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焼肉屋のバイトで見た地獄の勲章

大学生になった森少年の目は希望に満ちていた。

3年間、男子校というなんともむさ苦しい動物園の檻から脱し、夢と希望と華に満ち溢れるキャンパスライフに胸を躍らせていたのである。

飲み会、合宿、サークル、女の子とのアヴァンチュール、それらの響き全てが森少年の心をくすぐってやまない。頭の中はやってみたいことでもう爆発寸前だった。

我ながらわりと順調なスタートを切ったとは思う。語学クラスにはすぐ馴染み、なんと「制服ディズニー」というリア充の極みみたいなこともやらせてもらった。そんな人生あったんか?

だが、そこは森少年ただでは終わらない。しっかりサークル選びをミスっていた。
とある音楽サークルに入部したのだが、どうしても雰囲気とウマが合わず夏の終わりあたりから次第に行かなくなっていたのである。

少しばかりの落胆を覚えながら夏休みを終え、新学期、クラスの連中に会うと彼らはしっかりサークルの民になっていた。
クラスというコミュニティとは他に、自身の足場を固めていたのである。これは参ったぞ。

少年は思った。

「俺もなんかそういう感じのやつ欲しい😮


2分間に渡る熟考の末、ついに思いついた。

-バイトだ!-

かくして森少年はとある焼肉屋の面接に申し込み、晴れて合格した。

ちなみになぜ焼肉屋にしたのかというと、飲食業界の仕組みと経営のノウハウを勉強するためだ。決してまかないで焼肉が食べられるのではという下心からではない。

数日後、若干の緊張と希望を携えた森少年は店の門をくぐった。
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まさしく、それが地獄の門だと知らずに、だ。**

まず、店に入るとなんかもう異様に暗い。それは光というよりか、なんとも空気が暗いし、重いのだ。
淀んでいるというか、退廃的で、ロンドンのライブハウスの楽屋みたいな雰囲気だった。行ったことないけど。

事務所に入ると長髪のお兄さんがタバコをふかしていた。その威圧感に少年の胸に緊張が走る。

恐る恐る話しかけてみた。

森「あの、今日から働かせていただく森です。あの…」

「あぁ、はいはい。」

彼はそう言い放ち目線を携帯に戻した。その後、目標は完全に沈黙。少年はそこから動くこともできず、石像と化した。
その光景はもはや「石化する少年」というタイトルの絵画が描けそうなほど、完璧で、そして切ないワンカットであった。

森少年は思った。

「間違いない。ここはディストピアだ」と。

サークルなんか比にならない。あんなもの、この環境に比べたらぬるま湯もぬるま湯。
むしろ極上の湯加減と行き届いたサービスを提供してくれるウルトラアルティメットスーパー銭湯である。
今から君はこんな未開のジャングルの地に、丸腰で挑もうとしているのかい?え?

参ったどう辞めようかな、なんてことを考えていると、その先輩がおもむろに口を開いた。

「あ、厨房にいるT先輩に挨拶しといて。しとかないとヤラれるよ?

森少年は確信した。

「間違いない。ここはディストピアではない。終の場-The Last Place-だ」と。

こんな怖そうな先輩が恐れる人がいるのか。もう吐きそうだった。否、少し吐いたかもしれない。

白目を剥きながら厨房に目をやると、確かにいる。いてしまった。黒いバンダナを目深く被り、さらにマスクのおまけ付きで全く顔の装いがわからない鬼がいた。

森「あの…今日から…働かせていただく…森です…」

「…。」

返事がない。ただの屍のようだ。

森「あの…」

鬼は鋭い眼光をこちらに向けると、重低音を響かせ言い放った。

「あ?今キュウリ仕込んでんだよ。」


こうして地獄のバイト生活が始まったのである。

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時は流れて二年後

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僕はなぜか店長代理になっていた。


なんかめっちゃ声出しして、後輩に指示を出して、賄いを作り、翌日の肉の仕入れをし、業務日報を本社に送っていた。なんでやねん。

もちろん、それまでに辛いことがなかったわけはない。

-食べられないほど辛い賄いを出されたり、皿2枚投げられたり、死ぬほど詰められて泣きそうになったり、とある先輩には2ヶ月シカトされ(僕のミスが原因)、身体のあらゆる毛をライターで燃やされた-

しかし、意地になって続けているうちになぜか妙なグルーヴ感が生まれてきたのである。
-いや実際これはオススメしない。ツラくて辞めたいと思ったら辞めても全然いいし、そちらが正解だと思う。多分これは僕の性質というか、なんか自分の中の変な根性論が燃えたためだ。マジでオススメはしません-

とにもかくにも、僕はその焼肉屋で精一杯働き、バッチリとやりがいを感じまくっていた。

店のピークタイムではお待ちのお客さんが20組なんてのもザラ。もうみんななんかダッシュで走りながら営業していた。

店内には怒号が飛び交う。

「七輪でまぁうす!!!」

「洗いオネシャーススススス!!!」

「A2卓様、お会計ずみでぃいぃあああおおううっっす!!!」

「アイヨォォォ!!!!」

「カルビ2人前はいりゃーーっすうぅぅ!!!」

「ハイ、ヨロコンデぃぃぃぃぃぃぃぃぃx!!!!」
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ちなみにプリンスそっくりの店長はピークタイムのキッチン捌きが速すぎて手が何本にも見えるという理由で、裏で「千手観音像」と呼んでいた。今思えば本当に失礼な話だ。

そんな鬼の戦場をくぐり抜け、深夜2時に上がった瀕死状態で仲間と飲むビールは格別だった。あれは神の飲み物だった。

今思えば、あの染み渡る一杯の味が忘れられなくてお酒を飲んでいるのかもしれない。その月、僕たちの店は店舗最高売上を達成した。

店は残念ながら火事に合い、潰れてしまったが今でも当時の仲間とは飲み語らい、近況報告をするマイメンだ。

約2年半という短い期間ではあったけれど、20台前半の主な思い出の一つとして、今もこうして度々思い出す。

あの焼肉屋で学んだことはたくさんあるが、一番は「なんでもとりあえず楽しもう」という気概を持つことだったと思う。そんなメンタルで仕事していると意外な面白ポイントだったり自分のこだわりポイントみたいなもんが出てきたりした。し、結果同じ苦楽を共にした絆を持つ仲間を持つことができました。
(何度も言いますが、僕の鈍感力要素も多分にあると思う。今回のは極端な例なので自身の塩梅で。無理はダメ、ゼッタイ。)

音楽にも当てはまるし、結構なんでも当てはまりそうな気がする。

まぁ本当はなにが言いたいかっていうと。






これ書いてたら焼肉食べたくなってきた。

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