ロボフィリア・サイエンティスト

 ロボットに魂は宿るのか?

 山奥にある研究所。
 研究所とは言っても木造の小さな家。風が吹けばどこからか風が入り、地響きがあれば棚にある皿が落ちて割れる。お世辞にも良い家とは言えない家があります。
 そこには一人の男性が住んでいました。何をしているのかといえば、もちろん、研究です。それが人々の役に立っているのかどうかは定かではありませんが、いずれにせよ、その研究所で研究をしている人間が一人居ることは間違いありません。
 その研究所で日夜研究をしている彼は、昔から変人だと言われていました。
 なぜそう呼ばれているのでしょうか。それはきっとこの物語を聞いているうちに分かると思います。
 私とご主人様が出会ったのは、ある雪の降る夜でした。
 気付けば私はご主人様の家に招かれていて、ところどころ油を差したのでしょうか、関節の動きも良いように見えます。
「……お前は、旧型のロボットだな。それも、かなり整備されていないように見える」
 早口に、ご主人様はそう言いました。
 確かに私は整備をここ数ヶ月受けていませんでした。理由というものはありません……と言えば簡単だったのですが、そうも言っていられません。私は理由を言おうと思いましたが、それよりも先に、感謝の言葉を述べました。
 しかしご主人様は冷たい口調で、
「私は目の前に壊れたロボットが居たから治したまでだ。私は何もしてはいない。……雪が降っているから、それが止んだら出て行け。私は研究を続ける。邪魔にならない場所に居てくれればそれでいい」
 そう言い放つと、とことこと歩いて家の奥へと消えていきました。
 私は、それでは申し訳ないと思い、せめて元々やっていたことをさせてほしいと言い出しました。
 どうしてそんなことを言ったのでしょう。プログラムされていたからかもしれません。
「……お前に研究の手伝いなど出来るはずが無いだろう」
 いいえ。
 確かに研究のお手伝いは出来ないと思いますが、私にも出来ることはあります。例えば料理を作ること、掃除をすること、洗濯をすること、買い物をすること……。
 とどのつまり、給仕ですね。
 私、そういう風に作られたからか、料理とか掃除とか得意ですよ?
「……勝手にしろ。ただし、私の邪魔をするなよ」
 ありがとうございますご主人様、と私は大きく頭を下げる。
 これも作法の一つ。
 生まれついてから染みついた、私の作法だ。
 しかしながら、ご主人様は私に対して一瞥をくれるだけで、部屋の奥へと消えていきました。
 私、何か気分を悪くするようなことを言ってしまいましたでしょうか?
 不安ではありますが、それでも恩返しをしなければなりません。
 そう思って、先ず私は――目の前にある光景を整理することとしました。
 目の前に広がっているのは、書籍や紙や食べ物を食べ散らかした跡など、様々なものが散乱している光景でした。木のテーブルがありましたが、そこにもたくさんの物が並べられていて――それも理路整然ではなく、適当に――それを適当に退かしていることで一部のスペースを確保しているようでした。そして、そのスペースは食事用に取っているようですが、毎回ゴミが出てしまうようでそのゴミをテーブルに山のように作り上げてしまっていますから、結局のところテーブルのスペースは徐々に狭まっているように見える。その証拠にテーブルからこぼれ落ちたゴミがその周囲に散乱していたからでした。
 これはかなり大変なことになりそうです。
 私はそう思って、深く溜息を吐きました。

