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そうさく。

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イルカになれない僕らは

イルカになれない僕らは

名前を失くした僕達が向かう先は小さな島にある魚の国で、どんな風にどんな一日を過ごすのかは想像もつかない。
波音で洗われて新たな形が現れたりしないかな、なんて淡い期待をしてみるけれど、きっとそれも波にさらわれて消えてしまう。
僕達は、僕は、何になれるかな。

■ □ ■

魚の国から帰ってきたのは一人と一人だった。
何にもなれなかったね、と笑うようにイルカが尾ひれで水面を弾く。
目は逸らさないけれど

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いつかの紙切れ

いつかの紙切れ

それは紙切れだった。
ぼくにとっては手紙であり精一杯の歩み寄りでもあったそれも、彼にとってはただの紙切れだと知っていた。
ぼくはそれを彼の部屋の扉の前に立てかけて布団に入った。
彼が帰ってくるのはいつもぼくが寝たあとだ。

起きたら扉の前には何も無くて、部屋には誰もいなかった。
ぼくが起きるより早く、彼は家を出ていく。
それが日常だった。
紙切れはそれきり見ることなく、ぼくは大人になった。

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君がいなくなることはわかっていた、だから。【1】

君がいなくなることはわかっていた、だから。【1】

君がいなくなる前に君から離れようと思った。
そして僕は君に嫌われる準備を始めた。
毎日少しずつすれ違いを繰り返し、会話は噛み合わず、その都度口にしていた不満すら出なくなって、いつからか目を合わせなくなった。
そうして今日、終わりを迎える。
望み通りの結末だ。

同じホームで、発車時刻が一分違いの電車に乗る。
進行方向は真逆、それがどこか象徴的で気付かれないようにふっと笑った。
君はもうこちらな

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拝啓、春。

拝啓、春。

春になりました。
だから手紙を書こうと思います。
遠い南の地では桜が満開だそうです。
あなたのいる場所には桜は咲いているのでしょうか。

僕がこの町に越してきたのは夏の始まりで、まだどこに桜が咲くのかはわかりません。ただ、この前、家から少し離れた場所に桜並木を見つけました。見渡してもまだ蕾ばかりでしたが、楽しげに連なる提灯を見上げて懐かしい気持ちになりました。きっとあの町にもまた提灯が並んでい

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四月の道化師

四月の道化師

カーテンの隙間から差し込む光が朝日なのか夕日なのか迷った。
枕元を見上げ、デジタル時計で日時を確認する。
数時間前から四月が始まったらしい。
口の中で「卯月」と呟いてみる。

左手に視線を向けると、彼は当たり前のように椅子に座ってこちらを見ていた。
目元がほんの少し赤く見えるのは、白い壁に反射した朝日のせいだろうか。

あたしは一つ咳払いをして声を出す準備をする。
それだけで彼は椅子から腰を浮かせ

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三人でいよう。

三人でいよう。

彼は彼女が好きだった。
そのことに気付いたのは彼を好きになってすぐのことだ。
柔らかな眼差しと他の子より多めにかけられる言葉と嬉しそうな笑顔、彼の全部が物語っていた。
にも関わらず、当の彼女には微塵も伝わっていないのだから不思議だ。
彼の気持ちどころか恋愛にすら関心を持っていないらしい彼女は、私にとって好都合だった。

彼女がいることで、私は彼の特別な表情を見ることができる。
彼女に誘いを断ら

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サナギ

サナギ

止んだはずの雨がまたぽつりと落ちてきた。
緩やかな足取りで帰路を辿る。
アルコールを含んだ頭はふやけるどころか冴え渡っていて、瞬きするたび一つひらめく、と言えば大袈裟に聞こえるだろうが、あながち誇張でもない。

マンホールは脳内の雑音さえ飲み込んでいく。
朝起きてから今に至るまでの出来事が早送りで巡り、その振り幅に思わず笑いがこぼれる。
つまらない一日が楽しい一日へと変化を遂げるそれはサナギの

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Dear

Dear

やがて来る終わりを
悟られぬように
しとやかに微笑み続けた
今も 君は笑っていますか?

君の言う無理難題を
見事叶えようとも
初めから「終わり」を見つめていた
嘘つきな かぐや姫
その笑顔に誰もが騙された

月の輪郭を愛しむように
華奢な指でなぞっては
悲しみに揺らぐ横顔を
偶然見つけた夜に気づいた

やがて来る終わりは
密やかに すぐそこに
芽生えた恋も嘘にして
最後の日さえ微笑ん

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浮かんでいる、
落ちている、
漂っている。

どんな風に見えていたって、
確かに鈴は響いてる。
今もココに響いてる。

彼女はたぶん、その本を読まない。



「心中なんて馬鹿げてると思わない?」

苦々しげに目を眇めて彼女は言う。

「結局はエゴイズムでしかない。人生が今だけだと思っているんだわ」

彼女の膝の上には一冊の本があった。
背表紙に並ぶ文字は『曽根崎心中』だ。

「今度は近松門左衛門?」
「当時は片方が生き残ったら極刑だったらしいけど、現代じゃ有り得ないわね。せいぜい七年塀の中、あとはお気楽な人生を歩むだけよ」

笑いとも溜息とも取れる

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チェシャ猫は泣かない。

チェシャ猫は泣かない。

十八時五十二分、彼女の誘いで外に出た。
二月の公園は予想通りの寒さだ。
ブランコの横に立つ彼女は、俺を見つけると小さく頷いて、そのまま顔の半分をマフラーにうずめた。
隣に並び、マフラーを口元まで引き上げる。
彼女が口を開くまでは黙っている、という意思表示のつもりだったが、思いの外早く口火は切られた。

「別れる」
「そっか」
「それだけ?」
「うん」
「そっか」

一呼吸置いて彼女はもう一

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枯らさない人じゃなく、
咲かせる人に。

害為すものさえ振り切れる、
強くたくましい花を育てよう。

きっとその花がまた、
誰かの笑顔を咲かすから。

逃げ出す?
乗り越える?
どう見えたってかまわない。

ただ、広い空が見たいんだ。