月光に寄せて
落ち込んだ時や悲しい時に、私はベートーヴェンのピアノ・ソナタ「月光」を聴く。
悲壮なメロディが闇を際立たせる中、差し込まれるピアノの高音が一筋の光のように思えるのだ。
彼がまた消息を絶った。
怒ったり呆れるのも2度目なので今は静観している。
本当は悩みが多いのに心配されるのを嫌がって平気な振りをし、自分で処理しきれないほどの感情を抱えると爆発してしまう人なのだ。
糸の切れた凧のように、いや、自ら糸を切った凧となってどこかへ浮遊していく。
彼はとても不器用な人だと思う。
人より優れたものを持っているにも関わらず、それを上手に活かすことが出来ない。
中庸を知らないために極端な言動が多く、そのせいで周囲からの信頼を失うこともある。
損な生き方だ。
彼がいま何をしているのか私は知らない。
一時の逃避をしているのかもしれないし、二度と戻らないつもりかもしれない。
その内ひょっこり帰ってくるかもしれないし、もう一生会わないのかもしれない。
理由を話してくれなかったことが、私は悲しい。
自分勝手に連絡手段を絶ってしまうことが、本当に悲しい。
前日まで仲良く話していた相手が突然音信不通になることを、私は過去にも経験している。
人の心は他者には理解出来ないのだから仕方無い。
ひとりで抱えきれなくて、マサキに意見を求めてみた。
「俺は、もう凛ちゃんが振り回されるのは見たくないよ。振り回してこそ凛ちゃんでしょ?」
そうかもしれない。
私が私らしくない、ということをマサキは素直に言ってくれた。
それでも。
やっぱり話してほしかった。
理由を知りたかった。
自由を求めながら不自由な人だから、今後どうなるのかは分からないけれど。
私に出来ることは恐らく無いのだ。
この世に生きて幸せでいてくれればそれで良い。
隣に私がいる必要は無い。
また何でもない顔をして戻ってきても、別に構わない。
二度と戻って来なくても、恨んだりしない。
ちゃんと自分の幸せを見付けてくれれば、それで良い。
もしも最後なら。
「サヨナラ」だけでも言わせてほしかった。
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