 給仕として働くようになってもう二月ほど経過しました。ご主人様は徐々に私のことを認めてくれるようになりましたが、それでもまだまだだと私は思っています。そのことを一番感じ取れる瞬間が、食事の時間です。最初は舌打ちをしつつもなんとか食べていただけてましたが、最近はたまに笑顔を見せてくれるようになりました。無言で食事を終えてしまうまで続くのは相変わらずでしたが、それでも私の作る食事に少なくとも不満を抱いていることはなさそうでしたので、それはそれで有難いな、って思いました。
 今日も料理を作ろうと思っていたら蓄えの食材が無くなっていることに気付いた私は、料理の材料を買いに行くために家を出ることにしました。
 財布とカゴを忘れずに、私は家を出ます。因みに今着ている服は給仕にはこれが一番良いというご主人様の指示によりメイド服なる物を着用しています。サイズはなぜかぴったりでした。まあ、ご主人様に言われたからには、逆らうことはしないのですが。
 村へ下りるまでおおよそ一時間ほど。高台の上にあるご主人様の家から村までどうしてこんなに離れているのか、疑問に思ったことはありますが、それでも、そのことを直接ご主人様に質問したことはありません。
 村に着くと直ぐに商店が立ち並んでいます。色とりどりの野菜やお肉が店の前に並べられており、何を買おうかと悩んでしまいます。それについては別に問題ないのですけれど、あんまり悩みすぎていると時間があっという間に流れてしまって、ご主人様に怒られてしまいます。この前も気付けば三時間ほど村に滞在してしまって夕方まで戻れなかったので怒られてしまいました。なるべく繰り返さないようにしなければ!
「あら、あなたは……」
 いつも通り野菜を買おうとしたらお店のおばさんに声をかけられました。
 こんにちは、と私が言うと、おばさんはいつも通り笑いながら私におすすめの野菜を指差すと、
「これ、美味しいのよ。今の時期は煮込むと美味しくてね。是非どうかしら? ……まあ、正確にはあなたじゃなくて、あなたが務めているご主人に出してあげれば、という話になるけれど」
 ありがとうございます、と言って私はそれを見ました。どうやらそれは南瓜のようでした。南瓜を煮込むと甘くて美味しいと私のデータベースに入っています。確かに最近寒くなってきましたしそれもいいかもしれません。そう思って私は予定していた買い物リストの野菜たちと一緒に南瓜を一つ頼みました。
「いつもありがとうねえ。これ、おまけしておくから」
 そう言っておばさんは小瓶を一つ渡してくれました。これは整備用の潤滑油でした。普段はあまり手に入らないので整備するタイミングももう過ぎているのですがまだ出来ていない状態でした。なのでこれはとても有難いことであると私は思いました。
 しかし、整備用の潤滑油は高級だったはず。こんなものをオマケという形でいただいていいものなのか……私は思いました。
「何か考えているようだけれど……、別にいいのよ。私は、ただの善意であなたにそれをあげるんだから。あまり深く考えないでちょうだい」
 善意。
 確かにそう言っていただけると大変助かります。しかし、ほんとうに大丈夫なのでしょうか。やはり多めにお金を渡しておいたほうがいいようにも思えます。
 しかし、それを気にしていたのかおばさんは強引にその油の入った瓶を籠に入れました。
「はい。これでいいでしょう? 返品はだめだからね」
 こうなったらもう受け取るしかありません。そう思って私は、有難く受け取ることにしました。
 ありがとうございます。いつもより深く頭を下げて私は村の通りへと戻っていきました。
 村の通りを歩いていると、二人の少年に出会いました。
 二人の少年の格好はボロボロの服を着ていました。普段は一緒に遊んでいるのを確認しているのではじめてでは無いのですが、こうやって私と真正面から見つめ合うのは初めてかもしれません。
「……知ってるぞ、知ってるぞ! お前の仕えてるやつ、ロボット殺しの偏屈博士だ!」
「そうなんだぞ、そうなんだぞ! ロボット殺しの犯罪者!」
 どういうことですか?
 私は思わず少年たちに訊ねました。その言葉の意味を知らなかったからです。
 少年たちは言いました。そしてゆっくりと語ってくれました。
 それはご主人様の、私の知らない、過去でした。

 ◇◇◇

 ご主人様は、昔からあの家に暮らしていたそうです。かつては優しい方でよく村にも降りてきていたそうですが、それが変わってしまったのは――二年前のこと。
 この村に傷ついたロボットが居たそうですが、そこで村の人間は研究者であるご主人様にお願いすることにしました。確かに、それは至極当然なことかもしれません。
 しかしながら、手を尽くしたのですが、ご主人様はロボットを助けることは出来ませんでした。
 それからご主人様は「ロボットが死んでしまったのは私のせいだ」と酷く嘆くようになったとのことでした。
 簡単に言えばそれだけの話。
 けれど、それについて私は疑問を浮かべます。それは本当なのか、と。
 でも少年たちはそれ以上のことを伝えてくれませんでした。気付けばどこかに走り去っていった――言葉自体は間違っていないように思えるかもしれませんが、けれど、それが事実です。
 私はそれを聞いて、疑問を浮かべていました。もしご主人様がそうであったとして、どうして私を助けたのでしょうか。もし深い悲しみに暮れているならば――それは勝手な考えなのかもしれません。
 そして私は、その話の真偽を確認したくなりました。ほんとうはそれをしてはいけないのでしょう。けれど、私はそれよりも――真実を確かめたかったのです。
 ご主人様から得られた言葉は、たった一言。
 簡単で、単純で、けれど私が想像していたパターンの中で一番『最悪』なものでした。
「それを知って、何になる? 私の嫌な記憶を掘り起こして、勝ったつもりか! どこで聞いたのかは知らないが……、恩を仇で返すとはな! ロボットには魂は宿らない……それは知っていたが、これほどまでとは」
 違う。違う。違う。違う。
 私はそんなこと、一度も思っていなかった。考えていなかった。ご主人様を悲しませることなんて、思っていなかった。
 けれど。だけれど。それでも。結果的にご主人様の気分を害してしまった。
 私は――とんでもないことをしてしまったのだと、そこで漸く気がついた。

