アゲイン 高校の同級生が、ペットショップで売られていました。(46)オープンルームの地獄(1)お手に三回おまわりのワン

 ドン、と背中を蹴られて、わたしは思わずひゃうん、と情けない声を上げてしまう。
 わたしは色とりどりのカーペットのうえで、這いつくばっていた。……いたい。蹴られたから。……くるしい。たくさん、歩かされたから。
 きょうはまだオープンルームも静かだ……でも、ここに子どもたちがやってくれば、人犬のわたしはすぐにもみくちゃにされる。

「おい、こんな楽できるのも、ここが愛玩用の施設なんだからな、勘違いすんなよ!
 そのままの態度が続けば労働用への切り替えもありえるからな!
 人間サマの家族同然のペットになれるだなんておまえらにとっては最高の待遇だろう――もっと可愛げのある態度しろ! 反省しろ! もういい加減おまえは最後のチャンスなんだからな!」

 男の調教師さんはそう言い捨てると、立ち去ろうとして――しかしその前に一瞬で愛想笑いをつくると、調教師のトレードマークの黄色い帽子を外して、へこへこ頭を下げて、ここの部屋の小さなテーブルでそれぞれなにか作業をしている、ここのひとたち三人に挨拶した。
 色とりどりのカーペットやボールがあるファンシーな部屋に似つかわしくない、灰色の制服を着た、オープンルームの人間たちに。

「や、じゃ、すんませんね、ちょっとほらいま春先でしょ、個体もどっさり増えちゃって、コイツ見てる余裕がいまないもんでして、預かっといてください。
 あんまり言うこと聞かなかったらもう容赦なくスイッチ押しちゃってだいじょぶなんで。コイツはもう反抗的すぎて、スイッチの電流の上限も一日の回数制限も取っ払ってますんで、も、どんどん押してもらっちゃってだいじょぶですんで。あはは!」

 調教師さんはなぜか笑った。
 部屋のひとたちは、ひとりだけが困ったように微笑んで、あとのふたりはにこりともしなかった。

 オープンルームの、えらい立場のおばさんが、ぼそりと言う。

「オープンルームはべつに問題個体の預り所じゃないんですけどね。集団訪問などで個体が必要なら、適当に指定して持ってきますよ。
 まあ、だったら今日はその個体を使うけど。でもそれって結果論だってわかるよね?
 ……あと、いくらオープンルームと調教場が一体の施設だからといって、利用者さんの前ではそういう大声を控えてくれるかしら。いまはたまたまいなかったからいいけど、きょうもこれからお子さまも来られるのよ。タイミングの問題だってわかるよね?」

「はっ……すみません!」

「あなた、まだ若いでしょ。調教師になれるんじゃ、優秀なのはみんなわかるんだから、早いとこ仕事覚えて、もっときちんと調教する。管轄外の我々に頼らなくてもいいくらい、仕事を徹底して。
 その犬もそんなに脅えさせておいて、それで反抗的なんていうんじゃ、コスパが悪くてしょうがないわよ。あなたの仕事はね、脅えさせることではなく、個体をきっちりと利用価値のある愛玩動物に加工していくことでしょ。ヒューマン・アニマル制度は国民の優秀者のみなさまの血税によって成り立っていることをもっと自覚して」

「はっ……」

「もういいわ。行って。この犬はしばらく見てるから。午前のお子さん訪問に使うから、午後に持って帰ってくれればそれでいいわ」

「はいっ。失礼いたしました」

 調教師さんはピシッと敬礼すると、黄色い帽子をかぶって、扉の外に出ていった。
 ……このおばさんがこうやって調教師さんたちを怒るから、わたしたちがそのせいでもっと過酷な目に遭うっていうのに、
 ……そんなことは、人間、には関係のないことなんだ。

 おばさんは座ったまま、心底わたしを軽蔑したように――そしてどこか愉悦を浮かべた目で、見下ろしてくる。
 わかってる、わかってるでしょ、……このおばさんはわたしたちのこと、

