バーのランプ

恋愛小説「眠れない夜」 連載スタート!

女性サイト「WOMe」で恋愛小説「眠れない夜」がスタートしました。毎週日曜の19時に配信です。

東京の各地を舞台に、アラフォーの3人の女性(働くママ、おひとりさま、DINKS)が主人公の3つの物語は、一見すると勝ち組に見える女性たちの人に言えない秘めた悩みと葛藤を描きます。

【夏目かをる 恋愛小説】眠れない夜 第一章~百合の場合(1)

横浜港大桟橋の客船から汽笛がごーっと鳴り響いた。

 頭上のカモメが低空飛行に入る。雲一つない澄んだ青空と、陽光が反射した海面がきらきらと光っていた。
乳母車を前にベンチに腰を掛けてスマホをいじる若い母親やリードをしっかり握って犬の散歩に夢中の年配女性、そしてTシャツ一枚でランニング中の男子学生、手を握ってうきうきと歩く熟年カップルと、平日の昼下がりの山下公園にはゆったりとした時間が流れていた。

欄干の手すりにもたれながら、秋吉瑤子が彼方の海をうっとりと眺める。

「この景色がとても好きなの」

 パープル色のターバンを頭に巻き、ジーンズに虹色のサリーをまとった瑤子が、隣に佇む楠本百合に微笑んだ。
 秋吉瑤子が新進デザイナーとして注目される前から、百合は瑤子の才能を見抜いていた。代官山に本社があるアパレル会社の企画開発室から制作部に異動になった7年前の春、新人発掘のイベント会場で瑤子のデザインを一目見るなり、エキゾチックな作風に魅了された。しかも瑤子が同じ横浜出身とわかると、ますます興味が沸いた。制作部の進行管理を担当しながら実績を積んでいくうちに、やっと2年前から自分の企画が通るようになった。自社ブランドを瑤子に依頼すると、百合の期待に応えるように精力的に作品を描き、そしてとうとう来春のコレクションに瑤子のブランドが決定したのだ。

「瑤子さんの原点は横浜ね」

早朝から瑤子の実家を訪ねた百合は、作品の一つ一つに感嘆の声を挙げた。学生時代のデザイン画には、粗削りだが瑤子独特の色彩美の世界が既に出来上がっていた。赤、黄色、オレンジの明るく鮮やかな色調に、藍色や深緑といった日本古来のわびさびの色合いが微妙なバランスをとりながら、独特の世界観を作り上げていた。

 コレクションのビジョンが見えてくると、あっという間に打合せが終わった。山下公園の近くでランチを提案したのは、瑤子だった。

「横浜が私の原点なら、テーマはあれね」

 瑤子が客船のほうを振り返った。

「あの客船は昔から変わらないわ」

「どんな風に」

「夜になるとシャンデリアをまとったように煌びやかになるの。昼の顔とまるで別人よ。ジキルとハイドのようにね」

 百合は欄干の手すりからすっと腕を離した。

「ジキルとハイドなんて。怖いですね」

「そうかしら。人間って誰でも二面性を持っている。だからこそ面白いんじゃないの」

「さすがは作家ですね。言うことが違うわ」

 私には人間の二面性を面白がるなんてできない。心の中で呟きながら、百合は大観覧車の方向を眩しそうに眺めた。観覧車の向こうには、中学一年生の時に転校した学校がある。二度と思い出したくない壮絶な記憶が、あのあたり一帯に広がっていた。

 百合が客船のほうに視線を移した瞬間、カモメが再び低空飛行する。カモメの翼が陽光に反射すると、鋭利なナイフが光を放つ映像と重なった。ぎらつくナイフ。後ろから迫ってくるセーラー服の女子中学生たち。ナイフの腹で頬をぴたぴたと撫でられた恐怖の瞬間―――あの時が蘇る。百合の全身に震えが走った。苦くて痛い記憶が次々と襲い掛かり、百合はそれを必死に追い払おうとした。

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 https://wome.jp/articles/1578



早速SNSで

「おしゃれな都会小説」という感想をもらいました。

次号から、夫の不倫に振り回される主人公の百合の修羅場と、

自分らしく生きるために、彼女が人生で見出していく過程を、恋愛や友情を絡めながら描いていきます。

日曜の夜に、ぜひお読みください!

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