 私は贖罪がしたかった。
 だから、いつものように――いいや、それ以上に――給仕としての仕事に努めることにした。
 ご主人様はいつもと替わらない様子だったけれど、きっと内心は怒っているに違いない。まさかそんなことになるなんて、私の中にはプログラムされていなかった。
 いいや、それはきっと言い訳になるのだろう。私の中で、プログラミングされていないことは――確かに、ロボットだから仕方ないという言い訳になることは間違いないにしても、そうであったとしても。
 お待たせしました。私はそう言って、お盆からご飯をテーブルに移す。ご主人様はいつも通り何も言わない。もしかしたらもう怒っていないのかもしれない――たまにそんなことを考えるが、きっとそれは杞憂なのだろう。
「……なあ、」
 しかし、その日は違った。食事が終わり片付けをしようとしたところで、ご主人様は私に声をかけてきたのだ。
 どういたしましたか、と私はその言葉に答えた。
 ご主人様は何か考えている様子でしたが、やがて――ゆっくりと話し始めました。
「お前がどう思っているかは分からないが、あの話は……一部間違っていることがある」
 間違っていること、でしょうか?
「あれは、私が見捨てたと思われているようだが……そんなことは無い。私は、私は、手を尽くした! 手を尽くしたのだよ……。だが、その願いは叶わず……私はそのロボットを殺してしまった。壊したのではない。殺したのだ」
 壊したではなく……殺した。
 それはいったいどういうことなのだろうか。
 やがて、ご主人様はゆっくりと話し始めた。
「……私は、そのロボットに恋をしていた」

◇◇◇

 ロボットと人間は、種族が違うから相容れることはない。
 それは、ご主人様の理論でした。ご主人様はロボットを研究しているから、そう思っているのかもしれません。
 しかしながら、それと同時に、ロボットには心が芽生えることがある――そう言っていました。ロボットは普段プログラミングされたこと以外は何も出来ないけれど、それでもたまに自分で考えるようになるといいます。それは愛情を接しているからとか、ロボットに自発的に考えさせるとか、いろいろな理由があるらしいですが、私にはそこまで分かりません。
「私はロボットを愛していた。壊れていたロボットは、僅かながら反応を示していた時があった。その時にいろいろと話していた結果――私は、そのロボットに惹かれていった。それはきっと研究者としての性なのかもしれないな。最初は、ロボットはただの研究対象としか見ていなかったのに」
 それから、ご主人様はいろいろと話をしてくれました。
 ロボットと話をしたこと、その生活はまるで献身的に介護しているような様子だったこと、そしてその生活は二ヶ月ほど続いたのだということ。その生活は村人にとって奇特なものだったということ。
 そしてそのロボットは――私と同じ型式(タイプ)であったということ。
「私は、お前がやってきてずっと悩んでいた。この話をすべきかどうか。もしかしたら、お前はあの……私が愛したロボットの生まれ変わりなのではないか、と。ずっと考えていた。ロボットには生まれ変わりという概念は有り得ない。否、それどころか死生観すらないと言っても過言では無いだろう。だから、私は躊躇っていた。もし、生まれ変わりではないならば……。こんな私に真摯に向き合ってくれるお前は、生まれ変わりで……、あいつが私のために呼び寄せたのか……」
 そうして、ご主人様はすべてを吐露したのか、やがてゆっくりと深い溜息を吐くと、
「……なあ、お前にとっては、もしかしたら下らないことなのかもしれないが、一言言っても構わないか?」
 何でしょうか。
 私の中で、何となく何を言われるのか――私は想像がついていた。
 そして、ご主人様は、私にそっとその言葉を告げるのでした。

 旅人さん。村へようこそ。
 この村は辺境の村だよ。何もありはしません。観光地が近くにあるわけでもないし、主要な産業があるわけでもない。たまにやってくるあなたのような旅人をもてなす宿屋もこのように常に営業しているわけではないものでしてね。少々汚いのは勘弁してください。
 そうだ。片付けをしている間に、一つ小話に付き合ってください。
 あなたは不思議に思うかもしれませんが、それは私たちにとっても不思議に思っている話なのですよ。まあまあ、この村に来た土産話とでも思ってください。
 実は、この村の外れに廃屋があるんですが、そこには一体のロボットと一人の科学者が住んでいて、愛し合っていたそうなのですよ。まあ、百年くらい昔の話なので、科学者はとうに死んでロボットもその後しばらくして動かなくなってしまったらしいですけれどね。
 とても悲しい物語――ですよ。すべてをお聞きしたいのでしたら、私が口伝えで聞いた話でよろしければ、お話しいたしましょうか。
 え? 是非ともお聞きしたい?
 それはそれは。構いませんよ。
 それではお話ししましょう。この村に残る、心優しい科学者のお話を――。

終わり


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初出:2017年5月 人外x人間アンソロジー「まれびと」

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