 わたしたちがもとは人間だったんだって、感覚的に知ってる世代だ。

「……は。なによ。生意気そうな目」

 わたしは、睨むのを、やめない。
 ……意味がないって、どころかもっとつらくなるって、わかって、わかっているけれど。

 サイアクな人間。考えようによっては、人犬が心底犬なんだって思ってる、わたしが人間だったら同世代だったであろう若い調教師さんたちより、ひどい。
 わたしがほんとは人間だって知ってるのに、知ってるから、――徹底して犬扱いしてくるんだから。

 おばさんはゆらり、と立ち上がった。
 わたしを、はるか高みから、見下ろしてくる。
 ……いやなやつ。いやなやつ。

「……まあまあ、そんな目をしてるのに、這いつくばっちゃってねえ。犬らしいねえ。
 ……ほれ。お手、してみ?」

 おばさんはしゃがみ込んで、わたしを馬鹿にするように手をちょいちょいと揺らした。
 わたしは、なにもしない。
 なにもしない。
 ……たださっそくすでにもう悔し涙が溢れてきているだけだ。

「お手もできないのか、この犬は。……バカなワンちゃんもいたものだねえ。お手くらい、仔犬だってできるよ。……わかる?」

「……わから、ないも、んっ、――ああうっ!」

 全身に、びりびりした痛みが走った。
 スイッチを押された――ああ、ああ、そうだよね、調教師のやつ、こいつにスイッチ渡すんだからいつも――酷い。酷いよ。
 酷いよ……。

「ほら。お手」

 すでに涙がだばだば流れてきて、それでもわたしはふるふるふるふる首を横に振った。
 電流なら這いつくばってでもまた耐えてみせるもん――と思った矢先、

 ガッ、と髪の毛を掴まれた。

「……あ、い、たいっ、いたい、いたい……!」
「まだそんな生意気な、人間そうなこと言って。
 そもそもアンタなんでまだ人間の言葉を喋れるんだい。声帯焼かれなかったのかい?」

「あー、三池(みいけ)ルーム長ー、なんか、反抗的な個体ってあえて声帯残したりするらしいんですよー」
「そうそう、そうぽいっすよ。なんかそういう調教方法、心理学的に流行りっぽくて。
 ほら、声帯焼いたらもう人間様の言葉ぜったい喋れないから、声帯震わすだけで楽じゃないすか。
 でも、声帯残したら残したで、つまりそういう需要ってあるらしいんですよね。マニアとか、多頭飼いとか、つまりけっこうな社会上位層に。だから反抗的な個体ほど声帯焼かれる率が反比例するんだとか。だよね、砂羽(さわ)ちゃん? さいきんオープンネットでも話題だしねえ」
「そーゆーことですうー、理夢(りむ)さぁん」

 ……余計な、ことを、言う、

 おばさんの目がギラリと意地悪に光った。
「……へえ」

 髪の毛が、はなされた。わたしはベチリとカーペットに落とされ、あああ、と声を上げてうずくまる。
 つかのまの、痛くない時間――でもきっとずっともっと続く、わかってる、そんなことはわかっている、

 おばさんがしゃがみこんで、チョッチョッ、と動物にするかのように舌を鳴らした――ああ、そっか、……だってわたしは正真正銘動物なのか。
 かつて、人間だっただけの――

「はい。お手。それで、三回おまわりのワンね。はい」

 わたしの目からはますます涙があふれていく。
 ああ。枯れない。枯れてよ。――せめてもうわたしからこの人間のこころを、取り去ってよ。

 ……わたしはさっき、ほんのすこしだけ自分自身に対して嘘を、ついた。
 こんなの続くって、わかってる、って。

 わかってない。
 だから、――わかりたい、――この時間は永遠なんだって。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

1

柳なつき

アゲイン 高校の同級生が、ペットショップで売られていました。

「あなたとまた、会えるなんて。  そして、僕はまた、あなたに会いたい」 高校時代に苛烈な苛めを受けた少年、来栖春(くるすしゅん)は、 苛めの首謀者のひとりであった少女、南美川幸奈(なみかわゆきな)と再会する。 ただし、場所はペットショップ。春の再会した幸奈は「人犬(ひとい...
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。