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どんな23歳だったか?

9月生まれのワタシは最近、24になった。
誕生日はいくつになっても楽しめるワタシでいたい。今年の誕生日も、数少ない友人からお祝いの言葉を貰って幸せで満たされた。

今回は、どんな23歳だったかを振り返っていく。誰得でもない、ワタシ得だ。誰も読んでないからこそ書ける備忘録だ。本当に、他人にとってはどうでもいいことなので、読んでも時間の無駄だ。こっそりやっているので、どうか知人が読んでいないことを願う。

23歳の誕生日、生まれて初めて彼氏に祝ってもらった。今まで悔し泣きや悲し涙などマイナスの感情でしか涙を流したことがなかったワタシは、人生で初めて幸せで涙が流れるという体験をした。そんな幸せを絵に書いたようなシーンから始まった23歳。

23歳は様々なことを再開し、そして新しいことにも手を出した年だった。

大学3年の秋に辞めたアルパインクライミングを1年振りに再開した。それに伴ってクラッククライミング、マルチ、積雪期登山も再開した。

アルパイン再開のきっかけは、相棒との山歩きだった。相棒と徳沢を周回(上高地〜徳本峠〜蝶ヶ岳〜長塀尾根〜徳沢)したとき。最後の徳沢ー上高地間を、通常2時間で歩けるところを3時間かけてダラダラ歩いた。明神を眺めて、2人で「登山体系で『不遇の山』と呼ばれてるよね」なんて話をしながら。なかなかこれが通じる人同年代の女子には居ないよなぁ。
やっぱりアルパインやりたい気持ちが残ってるから、登山体系読むんじゃん。気持ちがあるのにやらないのはもったいねぇな、後悔するな、自分に失礼だな。と考えた。

そして私はアルパインを再開することにした。

10月に入門ルートの奥穂南稜から始まり、2月には石尊稜、3月には白馬主稜を行き、8月には八ツ峰下上縦走、チンネ左稜線まで持ってこれた。
再開し、辞める前よりも格段に成長しているはず。自信を持ちたい、持とう!

自分のやりたいことを、自分のためにやる、やってあげる。叶えてあげる。
自分の本音に従って生きることは難しいことだ。しかし死ぬ前に後悔するような生き方だけはしたくない。

自分の本音に傾聴できるようになった1年だった。

24歳も、ぶちあげていくう‼️ぶちかます‼️
少年の心で、歌って踊って走って登って遊ぶ
‼️

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