太宰治と北夏輝


最近、すでに鬼籍に入られた作家先生方の作品を読んでいる。
以前は「何十年も前に書かれた作品なんて時代遅れでつまらない」と思っていたのだが、遅まきながら、ようやくその魅力に気づいたのだ。

古い作品には優れた比喩表現が散りばめられているものが多い!

そもそも、よくない作品は出版されてもすぐに絶版になる。
(※出版社から刊行されている時点で、商業的価値があると認められた素晴らしい作品である、という前提のもとで話をしています)
それなのに何十年経っても残っているということは、それだけの魅力や価値があるということだ。


しかしこれまでいわゆる文豪の作品はほとんど読んでこなかったので、何を読めばいいか分からない。
そこで、知り合いの才媛に「おすすめの文豪っている?」と訊いてみた。
「太宰治」
即答だった。

「太宰か~。中二のときに『人間失格』を読んで以来、敬遠してるんだよね……」
「太宰が鬱じゃないときに書いた作品は面白いよ」
「『走れメロス』とか?」
「それは駄作」

というわけで、半信半疑ながら短編集を手に取ってみた。
実は数年前にも一度太宰の短編集を読んでいるので、太宰作品を読むのはそれ以来だ。


一作目「走れメロス」はほぼ記憶どおりの内容で、
「きれいごと言ってんな~」
「つか太宰先生、自分が過去に犯した罪を美化してませんか?」
「先生はセリヌンティウスのもとに駆け戻るどころか、セリヌンティウスに迎えに来られてるじゃないですか!」
と、熱海事件を知っていればツッコミどころの多い内容だったのだが、


二作目「富嶽百景」、これがよかった!
冨士山の比喩表現もさることながら、要所要所に埋め込まれているエピソードが面白い。
太宰先生が亡くなられてからもう五十年以上経っている(つまり著作権が消滅している)ので、一部抜粋しながらツッコんでいくと……


「モウパスサンの小説に、どこかの令嬢が、貴公子のところへ毎晩、河を泳いで逢ひにいつたと書いて在つたが、
(中略)
貴公子のはうで泳いで来ればいいのに。男なら、猿股一つで泳いでも、そんなにみつともなくないからね。貴公子、鉄鎚だつたのかな?」

貴公子がカナヅチだったという発想が面白い。
ただし、このあと、日本の女も川を泳いで男に会いに行くくらいの気概があればいいのにという話になっていくのがいただけない。
男が泳げよ。
先生ご自身が仰ったとおり、男ならパンツ一枚で川を泳いでもそんなにみっともないことにはならないじゃないですか。
女なら、万が一誰かに見つかったらお嫁に行けなくなりますよ。

もっとも、男がカナヅチなら、女が泳ぐのも仕方ないですね。
太宰先生方は令嬢が衣類をどうしたのかしきりに気にしてらっしゃいましたが、現実的に考えると、岸辺で衣類を脱いでから川を泳いで渡り、対岸で濡れた体を拭って用意されていた衣類を着た、というのが一番妥当だと思います。
その場合、男は対岸でタオルと衣類を持って女が泳いでくるのを待っていて、女が岸に上がってきたらすぐさま清潔なタオルで体を包んでやるというのがいいですね。

あるいは、二人が性同一性障害で役割が逆転していた場合。
これはもう、わざわざ言及する必要もないでしょう。
女が男で男が女なのだから、男である女が川を渡るのはむしろ自然だ。
大事な女の肌を大自然の前に晒すなんて、耐えがたいことでしょうからね。
……男女が逆転してて分かりづらいな。


以上、「富嶽百景」で私が一番ツッコんだ箇所の紹介でした。
個人的には、二番目の解釈を押したい。絵的に綺麗な気がする。
この場合、男は盲目もしくは腕か脚を大怪我して泳げないってことで。
(※私は問題のモーパッサンの小説は一文字も読んでおりませんので、
実際の作中ではどうなっていたのか、まったく知りません)

盛大にツッコミを入れたけど、これは、この場面がことさら面白かったということだ。
それに、先述したとおり、「富嶽百景」は比喩表現も素晴らしかった。
特に終盤で、二人の女性を「小さい、ケシの花ふたつ」と例えているのなんか、痺れた。
これは私のような修行中の青二才には、ちょっと思いつけない。


話は変わるが、以前私のことを「女版・太宰治」と評した人がいる。
私はてっきり厭世的で自殺願望が強いところが似ていると言われたのだろうと思いこんでいたのだが、太宰作品を読んでいると何となく狐さん的なところがあるように思えてきた。
作風から「女版・太宰治」と言ってくれたのだとしたら、非常に嬉しい。
なにせ太宰治ですよ? 日本文学史に名を残す文豪じゃないか!
というわけで、本人に確認してみた。

「前に私のことを女版・太宰治って言ったじゃない。あれって、自殺願望の強いところが似てるのか、作風が似てるのか、どっち?」
「…………作風かな」

自殺願望が強いところも似てると思ってたんだな?
まあ、中二のときに『人間失格』を読んで主人公に共感しまくって、同族嫌悪から太宰作品を敬遠してた女だから無理もない。
(『人間失格』って、健全な人間が読むと「私はこの主人公よりましだ」って思えて元気が出るらしいですね。
私に太宰作品を勧めてくれた才媛プラス一名がそう言っていました。)


ともあれ、自称天才の知人が似ていると評してくれたので、太宰ファンのみなさまは狐さんシリーズを読んでみると案外はまるかもしれませんよ。
太宰先生は鬼籍に入られていますが、北夏輝はまだ生きているので、新作が出る可能性もありますし。

狐さんシリーズはブログで紹介しているので、リンクを貼っておきますね。
http://natsuki821.blog.fc2.com/blog-category-2.html


今思い出したのですが、北夏輝をデビューさせてくれた編集者さんも太宰治が好きだと仰っていた気がする。
北夏輝には太宰的何かがあるのかもしれない。

2012年『恋都の狐さん』で第46回メフィスト賞を受賞してデビュー。他に『美都で恋めぐり』『狐さんの恋結び』『狐さんの恋活』がある。お仕事のご依頼はこちらまで→natsuki-job☆outlook.jp (※☆を@に変更してください)