はその主張を否定する記事を書いていました。

当時は「医行為」そのものの定義については厚生労働省医政局長の通知があったものの司法判断は出ていませんでしたので、医行為の下位分類である「問診」が湯長の行為に近似しているとして、その行為の該当性を検討する形で言及していました。

その後、最高裁決定令和2年9月16日 平成30(あ)1790 において、入れ墨(タトゥー)師による施術が違法かどうかが争われた事案で、医行為の定義と判断方法が示されたため、改めてこの判示の観点から湯長の行為が医師法違反ではないことを明確にします。

最高裁決定令和2年9月16日 平成30(あ)1790

(1)  医師法は,医療及び保健指導を医師の職分として定め,医師がこの職分を果たすことにより,公衆衛生の向上及び増進に寄与し,もって国民の健康な生活を確保することを目的とし(1条),この目的を達成するため,医師国家試験や免許制度等を設けて,高度の医学的知識及び技能を具有した医師により医療及び保健指導が実施されることを担保する(2条,6条,9条等)とともに,無資格者による医業を禁止している(17条)。
 このような医師法の各規定に鑑みると,同法17条は,医師の職分である医療及び保健指導を,医師ではない無資格者が行うことによって生ずる保健衛生上の危険を防止しようとする規定であると解される。
 したがって,医行為とは,医療及び保健指導に属する行為のうち,医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為をいうと解するのが相当である。
(2)  ある行為が医行為に当たるか否かを判断する際には,当該行為の方法や作用を検討する必要があるが,方法や作用が同じ行為でも,その目的,行為者と相手方との関係,当該行為が行われる際の具体的な状況等によって,医療及び保健指導に属する行為か否かや,保健衛生上危害を生ずるおそれがあるか否かが異なり得る。また,医師法17条は,医師に医行為を独占させるという方法によって保健衛生上の危険を防止しようとする規定であるから,医師が独占して行うことの可否や当否等を判断するため,当該行為の実情や社会における受け止め方等をも考慮する必要がある。
 そうすると,ある行為が医行為に当たるか否かについては,当該行為の方法や作用のみならず,その目的,行為者と相手方との関係,当該行為が行われる際の具体的な状況,実情や社会における受け止め方等をも考慮した上で,社会通念に照らして判断するのが相当である。
(3)  以上に基づき本件について検討すると,被告人の行為は,彫り師である被告人が相手方の依頼に基づいて行ったタトゥー施術行為であるところ,タトゥー施術行為は,装飾的ないし象徴的な要素や美術的な意義がある社会的な風俗として受け止められてきたものであって,医療及び保健指導に属する行為とは考えられてこなかったものである。また,タトゥー施術行為は,医学とは異質の美術等に関する知識及び技能を要する行為であって,医師免許取得過程等でこれらの知識及び技能を習得することは予定されておらず,歴史的にも,長年にわたり医師免許を有しない彫り師が行ってきた実情があり,医師が独占して行う事態は想定し難い。このうな事情の下では,被告人の行為は,社会通念に照らして,医療及び保健指導に属する行為であるとは認め難く,医行為には当たらないというべきである。タトゥー施術行為に伴う保健衛生上の危険については,医師に独占的に行わせること以外の方法により防止するほかない。
 したがって,被告人の行為は医行為に当たらないとした原判断は正当である。

医行為の定義:医療及び保健指導に属する行為のうち,医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為

医行為の判断方法:ある行為が医行為に当たるか否かについては,当該行為の方法や作用のみならず,その目的,行為者と相手方との関係,当該行為が行われる際の具体的な状況,実情や社会における受け止め方等をも考慮した上で,社会通念に照らして判断する

医師法17条の趣旨:医師に医行為を独占させるという方法によって保健衛生上の危険を防止しようとする規定

これらで湯長の行為について検討していきます。

時間湯の湯長の行為は医師法で禁止されてる医行為ではない

湯長の行為が何かは「身体の状態や病気の症状があればそれを聞くこと」「年齢、体力などを考慮して温度を決定」という旨が「草津温泉 時間湯保存会HP」内の『時間湯Q&A』に過去あったため、これを参考に。

前掲「(3)」の記述に沿って書きました。

湯長の湯治客に対する健康状態の確認行為は、38℃~48℃の間で調節される温泉への3分間の入浴という一般的な行為を行うにあたって安全を確保するために行われるものであり、医療及び保健指導に属する行為とは考えられてこなかったものである。湯長制度の下にある温泉は、他の温泉と同じく温泉入浴による病気・症状等に対する治療効果を謳ってはいるものの、利用客の目的は個々人によって疲労回復、健康増進、持病の寛解・治癒など様々であり、それが都度湯長に伝えられてその目的達成のために湯長が助言等をすることは基本的に想定されていないものである。また,医師免許取得過程等で客の体調等を聞いた上で湯温を調整する知識及び技能を習得することは予定されておらず,草津町の歴史的にも,100年以上にわたり医師免許を有しない湯長が行ってきた実情があり,問いかけの方法自体は一般人でも行えるものであり、体調の観察という行為が絡むにせよ、それによって行えることは入浴の禁止或いは中止だけであるから、これを医師が独占して同種行為を行う事態は想定し難い。このような事情の下では,湯長の行為は,社会通念に照らして,医療及び保健指導に属する行為であるとは認め難く,医行為には当たらないというべきである。

なお、最高48℃の高温の湯への入浴に伴う保健衛生上の危険については,48℃の湯はそれ自体で外傷を負わせるものではなく、長時間入浴することによる身体内部の生理的変化や、急激に体温が上昇することによるショックなどが考えられるが、他の地域においても48℃の温泉が存在しているところ、時間制限が設けられていないながらも特に危険視されておらず、保健衛生上の危険があるとは言えない。湯温は最高温が48℃であるだけで、相手によりそれ以下の温度に調整しているだけであるから、湯温が48℃であることを前提として湯長の行為を危険と認定することは不合理である。また、湯長制度がない場合とある場合とを比べると、湯長が入浴の場に居る場合には入浴前と入浴中の体調管理をし、さらには入浴時の行動様式などから事故が起こりにくい工夫がなされており、他者による観察が行き届かない場合と比べてむしろ総合的な安全が確保されていると言える。実際に、草津町の湯長制度の下で入浴を原因とする体調悪化等の事故が発生しているという報告は無い。

したがって、湯長の行為が医師法17条に違反する違法行為と認めることはできない。

補足:48℃の湯について

さらに、温泉科学33巻4号では、一般的に利用されている温泉水は36℃~80℃とされており、それを循環・撹拌させて最適な温度に設定しているため、48℃という温度に3分間入浴することについて保健衛生上の危険を認めることは困難であると思われます。

※私は湯長制度廃止についてはフラットな立場です。政治的な・町の運営の必要性から湯長制度を廃止するにしても、その理屈・理由として医師法17条違反を持ち出すのは強引過ぎるし、仮にその判断が正しいとされた場合、他への影響が甚大だからその主張を否定しているだけです。

追記:温泉法の掲示

(温泉の成分等の掲示)
第十八条 温泉を公共の浴用又は飲用に供する者は、施設内の見やすい場所に、環境省令で定めるところにより、次に掲げる事項を掲示しなければならない。
一 温泉の成分
二 禁忌症
三 入浴又は飲用上の注意
四 前三号に掲げるもののほか、入浴又は飲用上必要な情報として環境省令で定めるもの
温泉法施行規則
第十条 法第十八条第一項の規定による掲示は、次の各号に掲げる事項について行うものとする。
ー省略ー
七 浴用又は飲用の禁忌症
八 浴用又は飲用の方法及び注意

湯長が湯治客に質問する項目としてはこれらに限らないのですが、温泉利用者の安全確保のために一定の情報提供をすることが温泉法上求められています。

これが対面であれば湯治客側からの発信(言語による自発的なものに限られず、顔色・声色・姿勢等の本人が気づきにくい情報も含む)を受けてコミュニケーションが発生するのは当然の成り行きであり、むしろ安全確保に繋がるところ、それが医師が独占しなければならない危険に繋がっている、と理解するのはあまりに不合理でしょう。

以上

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